第33話 夜の高台で
それからロイとリリィは、闘技場が見下ろせる高台へと移動した。
夜はかなり深くなっていたが、そこかしこに焚かれた松明によって闘技場から広場の様子までハッキリと見ることができた。
今宵も円形状の建物内では、血湧き肉踊る魔物同士の命を削る戦いに、観客たちが熱狂しているのだろう。
「わかってたんだ。兄さんがボクに内緒で、何かよくないことをやってたことは……」
闘技場からの灯りをぼんやりと眺めながら、リリィが口を開く。
「街の外での仕事では、一日中働いてもその日食べるのに精一杯なのに、時たま豪勢な食べ物が出るときがあったの。兄さんはグラースって人から分けてもらったって言ってたけど……皆同じ様な収入のはずなんだから、そんなわけないのにね」
でも、空腹には勝てなかった。そう言ってリリィは自嘲的に笑う。
「だから兄さんがナルキッソスだったとしても、ボクに兄さんを攻める権利なんてないのにね」
リリィは嘆息すると、安全対策のために設置された手すりの縁に顎を乗せて闘技場を見やる。
「……あそこに行ったら、ボクでも冒険者らしく死ねるのかな?」
今にも消えてしまいそうな雰囲気のリリィに、ロイは諭すように彼女の肩に触れる。
「リリィ……」
「なんてね。ウソ、ウソ。ボクみたいな弱っちいのが闘技場に出ても、見せ場なく魔物にやられちゃうのがオチだよね」
リリィは流れてきた涙を乱暴に拭うと、無理矢理笑って見せる。
気丈に笑うリリィを気遣って、ロイもあえて話題を変える。
「リリィは闘技場に行った事があるのか?」
「ううん、あそこはお金に余裕がある人がいる場所だからね。そうでない人も一攫千金を夢見て行くみたいだけど……賭け事は嫌いなんだ」
「ああ、それはわかる。やっぱりお金は真っ当に稼ぐべきだよな」
「だよね。フフッ、ボクたち気が合うね」
意見が一致した二人は、顔を見合わせて笑い合う。
それを皮切りに、ロイとリリィは他愛のない話で盛り上がった。
リリィが仕事での苦労話をすると、ロイは自分が仕事で失敗ばかりして、まともな定職に就けない事を嘆いてリリィの笑いを誘った。
リリィが一度も行った事がないという闘技場での体験も好評だった。
中でも魔物がヒーロー同然として扱われ、それに魔物が応えるという話にはリリィも驚きを隠せないようだった。
「……でも、不思議だよね」
ロイから闘技場の話を興奮した様子で聞いていたリリィが、小首を傾げながら疑問を口にする。
「もう竜王はいないのに、どうやって新しい魔物を用意してるのかな?」
「それは……」
リリィの質問に、ロイも小首を傾げる。
ロイの記憶が確かなら、闘技場内での決着は相手が完全に死滅するまでだった。
それでは、何か手を打たなければ魔物の絶対数はどう考えても減っていくはずである。
もしかして中では魔物を増やす方法、魔物の交配とかも行われていたりするのだろうか?
「う~ん、わからないから今度、イリスさんに詳しく聞いてみるよ」
「本当? じゃあ、わかったら教えてね」
「ああ、約束だ」
ロイが小指を差し出すと、リリィも小指を出して彼の指と絡める。
リリィはロイと指切りをしながら嬉しそうに頬を染める。
「……何だか、こうしてると恋人みたいだね」
「え? 何か言った?」
「う、ううん。何でもない」
リリィは「指切った」と言って手を放すと、ロイの視線から逃げるように後ろを向き、繋がっていた手を大事そうに胸に抱く。
気が付けば、自分の胸の中からロイに対する思いが溢れそうだった。
だが、ロイに想いを告げたところで、純粋過ぎる彼はリリィの気持ちには応えてはくれないだろう。
それこそが、彼が実直勇者と呼ばれる所以の真の理由なのだから。
だから今、この気持ちは胸に閉まっておこう。
いつか、彼が人を愛するという事を覚えたらその時は……、
リリィは溢れそうな気持ちをどうにか押さえ込むと、不思議そうな顔をしているロイに笑いかける。
「ロイ、ボクを見つけてくれてありがとう」
「もう大丈夫か?」
「うん、もう無茶な真似はしないよ。それと、兄さんと仲直りもしないとね」
「ああ、それがいい」
ロイは満足そうに頷くと、リリィを家まで送ると言って歩き出す。
すると、
「こんなところにいたのか……」
ようやくリリィを追いかける決心がついたのか、息を切らしたクロクスが現れる。
「兄さん……」
クロクスの姿を見た途端、リリィの表情が強張る。
仲直りすると宣言したものの、まだ心の準備ができていないようだった。
「…………」
明らかに拒絶の態度を見せるリリィを見てクロクスは悲しげに顔を伏せるが、すぐに顔を上げてロイを真っ直ぐ見据える。
「僕たちの方針が決まったから伝えに来た」
どうやらナルキッソスたちの話し合いの結果が出たようだった。。
「わかった。話してくれるか?」
ロイが促すと、クロクスは神妙な顔で頷いて、ナルキッソスとしての今後について話した。
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