第22話 突然の襲撃者
翌日、ロイはフィナンシェ城の中にある憲兵隊の事務所を目指して歩いていた。
「あの先か……」
角を曲がれば憲兵隊の事務所が見えるという所でロイは足を止め、首を巡らせて辺りを見渡す。
ロイがいる場所は、城の地下だった。
地下は灯りこそ焚かれているが薄暗く、そこかしこによくわからない黒染みがあるカビ臭い場所だった。
ジメジメと湿気が多い所為で服が肌に張り付く感じが不快感を募らせ、一刻も早く新鮮な空気がある外へ出たい気持ちになってくる。
こんなところに、本当に憲兵隊の事務所があるのだろうか?
ロイは入口の兵士から事務所の場所を聞いたとき、思わず耳を疑った。
憲兵といえば騎士と並んで街を守る存在である。
いくらその存在が騎士の陰に隠れるような立場だとしても、この扱いはいくらなんでもあんまりではないだろうか。
プリムローズが騎士と憲兵は仲が悪いと言っていたが、これだけ待遇の差があれば仲が悪くなるのも頷ける。
それに、これだけ不衛生な場所だと、女性陣が来たがらないのも頷けた。
「だからって、俺一人ならいいのかよ……」
ロイは不満を一人ごちながら廊下の角を曲がる。
すると、角を曲がった瞬間、何者かがいきなり襲いかかってくる。
「覚悟!」
「のわっ!?」
首目掛けて振るわれたナイフによる不意打ちに対し、ロイは上体を反らすことでどうにか回避する。
「まだまだ!」
さらに襲撃者のすぐ後ろに潜んでいた二人目がロイの足を払うべく、長い棒で地面スレスレを薙ぎ払う。
「――っ、甘い!」
しかし、この攻撃もロイは後方に大きく跳ぶ事で回避し、着地と同時に背中に吊るした木剣を抜いて前へ出る。
二人の襲撃者は、顔を覆面で隠しているので性別は判断できなかったが、そんなことで手心を加えるロイではなかった。
「誰だか知らないが……」
目にも留まらぬ速度で駆けたロイは、手前にいた襲撃者の胴を横薙ぎで払う。
ナイフを振り切った姿勢のままでいた襲撃者はまともにロイの攻撃を受け、側面の壁まで吹き飛んで轟音を立てて壁にめり込む。
吹き飛ばした襲撃者には目もくれず、ロイは二人目の襲撃者へ肉薄する。
「死んでも悪く思うなよ!」
一人目の襲撃者の惨状を見て恐怖で固まっている二人目に、ロイは上段からの振り下ろし攻撃を仕掛ける。
「ヒッ!?」
例え防御をしたとしても、それすらも打ち貫くような攻撃に襲撃者の口から悲鳴が漏れる。
風を切り裂き、唸りを上げた木剣が襲撃者の額を割ろうとする直前で、
「そこまで!!」
石造りの地下によく通るバリトンボイスが響いた。
「――っ!?」
その声に従い、ロイは全身に力を籠めて腕に急制動をかける。
幸いにも木剣は襲撃者の額の直前で止まり、石畳を血で汚すことはなかった。
「…………」
襲撃者たちの戦意はなくなったようだが、ロイは油断無く武器を構えたまま周囲に気を配る。
「いやはや流石は勇者様。お見事ですな」
すると、先程のバリトンボイスの声の主が、拍手しながらが現れる。
既に誰か目星をつけていたロイであったが、声の主を見てようやく警戒を解く。
「いきなり何をするんですか。俺に何か恨みでもあるんですか?」
木剣を背中にしまいながら、ロイが黒の燕尾服を着た老紳士に尋ねる。
「いえいえ、こんな機会めったにないので、勇者様の実力をみせてもらおうかと思っただけです。まあ、不意打ちになってしまったことは謝罪させていただきます」
カイゼル髭を撫でながら現れたカーネルは、深々と腰を折り曲げて謝罪の言葉を口にする。
「あの……」
「失礼、その前に……」
カーネルはロイが何かを言う前に顔を上げると、断りを入れて襲撃者たちの下へと足を向ける。
呆然と立ち尽くす襲撃者に近付いたカーネルは、何か一声かけて覆面を取ってやる。
「ふ、ふええええん、怖かったよおおおおおおおおおぉぉっ!」
覆面を取られた襲撃者はその場にへたり込み、人目も憚らず大声で泣き始めてしまう。
随分と可愛らしい声に驚いたロイが目を向けると、襲撃者は美しい女性だった。
カーネルは泣き続ける女性をその場に置き、壁にめり込んでしまった襲撃者の下へ歩いていく。
こちらも覆面を取り、中から出てきた精悍な顔つきの青年の目を覗き込んで、意識が無いのを確認してかぶりを振る。
どうやらこちらの男性は至急手当てが必要と判断したようで、大声で救護を呼んで青年を壁の中から引きずり出す。
どうやら万が一に備えて色々と準備をしていたようで、ナース服に身を包んだ女性が次々と現れ、男性を取り囲んで回復魔法を施していく。
それぞれの経過を確認したカーネルは、ロイの前でやって来て笑顔で声をかける。
「やれやれ、どうやら授業料は大分高くついてしまったようですな」
「はあ、なんかすみません」
「いえいえ、謝らないで下さいませ。それよりここに来たということは、わたくしに用があるのでしょう? ここで立ち話も何ですから話は中で伺いましょう」
そう告げると、カーネルは廊下の奥にある重厚そうな扉へとロイを招き入れた。
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