第6話 騎士の国からの依頼

 プリムローズの祖国、フィナンシェ王国は数百年の歴史を持つ由緒正しい騎士の国だ。


 世界に魔物が初めて現れた時から戦いの第一線に立ち、各国に騎士を派遣しては魔物に怯える町や村を救ってきた、正に正義の味方を体現したような国であった。


 しかし、そんな由緒正しいフィナンシェ王国に今、看過できない問題が発生しているという。


「怪盗ナルキッソス?」


 聞きなれない単語に、ロイが小首を傾ける。


「そもそも怪盗って何だ?」

「怪盗っていうのは。所謂盗賊ね。神出鬼没で正体がわからない盗賊を指して怪盗と呼ぶのよ」


 ロイの疑問にエーデルがすかさずフォローを入れると、首を巡らせてプリムローズへと顔を向ける。


「まさかとは思うけど……その怪盗を、世界を救った勇者に捕まえて欲しい、とか言うんじゃないわよね?」

「まさかですまないが、その通りなのだ」


 プリムローズはすまなそうに頭を下げると、怪盗ナルキッソスについて話を始める。



 発端は今から半年程前、とある貴族の屋敷から金貨五千枚が盗まれるという前代未聞の事件が起きた。


 朝になって金庫が空になっている事に気付いた貴族が詰め所に申し出て、調査に出た兵士が現場から水仙が書かれたカードを発見したのが、ナルキッソスの名前の由来となっている。


 城の騎士と憲兵が現場の捜索を行ったが、ナルキッソスが何処から侵入し、どうやって金庫の扉を開けて金を盗んだのかを解明する事はできなかった。

 正に完全犯罪と言っても過言ではない怪盗の手腕に、プリムローズたちが手を拱いている間にも、ナルキッソスは次々と貴族の館から金銀財宝を盗んでいった。


 しかも、ナルキッソスの犯行はそれだけではなかった。


「基準はわからないんだけど、どうやら人を攫っているみたいなんだ」

「人を? 一体何の為に……」

「わからない。ある日、老若男女問わず人が忽然と姿を消し、変わりに水仙のカードだけが残されているんだ。正直、ナルキッソスが何を考えているのかは皆目見当もつかないんだ」


 プリムローズはかぶりを振って力なく項垂れると、再び顔を覆ってしまう。


 人々を守る為に騎士になったプリムローズとしては、無垢な人が攫われていくのに手も足も出せないのは堪らなく辛いのだろう。


「魔物に襲われる心配がなくなったというのにそんな事件が……」


 ようやく訪れた平和を脅かすような謎の事件に、ロイは悔しげに歯噛みする。


「いくら修羅場を経験したといっても、あたし一人の力ではどうにもならなくて……王は恥を忍んで今一度、勇者に力を頼る道を選んだ。だから、頼む。どうかロイの力を我が国の平和の為に貸して欲しい」


 プリムローズは乱暴に目元を拭って顔を上げると、泣き腫らした目でロイを見据える。


「ああ、勿論だ」


 ロイはプリムローズの手を取ると、彼女の顔を見て大きく頷く。


「魔物討伐と勝手が違うから何処までできるかわからないけど、皆の笑顔を取り戻せるように精一杯やらせてもらうよ」

「ロイ……」


 頼もしい言葉を聞いたプリムローズは思わず感極まってロイに抱きつこうとする。


 だが、


「そうと決まれば、明日に備えて今日は早く休みましょ」

「あいしへぶっ!?」


 エーデルが突然ロイとの間に割って入った為、プリムローズはエーデルの背中に顔を突っ込む形になる。


「あら、貧乳。何するの。痛いじゃない」

「い、いい、痛いじゃない、じゃない!! そう言うエーデルこそ何のつもりだ!」

「何のつもりって……明日に備えて早く寝たいから、ロイに寝室まで案内してもらおうと思っているのだけど?」

「……は?」


 エーデルの言葉に、プリムローズは思わず眉根を寄せる。


「……何だよ。もしかして、エーデルも来るつもりなのか?」

「もしかしても何も、ロイが行くなら私も行くに決まってるでしょ?」


 当然、そう言わんばかりにエーデルは豊かな胸を張る。

 たゆん、と揺れる胸にプリムローズは思わず釘付けになるが、すぐに気を取り直してかぶりを振ると、エーデルの袖を掴んで引き寄せて耳打ちする。


「む、無理して着いて来なくていいんだぞ。エーデルだって仕事があるだろ?」

「あら、私、仕事なんかしてないから気にしなくていいわよ」

「し、仕事してないって……エーデルはそれで暮らしていけるのか?」

「心配しなくても、私のパパはこの国の大臣だから大丈夫。パパに言えばお金ならいくらでも貰えるし、それに副収入もあるしね~」


 そう言うと、エーデルはマントの下から一冊の本を取り出す。


「これ、私が書いた本なんだけど、知ってる?」

「こ、これは!?」


 エーデルから本を受け取ったプリムローズは、本のタイトルを見て驚愕に目を見開く。


 炎を吐く竜と、それに立ち向かう鎧を着た男性が激しい攻防を繰り広げられているイラストに力強いフォントで「エーテルウォーズ」と書かれた手の平サイズの本で、著者名のところにE・Wと書かれていた。


「こ、この本は、一ヶ月前に発売された……」

「ぴんぽ~ん。よく知ってるわね。魔法協会からどうしてもと言われて仕方なく書いた本なんだけど、思ったより評判が良くて、ぽんぽんと売れちゃってるのよね~」

「…………知ってる」


 思い当たる節があるのか、プリムローズは三白眼で恨めしげにエーデルを睨む。


「クッ、これだから天才は……」

「何か言った?」

「何も言ってない! クソッ、もう好きにしろ!」


 プリムローズはエーデルの手を振り解くと、不機嫌な足取りで歩き始める。



「…………」


 だが、数歩進んだところでプリムローズは足を止めて振り返ると、


「あの……エーデル……さん。悪いけど……あたしが持ってる本にサインってもらえる?」


 そう言ってバツが悪そうに、エーデルが手にしている本を指差した。

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