第10話 変わりゆく世界

 カーネルが用意してくれた豪奢な馬車に乗って、ロイたちは一路フィナンシェを目指す。


 長閑な平原を、ガラガラと音を立ててゆったりとした速度で進む馬車の中で、外を眺めていたロイが感慨深げに呟く。


「……凄いな」

「なになに?」


 ロイのほんの小さな呟きに、目敏く気付いたエーデルが楽しそうに尋ねる。


「何が凄いの?」

「外だよ。見てごらん」


 そう言ってロイは、嬉しそうに外の景色を指差す。


 ロイが指差す先には、四、五十人程の集団が農機具を手に、広大な平原を開墾している姿が見て取れた。


「一年前には街の外には魔物がいたから、護衛なしで外に出るなんてあり得なかったろ? それが今や塀の外であんなに人が働いているなんて……信じられないよ」

「本当だ。結構、開発が進んでいるのね」


 馬車から見えるだけでも無数の畑があり、たわわに実った農作物の姿も見える。


 畑だけでなく木で造られた簡素な家もいくつか見え、今走っている道も土をただ固めただけでなく、石を敷き詰めた以前なら街中でしか見かけない立派な街道になっていた。


 どれもこれも、ロイが勇者として旅をしていた頃には見られなかったものだった。



「フフフ、見事なものでしょう」


 興味深そうに畑を見るロイたちに、御車台に乗るカーネルから声がかかる。


「あれは元冒険者たちによる、土地の開拓事業です」

「あそこにいる人たちは、元冒険者なんですか?」

「ええ、竜王討伐以来、冒険者は魔物を倒してお金を稼ぐ術を失いましたからね」


 殆どの冒険者は、魔物を倒した時に得られる金で日々の糧を得ていた。


 魔物を倒して得られる金は普通に働いて稼ぐよりも高額なので、多くの街で冒険者になろうという者は後を断たなかった。

 得られる金は魔物の強さによって比例するので、一攫千金を求めて強大な魔物に挑んで命を散らす冒険者も少なくはなかった。


 しかし、ロイが竜王を倒した事でこの世から一切の魔物がいなくなり、冒険者はその存在意義を失ってしまう。


 冒険者たちが竜王討伐後の世界をどのように生活しているのかは定かではないが、フィナンシェを根城とする冒険者たちは、手付かずの土地の開発を行う道を選んだのだった。


「道を閉ざされてもそこで腐らず、ああして新しい道を切り開こうとしている姿を見ると……いやはや冒険者という人たちは本当に逞しいですな」

「そう……ですね」


 熱心に農機具を振るう元冒険者たちを、ロイは羨望の眼差しで見つめる。


 魔物がいなくなり、似たような境遇に陥ってしまったはずの冒険者たちは、既に新しい道を見つけて邁進しているのだ。


 それに比べて自分は……、


「こらっ!」

「あだっ!」


 ロイが沈んだ気持ちと共に下を向きそうになった途端、誰かに後頭部を軽く叩かれる。


 驚いて振り向くと、優しげな微笑を浮かべたエーデルと目が合った。


「人は人、自分は自分でしょ。焦って結果ばかり求めるのはよくないわよ」

「エーデル……」

「ロイは今まで世界を救うために身を粉にして頑張ってきたんだ。少しぐらい休んだって誰も文句は言わないさ。自分のやりたい事をじっくりと、腰を落ち着けて考えればいいさ」

「プリムも……ありがとう」


 女性陣からの励ましの言葉に、ロイは何度も頭を下げて感謝の言葉を口にする。


「ほっほっほ、青春ですな」


 御者台で様子を伺っていたカーネルは、ロイたちの様子を微笑ましく眺めていたが、隙を見て懐から手帳を取り出すと「勇者様は女性陣に既に尻に敷かれている」と鮮やかな字で書き綴ってみせた。

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