第21話 評判の悪い人

「「「いただきます」」」

「はい、どうぞ召し上がれ~」


 その日の夜、イリスの屋敷に戻ってきたロイたちは、食堂で用意された夕食に舌鼓を打ちながら各々の成果について話し合っていた。


 一日かけて情報を収集した結果、ロイたちは最初に会ったリリィ・リスペットから得られた情報以上のものは得られなかった。

 聞けた話も殆どが噂の域を出ず、ナルキッソスに繋がる役立ちそうなものはなかった。


 だが、ロイは未だ憶測の域は出ていないナルキッソスが義賊だという話は告げないでいた。

 それは貴族であるイリスを慮ってのことだったが、下手に口にしてエーデルたちに邪推されたくないという想いもあった。 


「俺たちの方はこんなものだけど、エーデルはどうだったんだ?」

「私の方も、残念ながらこれといった成果はなかったわ」


 ロイたちとは別行動を取っていたエーデルは、露骨に嫌な顔をして結果を報告する。


 エーデルが向かった貴族の家で聞けた話は、音もなく侵入して財産を奪ったナルキッソスに対する愚痴と、自分がいかに金持ちで、優れた人間であるかの自慢話ばかりだったという。


「そればかりか、あのフロッシュってデブの公爵。私に自分の息子と結婚しないかってしつこく食い下がってくるのよ。本当、失礼しちゃうと思わない?」


 エーデルは隣に座るロイの腕に自分の腕を絡めると、しなだれるように体重を預ける。


「えっ、何が?」

「何って結婚の話よ。私にはロイという心に決めた人がいるのに、自分の息子と結婚しろなんて図々しいにもほどがあると思わない?」

「……俺としては今のエーデルの態度も充分図々しいと思うけどな」


 ロイはうんざりした表情で、抱きついてくるエーデルを引き剥がす。


「ほら、まだ食事の途中なんだからちゃんと座ってろ」

「ああん、ロイのいじわる。でも、そこが好き。愛してる」

「はいはい、わかったわかった」


 もう幾度となく繰り返されたであろうやり取りに、ロイは大きく嘆息する。



「フフ……」


 その一連のやり取りを見ていたイリスは、クスクスと口に手を当てて上品に笑う。


「二人は本当に仲がいいのね~?」

「そうですか? 俺としては意味が分からないので困っているんですけどね」

「あらあら、女の子にそんなこと言っちゃダメよ~。女の子は繊細なんだから」


 イリスの言葉に、エーデルが「そうだそうだ」と囃し立てる。

 女性二人に立て続けに攻められ、ロイは渋面をつくる。


「クッ……女はそうやってすぐ結託するから嫌なんだ」

「あらら~、拗ねちゃった」


 子供のように顔を背けてしまったロイを見て、イリスはコロコロと笑う。

 声を上げて笑い続けるイリスを見て、ロイは諦観したように大きく嘆息する。


「……もういいですよ。どうせ俺には女心なんて一生わからないでしょうから」


 ロイは「この話はここまで」と一方的に話を打ち切ると、これまでの会話に参加せず、黙々と食事を続けていたプリムローズを見やる。


「……プリム、一つ聞きたい事があるんだ」

「んぐ!? ほ、ほふぅ……ん……んぐ……な、何だ?」


 突然話を振られたプリムローズは、口の中の物を慌てて飲み込んで応える。


「実際に人が行方不明になっているのに、街の人たちはどうしてあんなにも素っ気ないんだ? この街では日頃から行方不明者が出ているのか?」


 得られた情報は決して多くはなかったが、気になる点はいくつかあった。


 その一つが、この街の人々の事件への無関心さだった。


 ナルキッソスによって人が行方不明になるという事件が起きているのは周知の事実。

 だが、事件について街の人たちは、当事者は不幸な事件に遭って行方不明。もしくは何処かへ旅に出かけているだけだろうと認識していた。


 身近な人がある日突然、神隠しにあったかのように姿を消したにも関らず、何事もなかったかのように日常を過ごすフィナンシェの街の人の反応が、ロイには信じられなかった。


「それについては……ごめん。わからない」


 プリムローズはナイフとフォークを置くと、潔く頭を下げた。


「……へ?」

「あたし、長い間国を空けてたし、騎士になって住居も家族と共に城内に移したんだ。それで殆ど街に出なくなったから、街についての情報は本当に何も入って来なくて……だから、ナルキッソスついては何も知らなかったんだ。役に立たなくて本当にすまない!」


 そう言うとプリムローズは机にぶつかる勢いで頭を下げる。

 今にも泣きそうなプリムローズを見て、ロイは「気にするな」と優しく声をかける。


「まあ、よくよく考えてみれば、プリムがある程度情報を持っていたのならば、街での聞き込みも必要なかったわけだしな」

「うう……重ね重ね申し訳ない」

「だから、そう落ち込むなって」


 再び肩を落とすプリムローズを見て、ロイは小さく嘆息する。


「それじゃあ、プリムに俺のところに来るように言ったのは誰なんだ? まさか、王様が発案したということはないだろう?」

「ああ、それならカーネル様だ」

「カーネルって、俺たちを迎えに来てくれたあの執事の人か?」


 ロイの脳裏に、燕尾服に身を包んだ老紳士の姿が思い浮かぶ。


 侍従長という立場にあるカーネルだが、元々は王に仕える騎士の近衛筆頭、現在でも憲兵を預かる立場にあるというから、それなりの権限を持ち合わせているのだろう。


 馬車でフィナンシェまで至る道中でも、何度もロイの事を値踏みするように見ていた節があった。

 あの抜け目のないカーネルなら、もしかしなくても有益な情報を持っていそうだとロイは考える。


「よし、じゃあプリム。悪いがカーネルさんに会う算段をつけてもらえるか?」

「ええっ!? あたしがか?」


 プリムローズは顔を青くすると、自分の体を抱くようにして椅子ごと後退る。


「そりゃあ、ロイがあたしを頼ってくれるのは嬉しいんだけどさ……」

「ダメなのか?」

「ダメじゃないけど……あの人、苦手なんだよ」


 その言葉に、イリスとエーデルが揃って「わかるわかる」と頷きながら相槌を打つ。


「それに、カーネル様は元近衛と言っても、今は憲兵の所属なんだ。騎士と憲兵って昔から仲が悪くて、あたしが行ったところで果たして話をつけてくれるかどうか……」


 プリムローズが申し訳なさそうに告げると、


「仕方ないわね~。これはもうロイ君が一人で行ったほうがいいんじゃないかな~? ロイ君なら憲兵の人たちも無碍に扱わないだろうし~」

「そうね。プリムに同意するのは癪だけど、今回だけは仕方ないわね。ロイ、頑張ってきてね」


 さらにイリス、エーデルまでもがまるで示し合わせたかのようにロイに一人でカーネルに会いに行けと言ってくる。


「な、何なんだよ一体……クソッ、わかったよ。一人で行けばいいんだろ!」


 再び訪れた疎外感に、ロイは半ば自棄になりながら叫んだ。

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