第18話 元冒険者の少女
少女の案内で、ロイはスラム街から脱出して平民街にある広場へとやって来た。
広場の中央にある噴水の縁へと腰掛けた少女は、安堵の溜め息をつく。
「ふぅ……ここまで来れば大丈夫でしょ」
「すまない」
ロイは佇まいを直すと、頭を下げて改めて少女へお礼を言う。
「君のお蔭で大事にならずに済んだ。本当にありがとう」
「いいよ、いいよ。実際、ボクが助けたのはあなたじゃないからね」
「え?」
その言葉に、ロイは顔を上げてシニカルな笑みを浮かべている少女を見る。
「だってそうでしょ? どう見たって連中があなたに勝てる見込みなんてなかったじゃない。弱いくせにプライドばっか高いから、本当にめんどくさいのよね」
少女に「あなたもそう思うでしょ?」と問われ、ロイは苦笑するしかなかった。
どうやら少女は、ロイの実力を認識した上で逃走に協力してくれたようだった。
少女の優しさに感心していると、ロイの目の前に手が差し出される。
「今更言うのもなんだけど、ボクはリリィ・リスペット。これでも元冒険者なんだ」
そう言うと少女、リリィは真夏に咲く向日葵のように満面の笑みを浮かべる。
「冒険者……」
そう言われて、ロイは改めてリリィの姿を見てみる。
へそを出した短い緑の上着に、同色の太ももが見える短いパンツ。腰には使い込まれたダガーと四つものポーチを吊るし、その全てが何らかしらの道具が詰まっているようだった。
見た目は頼りなさそうだが、全てがしっかりとした丈夫な素材で作られ、動き易さを重視したちゃんとした冒険者用装備だった。
ロイが感心したようにリリィを見ていると、彼女は恥ずかしそうに身を捩る。
「な、何? そんなに見詰められると恥ずかしいんだけど……」
「あっ、すまない」
ロイはまじまじと観察していた事を素直に謝罪して自己紹介をする。
「俺はロイ・オネットだ。よろしく頼む」
「えっ? うそっ……あなた、あの実直勇者なの!?」
すると、ロイの正体にようやく気付いたリリィが驚きに目を見開く。
「な、何で世界を救った勇者が、あんな所で街のゴロツキなんかに絡まれていたの?」
「それは……」
リリィに問われ、ロイは一瞬、彼女に自分の目的を告げていいものかどうか悩む。
スラム街の酒場で眼帯の男から言われた「ナルキッソスについて話すときは、相手をよく吟味した方がいい」という言葉を思い出したからだ。
「どうしたの?」
中々口を開かないロイに、リリィが心配そうに顔を覗き込んでくる。
その心配そうな声を聞いて、ロイは自分を恥じる。
リリィは自分の身を省みず、何の縁もゆかりもないロイを助けてくれたのだ。
ここで沈黙を貫くのは、受けた恩を仇で返すような人として最低の行為のように思われた。
「あの……もしかして聞いちゃいけないことだった?」
「いや、そんな事はない。黙っていて悪かった」
ロイは自分の非を詫びると、これまでの経緯をリリィに話し始めた。
正午を回った平民街の広場は、束の間の休息といった静寂が広がっていた。
先程まで忙しそうに仕事をしていた飲食店以外の商店の店主たちも、今は店先に幌をかけて昼休みであると示していた。
ロイとリリィは、広場から近くにあったベンチへと移動し、露天で買ったパンに焼いた卵や干し肉、魚の酢漬けを挟んだ昼食を摂っていた。
この昼食は、助けてもらった礼にとロイが用意したものだった。
ただ、余りにも無骨なラインナップに、リリィは最初引き攣った笑みを浮かべていたが、
「あっ!? これ、おいしい」
一口食べた途端、その笑顔はすぐに本物のものとなった。
リリィはすっかりお気に入りになった魚の酢漬け入りパンを租借しながら、ロイから聞いた話を反芻する。
「そっか、ロイはナルキッソスを捕まえに来たんだ」
「ああ、どんな事でもいい。何か情報があったら教えてくれないだろうか?」
「う~ん、そうしたいのはやまやまなんだけど……」
何処までも真摯な表情のロイに対し、リリィの表情は晴れない。
「ロイの言ってる事は正しいよ。盗みは悪い事。そんなことは子供だって知ってるし、悪い事をしたならその報いを受けるのは当然だよ……でもね、今回は事情が違うんだよ」
「事情が……違う?」
「ロイは、義賊って知ってる?」
義賊……それは義侠心を備えた盗賊を意味する言葉で、強き者を挫き、弱き者を助ける勇者とはまた違うタイプの正義の味方だ。
主にあくどい手口で金を稼いでいる人間から金品を奪い、金がなくて困っている人たちへ還元するような行いをする者を総じて義賊と呼ぶ。
「まさか、ナルキッソスがその義賊だというのか?」
ロイが愕然とした表情で尋ねると、リリィは神妙な表情で首肯し、この街で起きているナルキッソスについて語る。
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