第23話 恨みを買う仕事
「さあ、どうぞ。そちらのソファに腰をおかけ下さい」
憲兵隊の事務所奥にある自室へとロイを招き入れたカーネルは、応接セットの奥側のソファへと腰掛け、手前にロイに座るように勧める。
憲兵隊の事務所は、外の外観からは想像もできないような立派な造りをしていた。
ジメジメした廊下とは打って変わり、隅々が見渡せるほど部屋の中は灯りで満たされ、床に真っ赤な絨毯、設えた机や椅子も貴族の家でしか見かけないような重厚な造りの立派な物だった。
壁だけは流石に石が剥き出しになっているが、絵画や観葉植物が飾られ、無骨な雰囲気を見事に消していた。
「驚きましたか?」
「ええ、まさか、地下にこれだけの施設があるなんて思いませんでした」
ロイが称賛の言葉を告げながら進められたソファに腰掛けると、どこまでも沈んでしまいそうな柔らかさにまた驚く。
「ホッホッホッ、凄いでしょう。昔、この部屋はそれはそれは酷い有様でした」
「それは……やはり騎士がいたからですか?」
「そうです。残念ながら魔物が跋扈していた頃、国にとって憲兵は殆ど無用の長物でした。騎士は名誉を受けるのが仕事、憲兵は恨みを買うのが仕事とまで言われておりました」
しかし、主に事件を起こすのが魔物から人となり、事件の多様化が進み、憲兵の仕事が徐々に増えていった。
増え続ける仕事に憲兵たちの限界が迫った時、現役を引退していたカーネルが憲兵隊の特別顧問として就任して組織の改変を任されたという。
「そういうわけで、わたくしの独断と偏見でこの部屋を含め、色々と変えさせて戴きました。その一つが……」
カーネルが部屋の入口を見ると同時に扉がノックされ、先程ロイを襲ってきた女性が現れ、手際よく二人分のお茶を淹れていく。
「あ、どうも……」
お茶を淹れたもらったロイがお礼を言うと、女性は顔を真っ赤にさせて黙って頷いて、急ぎ足で退室していく。
「フフッ、あの娘は勇者様のファンのようです。恥らう姿が堪らないと思いませんか?」
「はぁ……」
「憲兵に女性はいなかったのですが、今年からうつく……実力のある女性を何人か登用したのです」
「はあ……」
優雅にお茶を飲みながらカーネルが嬉しそうに語るが、ロイの目には羨望の眼差しというよりも、恐怖に怯えた眼差しにしか見えなかった。
女性はやっぱりわからないとロイが思っていると、カップをソーサーに戻したカーネルが口を開く。
「さて、そろそろ本題に入りましょう。勇者様、今日はどのようなご用件で?」
「あ、はい……」
ロイは気を取り直すと、ここに来た用件を切り出す。
「実は、今日はカーネルさんに教えて欲しいことがありまして……」
「怪盗ナルキッソスについて、ですかな?」
「ご存知でしたか?」
「というより、それ以外に勇者様がここを訪れる理由がないでしょうからな」
カーネルは自慢のカイゼル髭を撫でながら、口の端を吊り上げて笑う。
「ところで勇者様は、ナルキッソスについて何処までご存知なのですか?」
「何処まで、とは?」
「そうですね。ナルキッソスの真の正体とかですかね?」
「真の正体? 奪った金品を分け与える義賊ってことですか?」
「ほう……そこまで知っていましたか」
憲兵はナルキッソスの目的に辿り着くまで随分と時間がかかったらしく、僅か一日でそこまで辿り着いたロイの情報収集能力にカーネルは舌を巻く。
「ちなみに、その話は勇者様以外では誰がご存知なのですか?」
感心しながらも、カーネルは神妙な顔つきで声を潜めてロイに尋ねる。
「いえ、知ってるのは俺一人です。エーデルやプリムローズには勿論、お世話になっているイリスさんにも話していません」
「それは……何故ですか?」
「相手が義賊だろうと何だろうと、ナルキッソスを捕まえることには変わりないからです。結論が変わらない以上、仲間たちに余計な情報を入れるのは得策じゃないと考えました」
ロイが仲間に情報を与えなかった理由を話すと、カーネルは「ほっ」と胸を撫で下ろす。
「それはいい判断です。それと、ついでですが、ナルキッソスが義賊的行為をしているというのは、できればこれからも口にするのは控えてもらえないでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」
「……感謝します」
ロイの即答に、カーネルは恭しく頭を下げる。
「では、勇者様のご好意に我々も応えるとしましょう」
カーネルはそう言うと「何でも聞いてください」と柔和な表情で答える。
「それでは、お言葉に甘えて……」
そう前置きして、ロイはカーネルに疑問をぶつけてみる。
義賊であるナルキッソスが、何故人を攫うのか?
金品を盗むナルキッソスと、人を攫うナルキッソスは同一人物による犯行なのだろうか?
そして、この国の人たちは、周りの人がいなくなっても何故平気でいられるのか?
「ふむ……興味深い質問内容ですな」
ロイからの質問を聞いたカーネルは、双眸を細めて何度も頷く。
「最初の質問の答えは、わからない。としかお答えできません。ナルキッソスを捕まえて聞いてみるしかありませんな。二つ目は、現場に残された水仙のカードが同一だったからです。このカードは世間には一切公表されていません。ですので、同じ物を用意できるのは真犯人だけとなるのです」
「なるほど……」
ロイは頷いてみるものも、これらの解答は既に仕入れていた情報とさほど差異はない。
それに、この二つの疑問が既に解けているのならば、ロイがこの国に呼ばれるまでもなく事件は解決していただろう。
「そして、最後の質問ですが……これは我が国の民が、人が消える事に慣れてしまっているのが原因なのです」
「人が消えるのに、慣れる?」
カーネルの言葉に、ロイは眉根を寄せる。
人が消えるのに慣れる。そんな事が本当にあるのだろうか?
見ず知らずの他人ならば気にも留めないのだろうが、気の置けない知り合いが、愛する家族がある日突然消えてしまっても、そう簡単に諦められるものだろうか?
「信じられない話かもしれませんが、我が国では人が消えるのは日常茶飯事だったのです」
驚き固まっているロイに、カーネルは悲しそうに目を伏せて質問に答える。
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