第9話 異国でのお出迎え
トルテ村の近くにある名も無い波止場から船に乗り、何度か船を乗り継ぐこと一週間、ロイたちはようやくフィナンシェ近くの港町、マドレーヌへと辿り着いた。
「あ~、ようやく陸地に上がれる」
陸地へ橋が架けられると同時に走り出し、誰よりも早く上陸したロイは、一週間にも及ぶ船旅の疲れをほぐすように体を大きく伸びをする。
人目も憚らずストレッチをするロイの格好は、青を基調としたシンプルなデザインの服に、裾が切れてボロボロのマント、背には練習用の木剣が吊るしている。
竜王討伐の時に装備していた精霊王から授かった魔法の剣や、地下世界に住むドワーフが作ってくれた瑠璃色の鎧は国宝として献上してしまったので、今の装備は、初めて冒険に出た時に着ていた服を成長に合わせて繕った思い入れのある服だった。
一通り体をほぐしたロイは、続いて大きく深呼吸をする。
「う~ん、この感じ……久しぶりだな」
鼻をくすぐるいつもとは違う匂いが、ここが異国であることを認識させてくれる。
辺りを見やれば、乗ってきた船がおもちゃに思えてしまうくらい何倍にも大きな船がいくつも並び、中から丸太ほどの太さの腕を持つ偉丈夫たちが、また別の国から届けられたであろう荷物を運び出していた。
活気溢れるマドレーヌの街を見ながら、ロイが偉丈夫たちの仕事ぶりに感心していると、
「勇者ロイ様ですね。お待ちしておりました」
いつの間に現れたのか、燕尾服に身を包んだカイゼル髭が特徴の老紳士が話しかけてくる。
見知らぬ人物の登場に、ロイが「誰?」と頭に疑問符を浮かべていると、プリムローズが老紳士の隣に立って彼の紹介をしてくれる。
「ロイ、この方はカーネル様。王に仕える元近衛筆頭で、今は侍従長をしながら憲兵も任されているお方だ。城まで私たちを案内する為に迎えに来てくれたんだ」
「カーネル・エテルノと申します。麗しい乙女ではなく、年老いたわたくしが勇者様のお迎えに上がりましたこと、どうかご容赦くださいませ」
「そんな、わざわざありがとうございます」
ロイは深々と腰を折る老紳士の手を取ると、硬く握手を交わして微笑む。
「はじめまして、ロイ・オネットです。どこまで協力できるかわかりませんが、少しでもお力になれるよう、全力で尽力します」
「ほっほっ、噂に違わず、勇者様は実に真っ直ぐなお人柄なようですな」
カーネルは嬉しそうに双眸を細めると、何度も頷く。
「それに、わざわざ器量好しの娘を連れてくる必要はありませんでしたな」
「はい?」
「またまた。勇者様、ご冗談を」
小首を傾げているロイに、カーネルは顔を近づけて耳打ちする。
「後ろに控えている胸の大きな女性、あの方は勇者様のいい人なのでしょう? ここに来るまでに二人きりで、それはそれは有意義な時間を過ごしてきたのではないのですか?」
そう言ってカーネルが指差す先には、胸元が大きく開いたローブに、黒い大きな鍔広の三角帽子を被ったエーデルが、気だるそうに愛用の杖にもたれかかっているのが見えた。
「で、どうでした? 船の旅は心地よかったですか?」
「はあ、それはもう……」
ロイはここに来るまでの快適な船旅を思い出す。
エーデルがお金を出してくれたお陰で、リゾート船の最高級クラスの部屋と、極上のサービスを受けられたのは、ロイにとって初めての経験だった。
普通の感覚なら、このまま船の上でずっと暮らしたいと思ってもおかしくなかったが、ロイはそんな一時的な幸せに心から浸れるほどの余裕はなかった。
「確かに有意義な時間でした……ですが、あれ以上自堕落な毎日を送っていると、自分が駄目になる様な気がしていたので、正直ホッとしています」
「ほほ~う、お二人で自堕落な毎日を……」
カーネルは目を光らせると「詳しく」と先を促す。
「え、えっとですね……」
至近距離で鼻息が荒くなっているカーネルに、ロイは少し引き気味になりながら船での生活を説明する。
「先ず何よりも忘れられないのが、自分で何もしなくても、あれこれやってもらえた事ですかね?」
「なるほど。相手にしてもらうのは、いつもと違う感じが新鮮でいいですな」
「え? ああ、はい。でも、本当は自分でやる方が安心できるので、なんだか少し心許なかったです」
「むっ、それはいけません。せっかく勇者様を想ってやってくれたことです。例え技術が未熟だとしても、感謝しないのは感心しませんな」
「あ、その……すみません」
カーネルの迫力に押され、ロイは思わず謝罪する。
殊勝な態度のロイを見て、カーネルは満足そうに頷く。
「他には?」
「ほ、他ですか?」
「そうですな。例えば
「あ、
何でそんなことを聞くのだろう? と思いながらもロイは素直に答える。
「少なくとも今まで経験したことがない感触でしたね。まるで何処までも沈んでしまい、やがては溺れてしまうのではないかと思いましたよ」
「わ、儂もあの柔らかさに溺れてみたいですな」
エーデルの胸元へ視線を送ったカーネルは、思わず流れてきた鼻血を慌ててハンカチで拭う。
「ほ、他には、あの方と一体どのようなプレイを?」
「ん、んんっ! カーネル様!」
尚もしつこく食い下がるカーネルを、プリムローズが間に入って
「もうその話はいいではないですか。そろそろ王宮へと向かいましょう」
「クッ、プリムローズ。儂の数少ない愉しみの邪魔をするでない」
「はいはい、話は後で聞きます。ほら、ロイ行くよ」
「え? あ、ああ」
カーネルから引き剥がそうとするプリムローズに手を引かれ、ロイは内心助かったと思いながら後に続く。
「あっ……」
しかし、数歩進んだところで歩を止めると、振り向いてカーネルに注釈を加える。
「一つ言い忘れていましたが、船で共に過ごしたのは、俺とエーデルの二人だけではありませんでしたよ」
「なんと!? で、では?」
カーネルが「まさか」と口の動きだけで問うと、ロイはゆっくりと頷く。
「もちろん、プリムも一緒でした。俺たちはかけがえの無い仲間ですから」
「さ、流石は勇者様……その器の大きさにこのカーネル、感服致しました!」
カーネルは矢で撃たれたように胸を強く抑えると、ロイに向かって畏敬の眼差しを持って平伏してみせる。
「…………このエロジジィ、最低ね」
一部始終を聞いていたエーデルは、地面にひれ伏すカーネルに近付かないように、わざわざ遠回りをしてロイたちの後へ続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます