第13話 魔物と金の親密な関係
「…………」
イリスに着席を勧められても、ロイは暫く無言で彼女を睨みつけていた。
「フフフ、今日はとっておきのお茶を用意してもらったのよ~」
ロイに睨まれてもイリスは全く気にした様子もなく、椅子に座って紅茶に砂糖を入れている。
「本当、いい香りね」
「こういうのに疎いあたしでもわかるぞ。これ、滅茶苦茶いいお茶だな」
イリスだけでなく、エーデルとプリムローズも既に席についておいしそうにお茶を飲んでいる。
どうやらロイの仲間たちは、この状況を受け入れることにしたようだ。
「むぅ……」
このままでは埒が明かないどころか、一人だけ無視され続けると踏んだロイは、立腹した様子で乱暴に席に着く。
「キャッ!? もぅ……」
隣に座るエーデルが頬を膨らませて無言の抗議をしてくるが、ロイはイリスを真っ直ぐ見据えたまま静かな声で話す。
「これで、話してくれるんですよね?」
「ふぅ……ロイ君は本当に真面目で頑固だね~」
ロイの頑なな態度に、飄々とした態度のイリスも流石に呆れたように嘆息して肩を竦める。
「本題に移る前に……ロイ君は、魔物がどうやって活動しているか知ってる?」
「えっ、どうやって?」
「人が活動するにはご飯を食べて、適度な休息が必要でしょう。でも、不思議な事に魔物はご飯を食べないの。それと休息の時に動かなくなることはあっても、人間みたいに寝るということも必要ないのよ」
「それは……」
あり得ない。そう断じてしまうことはロイにはできなかった。
冒険をしていた頃、何度か野宿をしなければならないことがあったが、魔物はどれだけ夜が深くとも、どんな悪天候でもエンカウントすれば構わず襲撃してきた。
村や町に襲撃する時も同じで、見張りがうっかり入口の門を閉め忘れたが為に滅ぼされた村をいくつも見てきた。
魔物は休息の為に睡眠を必要としない。それは経験から理解できる。しかし、ご飯を食べないなんて生き物としてあり得るのだろうか?
「いや、魔物が食事をしないと言うのは、あり得ない話ではないぞ」
ロイの疑問に答えたのは、プリムローズだった。
「知ってると思うが、街の外で元冒険者たちが新しい土地の開墾作業を行っていただろう? その過程で開拓地を捜す為に、各所を回った地質学者が気になる事を言っていたんだ」
「気になること?」
「街の外にあれだけ魔物が生息していたのに、どこもかしこも綺麗過ぎるってね」
「……それのどこが問題なんだ?」
「簡単な話だ。生き物がいる場所っていうのは、食べ残しや排泄物といった生活の跡が必ず残るはずなんだ。野生動物のそれは見つけられても……」
「魔物の生活の跡は見つけられなかった?」
その問いに、プリムローズはゆっくりと頷く。
「じゃ、じゃあ……魔物はどうやって活動する為のエネルギーを得ているんだ?」
「その疑問は、私の中で一つの仮説があるわ」
すると今度は、黙ってお茶を飲んでいたエーデルがプリムローズの後を引き継ぐ。
「これは最近の研究と、さっきの話を統合しての考えなんだけど……」
それは判明している魔物の習性から導き出された答えだ。
まず、魔物は人しか襲わない。
基本的に偶発的にエンカウントした冒険者や、旅をしている行商人を襲う。
時には集団で人の住む集落を襲うこともある。
しかし、一緒に住む家畜やペットが魔物に襲われたという報告は少ないという。
「これは魔物が襲う対象を、魔力の有無で選定しているからだと思われるわ」
魔法使いでなくとも、人であるならある程度の魔力は持っている。
他の動物も全く持っていないというわけではないが、人間と比べると遥かに少ない。
そして、人間の中でもとりわけ魔法を使う者、特に回復魔法を使う人間を魔物は優先的に狙う傾向があった。
他にも壊滅した村や町を調査して、屋外より屋内の方が徹底的に破壊され、被害が甚大だったということ。
この光景は、一般的には近くに住む山賊や盗賊が火事場泥棒に入って家捜ししたのではないかと言われているが、エーデルはこの定説に異論を唱える。
「実はその考え事態が間違っているとしたら? 金品を奪う事こそが、魔物が人を襲う本当の理由だとしたら? 魔物は魔力を糧に動いているのは間違いない。でも、魔力を効率よく動かす為には金という触媒が必要だった。そう考えれば魔物が人しか襲わない理由も、倒した魔物が金を落とすのも説明がつくのだけれど……」
「ちょ、ちょっと待った」
エーデルがイリスに解答を確認する前に、ロイが待ったをかける。
「魔物が魔力欲しさに人を襲うっているのはわかった。でも、どうしてそれで金を欲しがるんだ? 魔力と金にどんな関係があるっていうんだ?」
「え? あっ、そうか。ロイは魔法を使わないから金と魔力の親和性を知らないのね」
混乱している様子のロイに、エーデルは優しげな微笑を浮かべて「じゃあ、教えてあげるからこれを見て」と言って愛用の杖を取り出す。
エーデルの杖は、美しい四枚の天子の羽をモチーフとした金細工が眩しい身の丈ほどもある巨大な杖だ。
ただ、金は細工部分だけで、その他の大部分は重い樫の木で作られている。
持ち手部分が軽い材木ではなく重い樫の木を採用しているのは、いざという時に近接武器として使うためであった。
エーデルは金の細工部分を指差してロイに注目を促す。
「光の御子たちよ、我が手に集いて道を照らし給え……」
エーデルが小さく呪文を呟くと、金細工部分が輝き出す。
輝きは徐々に大きくなり、人の顔ぐらいのサイズの球体になると、杖から浮かび上がり、貴賓室内を煌々と照らし出す。
暗闇で辺りを照らす、魔法では基礎中の基礎の光魔法、ライトボールだ。
さらにエーデルは、杖を脇に置いて顔の前で両手を掲げ、同じ様にライトボールの呪文を唱えて部屋へと解き放つ。
今度のサイズはこぶし大の小さなもので、大小二つのライトボールがふよふよと漂う。
「一目瞭然だと思うけど、魔法の杖を使った時と使わなかった時の差はこんなにも違うの」
漂う光の玉に見惚れている一同に向かい、エーデルが魔法における金の効果について話す。
「この杖には金が使われているでしょ? 金っていうのは金属の中で唯一、魔力を高めてくれる不思議な金属なの。だから魔法使いが使う杖には必ず金、もしくは金を使った合金が使用されているのよ」
金は長年放置されてもその性質を変えることなく、酸や様々な薬品に入れても溶けない事から、金事態に何らかの魔法がかけられている。もしくは魔力が凝固して固まった物ではないかと言われていた。
「つまり、倒した魔物が金を落とすのは、体内に取り込んだ金がそのまま出て来たから?」
「おそらくね。金がより多いほど魔力の伝導率も上がるから、強い魔物が多くの金を落とすのはそれだけ多くの金を溜め込んでいるから、となるわね」
自身の考えを述べたエーデルは、答え合わせをするようにイリスを見据える。
エーデルの考えを黙って聞いていたイリスは、
「ピンポ~ン、ピンポ~ン。すご~い、最新の学会でもその結論に達した人はいなかったのに、わたくしが与えたちょっとした情報だけで正解に辿り着いちゃうなんて、流石は大魔法使いのエーデルちゃんね~」
両手を大きく広げ、大袈裟に拍手しながらエーデルを称えた。
「正解が出たところで話を戻すけど、あの子たちが人間を襲わない理由はね……一言で言うとその必要がないからなの~」
「必要が……ないですか?」
「そう、ここにはあの子たちのご飯となる金も魔力も一杯手に入るからね~。それにあの子たちは……って、噂をすれば」
何かに気付いたイリスが、ロイたちに中央の舞台を見るように促す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます