第31話 夢を諦めた者、信じ続ける者

 ロイたちはグラースたちと話し合いをする為、一階の酒場へと場所を移す。


 以前ロイがここを訪れた際、店主がこれ以上は話せないと言っていた理由は、二階の宿屋をナルキッソスのアジトにされていたからだった。


 店主が余計な事を言おうものなら、彼がどうなるかなんて言うまでもないだろう。


 だが、店主の悲劇は、ナルキッソスに宿屋をアジトとして使われただけじゃなかった。

 ロイが酒場の店主に事情を説明すると、彼は強面の顔を歪め、今にも泣きそうな顔で二階へと駆け上がっていく。


 それから程なくして、


「ぎゃあああああああああぁぁ! か、壁がああああああああああぁぁぁぁ!!」


 店主の断末魔のような絶叫が聞こえた。



 酒場の店主の嘆きの声を無視して、仲間によって回収され、体に巻きつけた包帯が痛々しいグラースが吐き捨てるように話す。


「クソッ、捕まえるならさっさとしろ」


 クロクスたち他の仲間も、ロイの実力を見て逃げる気力を失ったのか、顔を伏せ、この世の終わりのような顔をしていた。


 そんな絶望に打ちひしがれた男たちに、ロイが嘆息して口を開く。


「何か勘違いしているみたいだが、俺はまだあんたを捕まえるつもりはない」

「…………は?」

「少し気が変わった」


 ロイの言葉に、我が耳を疑うような顔になるグラース。

 クロクスたちもロイの言葉の真意が掴めず、互いに顔を見合わせて困惑顔になる。


「じゃあ、お前は何で俺たちを追いかけてきたんだ?」

「その前にいくつか聞きたい事があるんだけど、いいかな?」

「……何だ?」

「君たちが貴族から物を盗む理由は理解できる。だが、何故人を攫ったりしているんだ? 攫った人は、何処に連れて行かれるんだ?」

「ケッ、何だよそんな事か……」


 グラースは地面に唾を吐き捨てると、三白眼でロイを睨む。


「言っておくが俺たちはそんな卑劣な真似はしない。確かにそういう行為に手を染めている輩はいるようだが、そっちの件と俺たちは一切関係ない」

「じゃあ、二つの現場で同じカードが見つかったことは?」

「それこそ知らん。俺たちは盗みを働いた現場に、カードを置いて来いと言われたから、従っているに過ぎない」

「それじゃあ……」

「誰からカードを置いてこいと言われたか、という質問には絶対に答えられないからな」


 グラースの言葉に、後ろの三人もコクコクと同じように頷く。


「これだけは言っておくが、その人はこの国の現状を憂い、少しでもこの国を良くしようとして俺たちに強力を申し出てくれた……らしい」

「らしい?」

「実際は文章のやり取りだけで、一度も会った事はないんだよ……ただ、お蔭で助かった奴が多いのも確かだ。それだけ俺たちも追い込まれているんだよ」


 そう締めくくると、グラースは顔を背けて黙り込んでしまう。


 どうやら本当に誰から協力を受けていたか、知らないようだった。


「わかった。君たちが人攫いに関与してないことがわかっただけで充分だ」

「……信用するのか?」


 ロイがあっさりと引き下がった事に、グラースは信じられないものを見るような顔になる。


「俺が言うのもなんだが、そんな簡単に信じていいのか?」

「当然だ。君の目を見ていれば、嘘をついていないのはすぐにわかる」


 ロイは自信に満ちた顔で頷くと、ここに来た本当の理由について話す。


「話を戻すが、俺がここに来たのは、ナルキッソスである君たちにこの国の現状をフィナンシェ王に話してもらいたいと思ったからだよ」


 ロイの言葉に、グラースは眉根を寄せる。


「王にだ? それこそ何の意味があるんだよ」


 王がいながら、この国はこれほどの貧富の差が生まれたのだ。


 今さら王に現状を話したところで、一体何の意味がある。


 グラースの諦観した様子の言葉を、ロイはかぶりを振って否定する。


「意味はある。王様に事情を説明できれば、きっと現状を変えてくれるさ。何故なら王様は、この国の事を本当に何も知らないみたいだからな」

「知らないって……じゃあ、王は何をやっているんだよ」

「確か、他国との協議が忙しいとか言ってたけど……詳しくは俺も知らないんだ」

「何だよそれ……そんな適当な話を俺たちに信用しろって言うのか?」


 全く要領を得ないロイの言葉に、グラースは額に青筋を立てて怒りを露わにする。


「それに俺たちが話をするということは、王のもとへ直接出向くということだろう? それこそ自分からに捕まりに行くようなものじゃないか」


 話にならない。そう言ってグラースは手で追い払うような仕草をする。

 だが、ロイは諦めずにグラースに食い下がる。


「じゃあ、どうするんだ? こんな事を続けてもいつかは必ず捕まる。罪を重ね続けた結果、処刑されても君たちの家族は誰も悲しまないと、仲間に迷惑はかけないと言えるのか?」

「それは……」

「いいか? ここが正念場だ。今なら俺が君たちを王様に引き合わせてやる。心配しなくても、王様からは何かあれば協力してもらえるように取り付けてある。それに……」


 ロイは自分の胸を強く叩いて、歯を見せて笑う。


「何があっても俺が君たちを守ってみせる。世界を救った勇者が、この国を変える為に君たちの後ろ盾になってやると言ってるんだ。今動かなければ、こんなチャンスは二度とないぞ」

「チャンス……」

「ああ、だから勇気を持って立ち上がってくれ」


 ロイは快活な笑みを浮かべてグラースへ手を伸ばす。


「…………」


 差し出された手を見て、グラースは呆然となる。


 ロイの言っていることはただの偽善に過ぎない。


 王にこの国の現状を進言したところで自分たちの生活が改善されるとは思えないし、長い間この国を覆い続けてきた闇が振り払われるはずがない。


 それに、ロイの言葉を信じて城へ足を運んだとしても、王に会う前に騎士たちに取り囲まれ、その場で処刑されてしまう可能性の方が遥かに高い。


 こいつは気持ちのいい言葉を吐くだけの偽善者だ。


 そう断じてしまうのは簡単だが、自信に満ちたロイの顔を見ていると、不思議と目の前に立つ男の甘言が、実行不可能ではないように思えてきてしまう。


 これこそが、勇者の証だとでもいうのだろうか?


「いや……」


 目の前の男は単純に信じているのだ……他人の可能性とやらを純粋に、真っ直ぐに。


 グラースも幼い頃はロイのように何処までも真っ直ぐに、夢へ向かって邁進していた。


 だが、いつの間にか当初の夢を諦め、人を裏切る事を覚え、果ては義賊紛いの盗賊へと身を落とした。


 こんなにも人が信じられなくなったのは、いつからだろうか?


 だが、この男ならば、その真っ直ぐな心で一度世界を救って見せたこの男ならば、もう一度だけ信じてみてもいいかもしれないとグラースは思った。


「……実直勇者、か」


 ロイに殴られて痛む腹を押さえながらグラースは自嘲的に笑った。

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