第15話 いざ、捜査開始

 ――翌日、怪盗ナルキッソスの情報を求めてロイたちは街へと繰り出す。


 繁華街へ向けて歩いている途中、今後の方針についてエーデルがロイに質問する。


「ロイ、具体的に何か策はあるの?」

「そうだな、とりあえずは情報収集だろう。色んな人から話を聞いて、ナルキッソスについての情報を集められるだけ集めよう」

「集めるって、具体的にどれくらい?」

「う~ん、できればこの街の人、全員から聞きたいとこだな……」


 ロイが希望的観測を口にすると、


「ちょっと待った。いくらなんでもそれは無理だ」


 すぐさまプリムローズから待ったがかかる。


「フィナンシェの総人口は約二十万人いるんだ。その全員から話を聞くなんて、どれだけの時間がかかると思うんだ?」

「そ、それは……」


 予想を遥かに超える人数を示され、流石のロイも言葉を失ってしまう。

 だが、そんなロイにプリムローズが「心配無用」と明るく声をかける。


「そうなると思って、あたしの方である程度の計画は立てておいた」

「そ、そうか。助かる」

「コホン、では……」


 プリムローズは咳払いを一つして、考えてきた計画を話す。



 フィナンシェの街は、大きく分けて二つの区画に分かれている。


 街の中心で一番の高所にある城を基点として、ぐるりと取り囲むように建てられたのが貴族街と呼ばれる貴族が住む区画、そして貴族街の下層に平民が住む平民街が広がっている。


「だから今日は貴族街と平民街、どちらかを重点的に聞いて回るというのはどうだろうか?」

「そう……だな」


 プリムローズからの提案に、ロイはおとがいに手を当てて思案する。


「……プリム、ある程度の計画を立てたなら、何処を回るかも大体決めてあるんだろ?」

「え? ああ、そうだけど」

「ならば、分かれて行動しよう。プリムの提案も悪くは無いけど、それだと時間がかかり過ぎる。今は一刻も早い事件の解決が先決だろ」

「そうか……そうだな!」


 プリムローズは一瞬だけ寂しそうな表情を見せたが、すぐに気を取り直して自身の頬を両手で力強く叩く。


「わかった。今から回るポイントを言うから、そこを皆で手分けして回ろう」


 そう言うとプリムローズは地図を取り出し、次々と情報を集める場所を書き込んでいく。


 盗難の被害に遭った貴族の屋敷から人が攫われた場所、他は人が多く集まる場所や、情報屋がいる場所等、周るべき場所は多岐に渡っていた。


 地図上に五十近い点を打ったプリムローズは、同じ物をロイとエーデルに渡す。


「とりあえずこんなところだ。近い場所から手当たり次第回って、日が暮れたらイリス様の屋敷に戻るって感じでいいか?」

「ああ、問題ない。エーデルもそれでいいな?」


 最終確認の為にエーデルに問いかけると、


「はぁ……どうせ、反対した所で無駄なんでしょう?」


 ロイの頑固さを知っているエーデルは、不承不承といった感じで頷く。


「よし、それじゃあ今日一日、頑張って情報を集めよう!」


 ロイが気合いの掛け声を上げると、プリムローズが「おー」と後に続いた。


「…………周る場所、一日で五十とか多過ぎでしょ」


 その様子を、エーデルはうんざりした様子で眺めていた。




 協議の結果、比較的訪れる箇所が少なく、礼儀作法に厳しい貴族の家々を同じ貴族であるエーデルが、ロイとプリムローズは平民街を中心的に周ることになった。


 平民街へと赴いたロイは、とりあえず人の多い場所を目指して歩く。


「ちょっとあんた。もしかして、勇者ロイ様じゃないかい?」


 その道中、果物を取り扱っている恰幅のいい女性店主がロイへ声をかける。


「そうだよ、間違いない。ロイ様だろ? 実直勇者の」


 屈託のない女性店主の言葉に、ロイは思わず赤面する。


「はい……恥ずかしながら世間ではそう言われています」

「やっぱりそうだ。ほら、せっかくだから寄って行ってよ」


 女性店主はロイを呼び寄せると、手にしていた林檎を「食べな」と言って押し付ける。


「すみません。いただきます」

「いいよ、いいよ。その代わり、といっちゃなんだけどサインくれないかい? ウチの店のいい所に飾っておくからさ、ね?」

「わかりました」


 林檎一つで救世の勇者を呼びつけ、サインをねだるという女性店主の豪胆さに苦笑を漏らしながらも、ロイはせっかくなのでナルキッソスについて尋ねてみる。


「すみません。少しお話を聞いてもよろしいでしょうか?」

「えっ、なんだい藪から棒に? ひょっとして、オバちゃんのことを誘っているのかい?」


 頬を赤らめる女性店主を見て、ロイは慌ててかぶりを振る。


「はいっ? い、いやいや、俺はただ最近この街で事件を起こしている怪盗ナルキッソスについて知りたいだけです」

「怪盗? ああ、貴族様の家から盗みを働いているって噂の奴かね?」

「そうです。他にも、罪もない人を攫っている悪党です」

「みたいだね。とんだ物騒な奴が現れたもんだよ」


 ロイの話に、女性店主は林檎を租借しながら何度も頷く。


「なるほどね。つまり勇者様は、その怪盗を捕まえる為にここに来たんだね?」

「そうです。何でもいいので怪盗について知っていることはありませんか?」


 顔色を伺いながらロイが質問すると、女性店主は困ったように肩を竦める。


「う~ん、残念だけど、ウチの周りではそういう話はとんと聞かないね~。知ってることは噂程度の憶測だけさ」

「そうですか……ご協力、ありがとうございました」


 女性店主から何も情報が得られず、ロイはがっくりと肩を落とす。


「あっ、でも、ちょっと待った!」


 お礼を言って立ち去ろうとするロイに、女性店主から待ったがかかる。


「怪盗と関係あるかはわからないけど、冒険者たちが集まっている場所なら知ってるよ」

「冒険者、ですか?」

「そうそう、街の外で開拓作業をしている元冒険者がいるでしょ? 彼等ならそういう情報にも詳しいんじゃない?」

「なるほど……そうですね!」


 冒険者は情報が命、そう言われると女性店主の言葉は非常に理に適っていると思われた。


 ロイは女性店主に改めて礼を言うと、冒険者が集まっているという場所を教えてもらった。

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