第20話 ただ一人の幸せを願って

 声に驚いて目を向けると、ロイと同い年ぐらいの青年が眦を上げて睨んでいた。


「ちっとも戻ってこないと思ったら、こんなところで何やってんだ!」


 青年はロイたちの前までやって来ると、リリィの手を掴んで無理矢理立たせる。


「痛っ!?」

「おい、いきなり何をするんだ!」


 突然現れて横暴な振舞いをする青年に、ロイが堪らず声をかける。

 だが、今にも青年に殴りかかりそうなロイをリリィが待ったをかける。


「待って、ロイ。この人はボクの兄さんなの!」

「兄……だって?」

「そう。クロクス・リスペット。正真正銘ボクの兄で、スラムで逃げるのを手伝ってくれたんだよ。ほら、屋根から飛び降りた時、急に目の前が真っ白になったの覚えてるでしょ?」


 リリィ曰く、ロイたちが屋根から飛び降りた瞬間、クロクスが目眩ましの魔法、ブリッツを唱えて追撃者たちの目を無効化してくれたという。


 お陰で追撃者は完全にロイたちを見失い、安全にここまで逃げてこられたという。


「そうか、あの時の光は魔法だったのか……」


 リリィからの必死の説得に、ロイは振り上げていた拳を降ろすと、代わりにクロクスに向けて手を差し伸べる。


「勘違いしてすまなかった。あの時は助けてくれてありがとう」

「フン、貴様と馴れ合うつもりはない」


 クロクスはロイの手を払いのけると、背中を向けてリリィの手を引いて歩き出す。


「ほら、リリィ。こんな所で油売ってないで午後の仕事に戻るぞ」

「もう、兄さん。何でそんなに素っ気ないのよ。何が気に入らないの?」

「何が気に入らないかだって?」


 困惑した様子のリリィに、クロクスは苛立ちを露わにしてロイを指差す。


「決まっているだろ。お前がこんな奴なんかと一緒にいたからだ!」

「こんな奴って、彼はあの実直勇者のロイよ。知っているでしょ? 世界を救った……」

「だからどうした!!」


 クロクスの怒鳴り声に、周りの人たちが何事かとこちらを見やる。

 だが、そんなことはお構いなしにクロクスは大声で捲くし立てる。


「そう言うお前こそわかってるのか? こいつは、僕たちの生活が苦しくなった元凶を作った奴だぞ? 何でそんな奴と馴れ合わなければならないんだ!」

「に、兄さんこそ何を言ってるのよ!」


 怒りで顔を真っ赤にしているクロクスに、リリィがすぐさま反論する。


「竜王討伐は全ての冒険者の目標だったじゃない。その結果、魔物がいなくなって冒険者の仕事がなくなったからって、ロイを恨むのは筋違いだわ!」

「なっ!? う、うるさい! そんな事は言われなくてもわかってるんだよ!」

「わかってないわ! だったら何で兄さんは冒険者になったのよ。まさか、本当にお金の為とか言うんじゃないでしょうね?」

「ち、違っ!? 僕は……」

「その反応……やっぱりお金が目当てなのね!? そんなの兄さんがいっつも悪口言ってる貴族の人と何にも変らないじゃない!」

「チッ……クソッ、勝手にしろ!」


 リリィの正論にぐうの音も出ないクロクスは、捨て台詞を吐くと背中を向けて歩き出し、一度も振り返らず広場から立ち去っていった。



 クロクスが立ち去るのを確認したリリィは、ロイに向かって頭を下げる。


「ごめんなさい! 兄さんが酷い事を……」

「いや、いいんだ。俺は気にしてないよ」


 ロイはかぶりを振ると、微笑を浮かべる。


「彼は、いい兄さんだな」

「ええ!? 何よそれ!?」


 ロイの言いたい事がわからず、リリィが素っ頓狂な声を上げる。

 目を白黒させているリリィに、ロイがクロクスの想いを代弁する。


「竜王討伐は冒険者全ての願い。リリィの考えは冒険者としては素晴らしいけど、恐らく彼には竜王討伐よりも大切な願いがあったんだよ」

「大切な願い?」

「ああ、それは君との……リリィとの幸せだよ」

「なっ!?」


 ロイの言葉に、リリィは息を飲む。


「彼はリリィと幸せな生活が送れるなら竜王討伐はどうでもよかったんだろう。だからこそ、その夢を壊した俺が許せなかった。スラム街では俺を見捨てても良かったのにリリィがいたから、リリィを守る為に自身の力を惜しみなく使ってくれたんだろう」


 確信があるわけではないが、クロクスの様子を見る限り、自分の推理は間違いないだろうとロイは思った。


「ボ、ボク……」


 リリィはクロクスに酷い事を言ってしまったと、顔を真っ青にして震える。

 ロイは震えているリリィに近付くと、彼女の肩を叩いて力強く頷いてみせる。


「早く彼を追いかけるんだ。謝りたいんだろう?」

「…………うん」

「だったら急ぐといい。今ならすぐに追いつけるはずだ」


 リリィは小さく頷くと、ロイの手から離れて駆け出す。


 その途中、リリィは何かを思い出したかのように振り返ると、


「ロイ、ありがとう。この埋め合わせは必ずするからね!」


 大きく手を振りながらクロクスが立ち去った方へと駆けていった。



 ロイは暫くの間、リリィに向かって手を振り続けていたが、


「……さて、俺も自分のやるべきことに戻るかな」


 買い食いのゴミをまとめると再びナルキッソスの情報を集める為、フィナンシェの街中へと歩き始めた。

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