第8話 夜の侵入者(二人目)

 ロイがエーデルの両肩を掴むと同時に、コンコンと部屋の入口をノックする音が聞こえる。


「すまない、ロイ……怖くて眠れ……なっ!?」


 扉を開けて中に入ったプリムローズは、飛び込んできた光景に目を丸くする。


「こ、ここ……こんなじ、じじ時間に、ななな何をしているんだ?」

「ちょっと、私とロイの愛の営みを邪魔をしないでよ」

「愛の営みって……ロイ、それは本当なのか!?」


 必死の形相のプリムローズに迫られ、ロイは思わず一歩後退りする。


「いや、エーデルが怖くて眠れないから、抱きしめて欲しいって……」

「なん……だと」


 ぐぎぎぎ、と錆びた鉄扉が音を開くような動きで、プリムローズの首がロイからエーデルへと向く。


 鬼の形相をしたプリムローズは抱き合う二人に歩み寄ると、エーデルを力ずくでロイから引き剥がして胸倉を掴んで額をぶつけるような勢いで睨む。


「エーデルゥゥゥゥゥ、貴様っ!」

「ひゅ~、ひゅ~」


 胸倉を掴まれたエーデルは、気まずげに視線を逸らし、鳴らない口笛を吹き続ける。


「ちょっと面貸せ!」


 曖昧な態度に業を煮やしたプリムローズは、エーデルを入口近くへと引っ張って耳打ちする。



「おい、エーデル。あたしたちの約束を忘れたのか? 何を抜け駆けしようとしてるんだよ」

「約束? 抜け駆け? 何の事かしら?」

「……忘れたとは言わせないぞ」


 プリムローズが言う約束とは、ロイと旅をした仲間の女性陣だけの秘密の約束だった。


 勇者は竜王を討ち倒す為の存在で、その行為を阻害するもの、障害となる知識は一切必要ないという教育方針から、ロイは勇者として関係ないもの……とりわけ色恋沙汰に関係する知識は極力触れないように徹底されてきた。


 これは勇者であるロイが旅の途中で特定の女性と恋仲になって、竜王討伐を放棄されないように。または狡猾な魔物のハニートラップによって骨抜きにされ、暗殺されるという最悪の事態は避けなければならないという配慮からだった。


 この教育は見事に上手くいった。いや、上手く行き過ぎてしまった。


 世界に平和が訪れ、晴れて恋愛解禁となったはずなのだが、そういった感情を知らずに育ったロイは、恋愛感情を抱くどころか、女性に一切の興味を抱かなかった。


 幼馴染として育ったエーデルをはじめ、プリムローズのような共に旅をした仲間、果ては冒険の途中で救われた国の姫までもが、ロイに幾度と無くアプローチを仕掛けた。

 だが、その全てがロイに想いを届けるどころか、意味を理解される事すら無く、それどころか足を引っ張る存在として疎まれる事すらあった。


 大抵の女性はロイの態度を見て早々に諦めて去っていったが、エーデルをはじめとする事情を知っている女性たちは、彼が異性に興味を持つようになるまでは、アプローチはせずに見守ると互いに誓い合ったのであった。


「そ、そんなこと……あった……かしら、ね~?」


 冷や汗を流しながら言い淀むエーデルは、見るからに嘘を吐いているのがわかった。

 協定違反をした事に多少の後ろめたさがあるのか、エーデルはあちこち視線を彷徨わせていたが、ふとある事に気付く。


「……ところで、プリムは何でロイの部屋に来たの?」

「えっ!?」

「私の耳が確かだったら、怖くて眠れない……とか言ってたわよね? 悪鬼の如く魔物を屠り、いつも魔物の返り血で真っ赤に染まっていた鮮血の戦乙女ブラッディ・ヴァルキュリアと呼ばれたあなたが怖くて眠れない事なんてあるのかしら?」

「ふぐぅ! そ、その名前であたしを呼ぶな! それより、誰も見ていないからといって堂々と抜け駆けするなんて、エーデルはとんだ淫乱だな!」

「そういうプリムローズこそ、女らしさをアピールするなら、その無駄についた筋肉をどうにかしたらどうなの? 筋肉だるまに迫られても恐怖しか感じないわよ!」

「ぐぬぬぬ……」

「ぐぎぎぎ……」


 エーデルとプリムローズは、近距離で睨み合いながらいつもの応酬を始める。



 暗闇の中で罵りあう二人の女性を、呆れたように眺めていたロイは、


「そうだ、調度いい解決策があるじゃないか」


 妙案を思いついたとひとりごちる。


 ロイは睨み合いを続けている二人の脇に立つと、それぞれの肩に手を乗せて笑顔で自分の妙案を告げる。


「エーデルもプリムローズも怖くて眠れないなら、二人で寝たらどうだ?」

「え?」「は?」


 ロイからの提案に、エーデルとプリムローズは揃って間抜けな声を出す。


「ちょ、何で私がこんな貧乳と……」

「誰が貧乳だ。あたしだってこんな淫乱女となんて……」

「はいはい、二人とも、夜遅いから静かに、な」


 抗議の声には一切の耳を貸さず、ロイは二人の手を取ると、部屋の外へと引っ張って行きそのまま部屋の外へと二人を放り投げる。


「それじゃあ、二人ともおやすみ。明日は早いんだから寝坊するなよ」


 ロイは爽やかな笑顔で呆然としている二人にそう告げると、有無を言わさず扉を閉めて中から鍵を掛けてしまう。


「ちょ、ちょっとロイ。開けてよ!」


 正気を取り戻したエーデルが扉に張り付いてロイに必死に呼びかけるが、既に寝てしまったのか何の反応も返ってこない。



 それでも諦めず部屋のノックを続けるエーデルに、プリムローズが後ろから優しい声で話しかける。


「エーデル、止めておこう。一度寝付いたロイは絶対に起きないのは知っているだろう?」

「そうだけど……」

「いくら迫ったところで、ロイにその気がないんじゃ意味がない。残念だが今はまだその時じゃなかったってことだよ」

「そう……ね」


 街を歩けば、道行く男性の視線を集めてしまう美貌の持ち主であるエーデルとプリムローズは、顔を見合わせると盛大に溜め息をついた。


 実直勇者が恋愛感情というものを知るのは、まだまだ先になりそうだった。

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2024年12月3日 12:00
2024年12月4日 00:00

世界を救った勇者のその後の伝説 柏木サトシ @kashiwagi_314

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