第30話 一発は一発だから
「お邪魔させてもらうよ」
ロイは部屋の中にいる四人の男たちを見渡しながら口を開く。
「お前等が怪盗ナルキッソスだな」
「な、何でお前がここに? お前は……」
「閃光魔法、ブリッツによって見失ったはずだって?」
ロイの言葉に、男たち全員が息を飲む気配がする。
自分たちの作戦が尽く看破されていることに、驚きを隠せないようだった。
押し黙ってしまう男たちに、ロイは罠に嵌らなかった理由を話す。
「簡単な話さ。ブリッツを目くらましに使う術を、一度見たことがあっただけさ」
ブリッツの魔法が発動した瞬間、ロイは連中を油断させるため、屋根から飛び降りて物陰に身を隠した。
後は、逃げ切ったと思ったグラースに見つからないように、かなり距離を取って尾行したのだった。
「俺の魔法を利用したのか……」
己の失態に気付いたクロクスの呟きに、ロイの視線が重なる。
「あの時は世話になったな」
「クッ、実直勇者が……」
悔しげに歯噛みするクロクスを見て、ロイは口の端を上げて笑う。
「おりゃあああああっ!」
ロイが見せた余裕の笑みを、隙と見たグラースが一気に襲い掛かる。
「おっと」
しかし、ロイは窓の縁を蹴ってあっさりと突進を回避すると、天井を蹴って部屋の入口を塞ぐように立つ。
「やれやれ、いきなり襲い掛かってくるとは随分だな」
ロイは呆れたように苦笑してグラースに質問する。
「少しはこっちの話を聞こうって意思はないのか?」
「そんなの、あるわけないだろ。クロクス!」
「はいっ!」
グラースの鋭い掛け声に、クロクスが懐から指揮棒ぐらいの小さな杖を取り出す。
「地獄より沸き出でる煉獄の炎よ……」
クロクスが魔法の詠唱を始めると同時に、男二人がロイへと襲い掛かる。
どうやら二人が時間を稼ぎ、その間にクロクスが魔法を唱えるようだ。
「……やれやれ」
話を聞いてもらうためにも、一度大人しくなってもらった方がよさそうだ。
そう判断したロイは、腰を落として右手を掲げて構えを取る。
「おらぁっ!」
グラースの大降りの攻撃をしゃがんで回避したロイは、続く男のナイフの攻撃を紙一重で回避し、すれ違い様に相手の手首を強く打ち付けてナイフを奪う。
男二人の攻撃をあっさりと回避したロイは、未だに魔法の詠唱中のクロクスへと肉薄する。
「ふっ!」
短く息を吐き出して振るわれたナイフは、クロクスの持つ魔法の杖、その上部にある金の装飾を綺麗に吹き飛ばす。
「しまっ……」
力を増幅させる杖を破壊され、さらには集中を乱された所為でせっかくの魔法もあっさりと霧散してしまう。
「まだ、抵抗するか?」
ナイフを首元へ当てられたクロクスは、観念したように杖を捨てて両手を上げる。
これで男たちは大人しくなるだろう。
そう思うロイだったが、
「まだだ!」
グラースが小さな小瓶を掲げて、血走った目で叫ぶ。
「本物の勇者がいるなんて聞いてないぞ。これだから今回の仕事は嫌だったんだ!」
「諦めろ。何をしたところでお前たちに勝ち目はないぞ」
「……それはどうかな?」
グラースは獰猛な笑みを浮かべると、土気色をした見るからに危険そうな液体を一気に飲み干し、口元を乱暴に拭う。
「い、一体何を飲んだ?」
見た目はこれといった変化は見られないが、グラースが纏う異様な雰囲気に、ロイは最大限の警戒態勢を取る。
「フッ、これは冒険者の間に出回っている魔法の薬だよ。効果の程は……」
グラースは地面を強く蹴って、勢いよく飛び出す。
「なっ!?」
一瞬にしてグラースに間合いを詰められ、ロイは驚きに目を見開く。
「くらってみて、確かめてみなああああああああああああああああああぁぁぁぁっ!!」
烈風の叫び声と共に、グラースの右腕が唸りを上げてロイの頬を捉える。
「がっ……」
警戒を厳にしていたにも拘らず、防御もまともにできなかったロイは、グラースの膂力によって背にしていた壁を突き破り、隣の部屋の壁に強かに激突する。
「はぁ……はぁ……へっ、どうだ!」
荒い息を吐きながら、グラースが右腕を突き上げる。
「す、凄い……」
常人離れした攻撃を目の当たりにして、クロクスが息を飲む。
壁の向こうを見やると、突然の事態に呆然と壊れた壁を見つめる隣の宿泊客と、ロイが吹き飛ばされてできたと思われる瓦礫の山が見えた。
流石の勇者も、あのような一撃を受けてはひとたまりもないのでは?
……そう思われたが、
「ふぅ……少し、驚いた」
瓦礫を跳ね除け、ロイが何事もなかったかのように起き上がってみせる。
「勢いを殺し切れなくて、壁を壊してしまったな」
ロイの頬は殴られた影響で赤く腫れてはいたが、目立った出血すらない軽傷だった。
「なっ!? 馬鹿な……」
余裕の表情でこちらを見据えるロイを見て、グラースは愕然となる。
ロイは首の骨を鳴らし、体をほぐしながら特に異常がない事を確かめる。
「それじゃあ、今度はこっちの番だな」
ロイはそう宣言すると、腰を落として右手を後ろに引き、腰だめに構える
「まっ……」
待ってくれ。グラースがそう言おうとするが、その時には既に拳を振り抜こうとするロイが目の前に迫っていた。
「一発は、一発だからな!」
床を踏み抜く勢いで踏み込まれたロイの右拳が、グラースの胴を轟音と共に打ち貫く。
それは正に、殴るというより打ち貫くという表現が正しかった。
ロイが拳を振りぬくと、グラースの体が低空飛行で飛び、背後にあった壁を突き破る。
しかも、それだけでは威力が減衰する様子はなく、そのまま次と、さらにその次の壁までも突き破り、宿の外までグラースの体を吹き飛ばした。
「あっ……あ、ああ…………」
先程のグラースを遥かに上回る威力を目の当たりにし、口をあんぐりと開けているクロクスたちへロイが右拳を突き出して語りかける。
「まだ、やるつもりかい?」
その言葉に、首を縦に振る者は誰もいなかった。
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