第14話 初めて遊んでみた
舞台へ目を向けると、今まさに二匹の魔物の勝負が決しようとしていた。
一般的な魔物の強さでいえば、リザードナイトとキマイラでは子供と大人以上の実力の差がある。
リザードナイトがキマイラに勝つ確立は万に一つしかなく、正面の巨大な看板に掲げられたオッズも圧倒的にキマイラが優勢となっていた。
現に舞台の中央では慢心創意のリザードナイトが膝をつき、手にした剣を杖代わりにしてどうにか立っているだけだった。
自分の勝ちは揺るがないと思っているキマイラは、悠然とした足取りでリザードナイトの正面に立ち、ライオンの口を上げて止めの火炎ブレスを吐き出す。
しかし、満身創痍と思われたリザードナイトは、尻尾を地面に叩きつけて上空へと飛び上がりブレス攻撃を回避してみせる。
火を吐き続けているキマイラには、上空に飛び上がったリザードナイトは見えていない。
その隙を突き、リザードナイトはキマイラの胴から生えている山羊の頭を剣で刺し貫く。
「ガオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォッ!!」
虚を突いた攻撃に、キマイラが苦しげに咆哮を上げる。
リザードナイトは苦しげにのた打ち回るキマイラの背後に回ると、統制の取れていない蛇の尻尾を切り落とし、四本の足の腱を切って動きを完全に封じる。
最後に悠然とキマイラの胴の上に立ったリザードナイトは、手にした剣をライオンの首元へと深々と突き刺して止めを刺した。
倒されたキマイラは、全身を黒く染めながら地面に沈んでいくように全身が溶けていく。
やがて完全に液体になったかと思うと、後には一抱えもあるような巨大な金塊だけが残った。
リザードナイトはキマイラが遺した金塊を掲げると「キシャアアアッ!!」と勝利の雄叫びを上げる。
すると、まさかのジャイアントキリングを演じてくれたリザードナイトを湛える声が割れんばかりに会場内を埋め尽くした。
暫く歓声に応えるように金塊を掲げていたリザードナイトは、手にした金塊を大事そうに脇に抱え、悠然とした足取りで闘技場から去って行った。
「ね~っ? 言った通り、何の問題もなかったでしょう?」
してやったり、といった表情で微笑みかけるイリスに、ロイは呆然と頷く。
「ええ、本当に人間に見向きもしない魔物がいるなんて……それどころか、人間の歓声に応えてまるで自分がヒーローであると認識しているようでした」
「まるで、じゃなくてヒーローそのものだと思っているわよ~。ここで長い間仕事しているけど、あの子たちが人を襲おうとしたことは一度も無いわ。それどころか誤って舞台に落ちちゃった子供を助けたこともあったのよ~」
「……信じられない」
倒すべき敵として認識していた魔物の意外な一面に、ロイは戸惑いを隠せなかった。
そんなロイを見てイリスは慈母に満ちた微笑を浮かべると、自分の子供の自慢話を聞かせるように嬉しそうに話す。
「あの子たちは特別だから、ロイ君が心配するような事は何も無いわよ~。安心して今日のイベントを楽しんでね?」
「……そうですね」
魔物の様子を見る限り、人間に牙を剥く様子は微塵も見受けられなかった。
これ以上の詮索は野暮だと思ったロイは、イリスの提案に従って楽しむことにする。
「フフ~ン、ロイ君。ようやく心から笑ってくれたね~?」
「え?」
驚いて顔を向けたロイの鼻を、イリスが悪戯っぽく押し返しながら笑う。
「ここまで案内してきた場所、驚いてくれてたけど、心から笑ってなかったでしょう?」
「……そうでしたか?」
「そうよ~。お姉さんは全てわかっていたんだからね~。そんなんじゃロイ君、いつか心が疲れちゃってバテちゃうわよ?」
イリスはロイの両頬を掴むと、無理矢理口角を上げて笑わせる。
「こうやって、笑うだけで人は元気になれるの。明日から、いっぱいお仕事しなくちゃいけないんだから、その為にも今日はいっぱい笑って、明日の為に備えてね~?」
「ひゃい、わはひひゃひた」
「フフッ、何を言ってるのか、全然わからないわよ~」
両頬を摘まれたまま笑うロイを見て、イリスは幼子のように破顔した。
それからロイたちは、イリスに誘われて実際にどの魔物が勝つかを予想して予想券を購入してみたり、闘技場近くで経営しているカジノに出向いて各種遊戯で遊んでみたりと、夜遅くまで様々な経験をさせてもらった。
遊びに遊んだ一同は、寝床の世話もしてくれるというイリスの屋敷へと移動し、各人へ用意された部屋を案内されて、その日は解散となった。
宛がわれた部屋で軽くシャワーを浴び、翌日に備えて早々にベッドへと潜り込んだロイは、先程までの夢のような時間を思い返していた。
「あぁ……今日は楽しかった」
数々の初めての経験にロイは百面相を繰り返し、その度にイリスに笑われ、からかわれた。
だが、不思議と嫌な気持ちはなかった。
それがイリスの人柄なのか、言葉に全く嫌味が感じられないからなのかはわからなかったが、生まれて初めての遊ぶという経験を教えてくれた彼女に、ロイは心から感謝していた。
目を閉じると、年上なのに少女のように無邪気に微笑むイリスの姿が目に浮かぶ。
何故だか分からないが、彼女の笑顔が目に焼きついて離れない。
「どうしてだろう。イリスさんとは今日会ったばかりなのに……」
それが一体何を意味するのか、この時のロイには知る由も無かった。
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