第5話 仲間たちの優しい願い

 それは、仲間たちのロイに対する優しさだった。


 ロイは生まれた時に教会によって、竜王を討伐する勇者になるという託宣を受けた。


 その為、ロイは生まれながら人生の全てを「竜王を討伐するに相応しい勇者になる」という目的の為だけに注がれる宿命を背負わされた。


 友達が無邪気に遊んでいるのを他所に、ひたすら剣の修練を積んだ。


 街の中にある壺や樽を壊したり、突然他人の家に踏み入って家捜しをしてアイテムを捜したりしても怒られない処世術を何年にも渡って学ばされた。


 他にも理想の勇者となるべく、ありとあらゆる教育を施されたロイは、周囲の期待に見事に応え、竜王討伐も成し遂げて見せた。


 幼い時から竜王討伐に人生の全てを捧げてきたロイを見て来たエーデルは、これからの人生は彼の望み通りに、有意義に暮らしてもらいたいと思っていた。


 そして、そのエーデルの願いは、ロイと共に旅した仲間全員の願いでもあった。


「皆との約束があったから、プリムは任務を受けてロイに会いに来たのに、その内容を話せなかったのよ」

「すまない。本当はロイに会って何も言わずに帰るつもりだったんだ。でも、あたしが変に意地張っちゃったから、ロイに余計な心配をかけちゃったよね……」


 秘めていた想いを吐露したプリムローズは、泣きながら何度も謝罪の言葉を口にする。



「……話は大体理解した」


 二人が話し終えるまで腕を組んで黙祷していたロイは、閉じていた目を開け、プリムローズを真っ直ぐ見据える。


 目が合った途端、ビクッと身を竦めるプリムローズに対しロイは、


「正直、ちょっとムカついた」


 小さく嘆息すると、椅子の背もたれに体を預ける。


「ご、ごめん……そうだよな。迷惑だ……」

「違う、そうじゃないんだ」


 再び謝罪しようとするプリムローズをロイは慌てて窘めると、渋面をつくって絞り出すように話す。


「ムカついたのはプリムじゃなくて、自分に対してだ」

「……自分に?」

「だってそうだろ? プリムやエーデルが俺を想って色々と気を遣ってくれてたのに、俺はそんな皆の期待にまるで応えられていない」


 この一年、ロイが何を成したかと問われれば何も成してない。


 仕事を見つけ、身を粉にして働いたつもりがだが結果は全く伴わなかった。

 両親に楽をさせるどころか、養う家族が一人増えた分だけ両親への負担が増えただけだ。


 それに比べ、プリムローズは幼い頃の夢であった騎士になるという願いを叶え、大切な任務を任されるまでになった。

 どのような任務内容かは想像できないが、国を代表して訪れてくれたプリムローズに対し、無為に時間を過ごしてきただけのロイが、かつての仲間の誓いという縛りによって泣いている彼女の為にできる事など一つしかなかった。


 ロイはプリムローズの目に溜まっている涙を拭ってやると、穏やかな微笑を浮かべる。


「プリム、皆との誓いはなかったことにして任務内容を話してくれないか? 俺にできる事だったら、何でも協力するからさ」

「い、いいのか?」

「いいも何も俺たち、数々の苦難を乗り越えてきた仲間だろ?」

「ロイ……」


 ロイの言葉に、プリムローズの目に涙が再び溜まる。


「ありがとう。でも、ロイは仕事の方は大丈夫なのか?」

「うっ……」


 プリムローズの何気ない一言に、ロイの笑顔が凍る。


「ど、どうした? ひょっとしてあたし、聞いてはいけない事を……」

「いや、いいんだ……」


 ロイは今にも膝をつきそうになる体をどうにか堪えると、流れてきた汗を拭い、プリムローズから視線を逸らしながら告げる。


「俺、今日仕事をクビになったから……」

「な、何だって!? それは本当なのか?」


 ロイの話を聞いたプリムローズは、大きな音を立てて立ち上がって怒りを露わにする。


「ロイをクビにするなんて何処の馬鹿の所業だ。今すぐそいつを教えるんだ! そんなクソ野朗、あたしの剣の錆びにしてくれる!」

「わわっ! ちょ、ちょっとプリム、ストップ……ストォォォップ!!」


 壁に立てかけてあった剣を取り、今にも飛び出していきそうなプリムローズを見て、ロイは慌てて彼女に飛びついてこれまでの経緯を必死に説明し始めた。



「そう……災難だったな」


 事情を聞いて落ち着きを取り戻したプリムローズは、腰を下ろして小さく嘆息する。


「でも、話を聞いて安心したよ。話を聞く限り悪いのは客みたいだし、そんなクソみたいな所業を許してる店、とっとと辞めて正解だよ」

「むぅ、エーデルも同じ事を言うんだけど……本当にいいのかな?」

「いいんだ。そうやって常に正しくある姿こそ、あたしが好きな実直勇者のロイだ」

「ハハ、改めて勇者と言われると、何だか照れるな」


 気恥ずかしく頬を染めたロイは、プリムローズと顔を見合わせて笑い合う。


 二人の間に流れる空気は、まるで結ばれたばかりの恋人のように初々しいものだったが、


「そんな事より、いい加減本題に入ってくれないかな?」

「わ、わわ、わかってるよ!」


 エーデルの怒気を孕んだ言葉に、プリムローズは慌てた様子でロイから視線を逸らすと、自分が受けてきた任務の内容を話し始めた。

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