第19話 新たなる決意
フィナンシェ王国はここ一年で、考えられないほどの変化があった。
竜王ドラグーンがロイによって討たれ、各地の魔物が消滅した事で、フィナンシェ王国のアイデンティティともいえる騎士の存在意義が根底から覆される事となった。
魔物の討伐、護衛の任をはじめとする騎士団の収入は激減し、それはそのままフィナンシェ王国の歳入欠陥の原因となった。
「だけど、それでもこの街の偉い人たちは贅沢な暮らしを変えるつもりはなかったの。勝手に税率を上げたり、商会からの賄賂を積極的に募集したりと、お金を集める為なら手段を選ばずなんでもやるって感じだったの」
当然ながら、生活が圧迫される事に多くの民からは不満の声が上がったが、貴族の横暴に対して具体的な行動を起こす者は誰一人としていなかった。
当然だ。貴族を統括する者もまた貴族なのだから、自分たちの暮らしが悪化するような決定をするはずがなかった。
人々の不満が募る中、現れたのが……、
「怪盗ナルキッソス、というわけか」
ナルキッソスはとりわけ、フィナンシェ国内で悪と目されている貴族の屋敷へと忍び込み、金品を奪ってはお金に困っているスラムの人たちに分け与えているという。
ロイがスラム街で男たちに襲われそうになったのも、ナルキッソスが捕まればその恩恵に与れなくなるから、という理由からだった。
だが、ナルキッソスが本物の義賊だとしても、ロイには納得できない事があった。
「奴は人攫いもしてるって話だ。それに何か意味があるのか?」
「それについてはわからない……だけど、それって本当にナルキッソスの仕業なのかな?」
首を捻るリリィを見て、ロイは眉を顰める。
「……現場にナルキッソスを示すカードが残されていても、か?」
「だからだよ。現場にそのカードが残されていれば、どんな罪でもナルキッソスになすりつけられるでしょ。だから……」
「貴族から金を盗んでいるナルキッソスと、人攫いをしているナルキッソスは別物だと?」
ロイからの質問に、リリィは首肯をする。
「ふむ……」
確かに二つの犯行は全くと言ってもいいほど繋がりが見えない。
リリィの言うとおり、それぞれの事件の犯人は、別の人物だと考えてもいいかもしれない。
だが同時に、それこそが犯人の狙い目という可能性も捨て切れなかった。
そう、例えばロイにそのように告げることで、本来の目的から目を逸らさせるとか……。
「――っ!?」
ロイは、一瞬でもリリィがナルキッソスと関係があるのではないかと考えた自分を恥じる。
リリィはスラム街で、何の関係もない自分を助けてくれたのだ。
そんな恩人を疑うなんてどうかしている……しかし、リリィはロイにナルキッソスを捕まえて欲しくないようにも見えた。
その理由は考えるまでもないかもしれないが、ロイは勇者として、王からの依頼を受けた者として確かめないわけにもいかなかった。
「……もしかして、リリィも?」
「うん?」
「リリィもナルキッソスの恩恵を受けているのか?」
口にしておいて、ロイは我ながら嫌な質問だと嫌悪感を抱く。
魔物がいなくなり、収入源がなくなったのは騎士だけなく冒険者であるリリィも同じで、金に困っている可能性は十分にある。
「無理に答えた欲しいとは言わない。気分を害したのなら、先に謝っておくよ」
自己嫌悪に陥って俯くロイだったが、リリィは特に気にした様子もなく、
「ボク? ボクはナルキッソスからお金なんてもらっていないよ」
あっけらかんとした調子で質問に答える。
「生活は決して楽じゃないけど、貧乏には慣れているからね」
そう言うと、リリィは肩を竦めて照れくさそうに笑う。
「でも、ボクもいつかナルキッソスの世話にならないといけなくなるかもね。だから……」
「それまでナルキッソスに捕まってもらっては困る?」
「というより、ナルキッソスを通じてボク等の現状を知ってもらって、お偉いさんが心を入れ替えてくれることを祈っているよ」
「そう……だな」
リリィの願望を聞いて、ロイは目から鱗が落ちたような気分になる。
ナルキッソスを悪と決め付け、捕まえて王へ突き出せば全てが解決すると思っていた。
しかし、ナルキッソスを巡る国の問題を知ってしまった以上、素直に王の言葉通りに依頼を遂行しても、ロイが望む結末は得られそうにない。
ならばロイが勇者としてすべき事は決まっていた。
「決めた!」
ロイは残っていたパンを一気に口に詰め込むと、リリィに向かって笑いかける。
「俺、やっぱりナルキッソスを捕まえるよ」
「え? あっ、そう……だよね。ロイはその為に来たんだものね」
「どんな理由があろうとも物を盗むのは悪い事だ。それに、人攫いなんて言語道断だ」
「…………うん」
ロイの決意を聞いて、リリィは表情を曇らせる。
だが、続くロイの言葉は、リリィの予想を上回る物だった。
「まずは二つの事件の関係性を探る。次にナルキッソスを捕まえたら、二度と悪い事をしないように改心させる。そして人攫いの真相を突き止める。最後に皆を困らせている貴族も同じ様に改心させ、リリィたちの生活を改善させてみせるよ」
「え?」
「俺は言われた事だけをやりに来たんじゃない。皆の笑顔を取り戻す為に来たんだ」
「ロイ……」
「俺はこの国を必ず変えてみせる。だからリリィ、もう少しだけ待っていてくれ」
「うん、待ってる」
リリィは思わず流れてきた涙を拭うと、満面の笑みで頷く。
ロイも笑顔で頷き返すと、改めてリリィにお礼を言う。
「リリィ、今日は貴重な情報を教えてくれて本当にありがとう」
「そう? ボクなんかが、勇者であるロイの役に立てたのかな?」
「勿論だよ。お陰で俺は……」
「リリィ! 何をやっている!」
ロイが感謝の言葉を言おうとすると、割って入ってくる声があった。
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