第11話 ようこそフィナンシェ王国へ

 フィナンシェ城の玉座の間は、王としての威厳を知らしめる為、この国がいかに優れているかを世に示す為に贅の限りを尽くされた豪奢な造りをしていた。


 広大な空間の高い天井からは六つもの煌びやかなシャンデリアが吊るされ、等間隔に並ぶ大理石の柱には細やかな彫刻が、赤い絨毯が敷かれた床の大理石は顔が映るほど磨かれていた。


 庶民なら思わず委縮してしまいそうな空間だが、たった一人で現れたロイは、全く意に介すことなく堂々と歩いて王の前に跪く。


「うむ……」


 ロイが定位置に付くと、フィナンシェ王はお決まりの台詞を口にする。


「勇者ロイよ。よくぞ参った」

「王様、お久しぶりです。この度は……」

「よいよい。そなたは人類だけでなく、過去には魔物の罠により窮地に陥ったこの国を救ってくれた真の勇者なのだ。たかが一国の主である儂にそこまで畏まる必要はないぞ」


 六十過ぎと思われるフィナンシェ王は、玉座から立ち上がってロイの眼前までやって来ると、自慢の長い髭をさすりながら頭を垂れるロイを立たせる。


「今回は我が国の危機によく立ち上がってくれた。世界を救ったそなたの力、すまぬが今一度この国を救うために貸してくれるか?」

「はい、お任せ下さい! この力、この国の為に存分に振るう所存です」

「そうかそうか。そなたの力、期待しているぞ」


 ロイが力強く頷くと、フィナンシェ王は顔の皺を深くして破顔する。


「それでは、事件について詳しい話を聞かせてもらえますか?」

「ああ、それなら大臣たちに任せてあるから彼等から聞いてくれ」

「え? 王様はこの件についてご存知ないのですか?」

「うっ、すまない。儂は他国との協議が忙しくてな。国内の案件に殆ど手が回らないのじゃよ」


 申し訳なさそうな顔をするフィナンシェ王に、ロイは問題ないとかぶりを振る。


「そうでしたか、わかりました。ナルキッソスの件は全て俺に任せてください」

「すまぬな。何かあれば遠慮なく城の者に言ってくれ」

「はい、必ずや良い報告を届けられるよう、全力を尽くします」

「うむ、そなたの心意気にこの国を代表して感謝するぞ」


 力強く頷くロイに、フィナンシェ王は双眸を細め、彼の手を取って何度も頭を下げる。


「お、王様!?」


 一国の王から頭を下げられるという事態に、ロイは目に見えてうろたえ出す。


「お止め下さい。お、おお、お願いですから!」


 ロイからの懇願にフィナンシェ王は動きをピタリと止めると、上目遣いでちらりとロイを見て呟く。


「……だったら、ウチの姫と結婚してくれる?」

「お断りします」


 フィナンシェ王からの願いを、ロイは即座に断る。


「…………」

「…………」


 そのまま二人は暫く無言で視線を交わすが、


「やだ! やだぁ! 姫と結婚してくれなきゃやだあああぁ!!」

「ちょっ、まっ……本当に止めて下さい! 皆、見てますって!」


 床にひっくり返って駄々をこね続けるフィナンシェ王を宥める為に、ロイは誰かに助けを求めようと視線を彷徨わせる。


 だが、こういう状況に慣れているのか、はたまた気持ちはフィナンシェ王と同じなのか、誰もがこの状況を見て見ぬ振りをしていた。



「はぁ……」


 玉座の間を後にしたロイは、背にした扉が閉まると同時に盛大に溜め息をついた。


「ど、どうした。我が王に何か言われたのか?」


 疲れ切った様子のロイを見て、扉の外で待機していた女性陣が心配そうに駆け寄って来る。


「いや、そんな事はないよ。ただ、ね……」


 ロイは苦笑すると、中での出来事を二人に話した。


「す、すまない。普段はそんなお方ではないのだが……」

「知ってるよ。お陰で話を断るのに相当苦労させられたよ」

「あ……断ったんだ」

「そりゃそうだろ……って、何だか嬉しそうだな」

「そ、そそ、そうか? それよりこれからどうするんだ? 早速、街へ出て調査をするのか?」

「え? ああ、それなら……」


 無理矢理話を逸らそうとするプリムローズに、ロイは怪訝な表情を浮かべながらも、今後の予定について答えようとすると、


「ごめんなさ~い、お待たせしちゃったわね~」


 ロイが答えるより早く、のんびりした声で話しかけてくる人物がいた。


「あっ、イリスさん」

「なっ!?」

「むっ……」


 現れた人物を見て、ロイは笑顔を浮かべ、プリムローズは驚愕の表情をし、エーデルは顔をしかめるという三者三様の反応を見せる。


 その人物は、にこやかな笑顔を浮かべた美しい大人の女性だった。


 優しそうな大きな鳶色の瞳に、ふんわりとしたウェーブのかかった腰まで伸びたアッシュブロンド。着ている服も胸元が大きく開いている以外はゆったりとしたデザインの、全体的におっとりした印象を受ける女性は、ドレスの裾を摘むと優雅に一礼する。


「はじめまして~、イリス・ブルローネと申します。この街に駐留している間、皆さんのお世話をさせていただく事となりました。よろしくね~」

「というわけで、俺たちの世話をしてくれるイリスさんが街を案内してくれると言うから、その行為に甘えようと思っている」

「ロイ君ってば国を救ってくれたのに、この国のこと何にも知らないのよね~。だ・か・ら、私がこの国の魅力を沢山教えてあげるから楽しみにしていてね~」


 既に決定事項なのか、一方的に今後の予定を告げたロイは、イリスに腕を引かれる形で移動を始めてしまう。



 一方、事の成り行きを呆然と見ていたエーデルとプリムローズは、ロイたちの後に続きながら、前の二人に聞こえないようにボリュームを落として会話をする。


「あの女、どういう人なの?」

「イリス様か? あの方は半年前に亡くなった夫の家督を継いだ侯爵家の人間だ。ただ、ブルローネ侯爵になってからは日が浅いので、あたしは余りあの人の事を知らないんだ」

「若くして爵位を継いだ未亡人、か。何を考えているのか読めなさそうな人だけに、注意した方がいいかもね」

「そうなのか?」


 プリムローズの問いに、エーデルは神妙に頷く。


「ああやって間の抜けたように話す人間は、多くの場合、自分がそうした方が周りからの受けがいいとわかってやってるのよ。半年間も問題なく侯爵をやってきたなら、あの女は相当のやり手と見て間違いないわね」

「じゃ、じゃあ、あの人がロイを狙うって可能性も?」

「充分あるわね。こうなったら私たちが……」

「イリス様からロイを守らなければな」


 共通の目的を確認した二人は、顔を見合わせて力強く頷いた。

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