第35話 反撃の怪盗たち

 ようやく現れたグラースに、ロイは安堵の溜め息をつく。


「遅かったな」

「悪い。こいつ等が揃わないから出発が遅れてしまったんだ」


 そう言ってグラースが顎で示した先には、クロクスをはじめ、強面の男たちがぞろぞろと列を成していた。


「まさか……この方たち全員が、ナルキッソスなのですか?」


 総勢三十人もの男たち見て、カーネルが舌を巻く。


「ああ、情報収集役に始まり、忍び込んで盗み出す人間、それを補佐する人間、さらにブツを換金して配分する人間、それらが集まっての怪盗ナルキッソスだ。勿論、全員が人攫いなんて汚い仕事には手を染めていないぜ」

「驚きました。まさか、ここまで大掛かりな組織だとは。わたくしはてっきり……」

「てっきり?」

「い、いえ、なんでもありません。申し訳ありませんが、時間の猶予が余りないので、少し駆け足で城へ向かいますよ」


 グラースの疑問を一蹴したカーネルは踵を返すと、一同を先行する形で歩き始めた。



 再び訪れたフィナンシェ城は、最初に訪れた時とは随分と雰囲気が違っていた。


 城の入口へと続く跳ね橋には騎士が整然と並び、手に各々の武器を持って威圧していた。


「な、なあ、これって……」

「本当に大丈夫なのか?」


 辺りに漂う剣呑な雰囲気に、早くも心が折れそうな者もいた。

 そんな中、リーダーであるグラースだけは臆することなく、真っ直ぐ前を見据えて堂々と歩く。


「……フッ」


 グラースの様子を逞しく思いながら、ロイは騎士の中に約束を違えるがいないかと、辺りを注視しながら城の中へと足を踏み入れる。


 城の中へ入ると、ロイたちは外とはまた違う視線に晒される。


 城外がナルキッソスを萎縮させる為の威圧的だったものに対し、城内では貴族たちによる侮蔑の視線がそこかしこから投げられた。


 庶民風情が王へ意見するとは何事だ。


 卑しい身分の癖に、汚い足で城内へと踏み入れるな。


 面と向かってそう言われたわけではないが、彼等の表情を見れば一目瞭然だった。


 内と外、二つのわかりやすい嫌がらせに、エーデルが鼻を鳴らして不満を口にする。


「ここまで徹底して嫌ってくれると、逆に清清しいわね」

「申し訳ありません。わたくしの力では、会談の場を設けるのが精一杯でして……」


 身内の恥を晒してしまった親のように、カーネルが小声で謝罪の言葉を口にする。


「ハッ、別に構いやしねえよ。これからああいう奴等の悪事をバラしに行くわけだからよ。明日から奴等がどういう顔をするか、今から楽しみだよ」


 グラースは犬歯を剥き出しにして、獰猛な笑みを浮かべて貴族たちを威嚇する。


 きっかけがあれば、すぐにでも全面戦争に勃発してしまいそうな一触即発の雰囲気ではあったが、一同はどうにか謁見の間の扉前へと辿り着く。


「それでは、わたくしはこれで……皆様の御武運をお祈りしてます」


 ここまで一同を案内したカーネルは、頭を下げて道をロイたちへと譲る。

 前へ出たロイは、振り返ってこの場にいる全員の顔を見渡した後、


「行こう」


 力強く頷いて、重厚な木製の扉を開けた。




 どういうわけか、謁見の間は全てのカーテンが閉めきられて薄暗かった。


 燭台に明かりは灯されていたので全くの暗闇というわけではなかったが、とてもじゃないが人を迎え入れる様子ではない。


「お、おい、ロイ……」

「大丈夫、俺が付いているから」


 不安そうなグラースに必ず守ってみせると頷きながら、ロイたちは中へ足を踏み入れる。


 だが、ナルキッソス全員が室内に入ったところで、突然入口の扉が乱暴に閉まる。


「なっ!?」


 予期せぬ事態に、ロイがより一層辺りを警戒していると、


「ウプププ、まさか本当にノコノコ現れるとは思わなかったわい」


 部屋の奥、玉座の方から人を小馬鹿にするような声が響き渡る。

 同時に部屋中のカーテンが一斉に開けられ、中の様子が露わとなった。


「チッ、結局こうなるのかよ」


 周囲の状況を見て、グラースが吐き捨てるように言う。


 ロイたちは暗がりに隠れていたであろう屈強な騎士たちによって囲まれていた。


 既に全員が獲物を抜き、戦闘態勢に入っている。

 言うまでもなく、この状況はナルキッソスを捕らえるための罠だった。


「これは一体どういうことだ!」


 フィナンシェ王の裏切りとも言える行為に、ロイが堪らず声を荒げる。


「王は俺に協力してくれるのではなかったのか!?」


 しかし、その声に応えたのはフィナンシェ王のものではなかった。


「愚か者。何故、我が王が下賎なゴミ共の話を聞かなければならないのだ!」


 下衆な笑い声と共に現れたのは、肥え過ぎて太っているというよりは、肉を着ているという言葉が似合いそうな醜悪な体つきの男だった。


「あいつは……」


 男の顔を見たエーデルが、何かに気付いたように表情を歪める。


「エーデル、あの男を知っているのか?」

「知ってるも何も昨日、私が訪ねた先で最悪の印象を受けたフロッシュ公爵よ。見るからにクソ虫みたいな顔をしてるでしょ?」


 その時の悪夢を思い出したのか、鳥肌を立てたエーデルが堪らずロイの背中に張り付く。


「お、おい……」

「お願い、あいつだけは本当に無理なの。後で私の体を好きにしていいから、このままでいさせて」

「……はぁ、わかったよ」


 体をよじっても背中から動かないエーデルを煩わしく思いながらも、ロイは鼻息荒く息巻いているフロッシュ公爵へ話しかける。


「公爵、俺はあんたに用があるわけじゃない。王を出してもらおうか」

「カーッ、勇者だか何だか知らないが、貴族様に対する態度がなっていない庶民だな? やはり我が王には国外に出てもらって正解だったわい」

「国外……だと? フィナンシェ王はこの国にはいないのか?」

「いかにも。一部の者が何裏で画策していたようだが、ボクチンが気転を利かせて王に急遽公務にでかけてもらったのだ」


 フロッシュ侯爵は、たっぷり肥えている腹を揺らしながらケタケタ笑う。


「お前たちが今日呼ばれたのは、公爵様直々にナルキッソスに天罰を与えてやるためだわい」

「天罰だと? それがフィナンシェ王の総意なのか?」

「ハッ、ゴミを始末するのに、何で我が王にいちいち伺いを立てないといけないんだ」


 フロッシュ公爵は右手を高々と掲げると、謁見の間に揃った騎士たちへと命令を下す。

「それ、騎士共よ。国に仇なす下賎なゴミを始末しろ!」


 フロッシュ公爵が腕を振り下ろすと同時に、騎士たちが一斉に動き出す。

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