第12話 とっておきの観光名所

 ロイたちはイリスが用意してくれた馬車に乗り、フィナンシェで一番の観光名所だという場所へと向かった。


 観光案内人が持つような小さな赤い旗を持ったイリスが、よく通る声で建物の説明をする。


「ここが、ブルローネ家が代々管理しているフィナンシェ一番の観光名所、闘技場で~す」


 そう言うイリスの背後にそびえ立つ闘技場は、高さは見上げる首が疲れてしまうほどに高く、横幅も入口前に立って見ると、何処まで続いているかわからないほど巨大な建物だった。


 フィナンシェで一番の観光名所というだけあって、すっかり日が落ちた今も至る所に煌々と松明が焚かれ、人が溢れていた。

 辺りには食事や酒を振る舞う屋台や、簡単なゲームを行える遊技場やカジノ。果ては中で行われている決闘の予想を当てるという予想屋まであった。


 ここには全ての娯楽が凝縮されている。そう言っても過言ではない施設の充実具合に、このような歓楽街を訪れるのが初めてのロイは、開いた口が塞がらないでいた。


 驚きの表情で固まっているロイを見て、イリスが嬉しそうに破顔する。


「そういう反応をしてくれると、ここに連れて来た甲斐があったわ~」

「イ、イリスさん。ここでは何が行われているのですか? 見たところ何か賭け事が行われているようですが……」

「フフ~ン、それは見てのお楽しみよ~」


 イリスは悪戯を思いついた子供のような笑顔を見せると、旗を振ってロイたちを中へと導く。



 正面玄関は人の出入りが激しく、中に入るのは時間がかかるので、イリスの計らいで一向は関係者用の入口へと回る。


 いかにも裏口という狭い門から入り、長い通用口を通って建物の上へ上へと歩く。

 時間をかけて一番上の階層まで登り、さらに一番奥にあるという関係者の中でも特別な人間しか入れないという特別貴賓室へと足を踏み入れる。


「ほわあああああっ!?」


 目の前に飛び込んできた光景を見て、ロイは思わず感嘆の声を上げる。


 円筒状の建物は、全ての席から中央の舞台が見渡せる様に階段状になっており、用意された席の全てが人で埋まっていた。


 一体この闘技場内に何人の人間が収納されているのだろう。何千? いや、何万だろうか?


 余りの人の多さに圧倒されるしかないロイだったが、中央の舞台で戦う者を見て、さらに驚きに目を見開く。


「あ、あれは……魔物!?」


 この場に集まった観客たちを熱狂の渦に巻き込むのは、竜王ドラグーンが倒され、いなくなったはずの魔物だった。



 舞台で戦う魔物の内、一匹は鎧兜で武装した巨大なトカゲ。しかし、その見た目とは裏腹に高度な知能を持ち、戦略を用いて冒険者を苦しめる魔物、リザードナイト。


 もう一匹は、ライオンの頭と山羊の胴体、そして毒蛇の尻尾を持つ獣。口からの炎を吐き、尻尾の毒霧で冒険者を弱らせ、果ては山羊が唱える魔法によって相手に絶望的な死を与える中級の冒険者でも集団でなければ討伐が難しい強敵、キマイラ。


 この二匹の魔物は、自分たちを取り囲む人間には目もくれず、目の前に立つ相手だけを見据えて激しいバトルを繰り広げていた。


「何で……魔物はこの世からいなくなったんじゃなかったのか?」


 ロイが普段なら絶対にあり得ない光景に釘付けになっていると、イリスが隣にやって来て舞台の戦いについて説明する。


「驚いた? あの子たちは竜王の支配下にない魔物だから、竜王がいなくなった今でも生きていられるのよ~」

「支配下にないって……だからってあれは魔物ですよ? 魔物は倒すべき敵のはずです」


 竜王の支配下にあろうがなかろうが魔物は魔物である。


 魔物がどういう思考回路で動いているのかは到底理解できなかったし、数多の魔物と戦ってきた経験から、部隊の上の魔物はいつか必ず人を裏切るとロイは考えていた。


「どういう方法であいつらを戦わせているかはわかりませんが、魔物は非常に危険なんです。何か大事が起きる前に即刻中止にすべきです」

「フフ、ロイ君って噂の通り、本当に真面目なのね~」


 必死に中止を訴えるロイを見て、イリスは口元を隠しながら上品に笑う。


「大丈夫~。あの子たちは間違っても人を襲う事なんてないわ」

「……その根拠はあるのですか?」

「根拠? 勿論、あるわよ~。でも、その前に一度、落ち着きましょうか」


 そう言ってイリスは、部屋の中央に設えたテーブルの上にあった小さなベルを鳴らす。

 すると、扉が開いて紅茶と軽食を手にしたメイドが現れ、あっという間にテーブルに人数分のお茶をセットする。


 イリスはメイドたちに笑顔でお礼を言って退席させると、ロイたちに座るように促す。


「さあ、どうぞ。遠慮なく、くつろいでね~」

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