第4話 泣いた女騎士

「「「ごちそうさまでした」」」


 ロイの母親が作った料理に舌鼓を打った三人は、満ち足りた表情で感謝の言葉を口にした。


「はい、お粗末様でした」


 母親は笑顔で三人の挨拶に応えると、手早く食器を片付けて食後のお茶を用意していく。


「すみません、お母様。何から何まで……」

「いいのよ。ウチにお客様が来るなんて久しぶりだから、遠慮しないでくつろいでね」


 至れり尽くせりの歓待に恐縮して何度も頭を下げるプリムローズに、母親は無邪気に微笑んで彼女の耳に口を近づけて小声で囁く。


「それに、未来のお嫁さんかもしれない人に、良い印象を持ってもらいたいからね」

「なっ、なななっ!?」


 突然の告白に顔を真っ赤にさせるプリムローズに、母親はウインクをして悪戯っぽく笑うと、大量の食器を持って優雅にキッチンへと消えていった。



「母さん、何だって?」

「ひぇあっ!? な、ななな、なんでもないぞ。アハハハ……」

「えっ、でも……」

「なんでもない。なんでもないったらなんでもないんだ!」

「そ、そうか……」


 この件についてこれ以上は何を聞いても無駄だと判断したロイは「ならば」と前置きして、


「それじゃあ、プリム」

「は、はえっ!? な、何?」

「そろそろ本題に入ってもいいかな?」


 机の上で指を組み、その上に顎を乗せて真剣な表情で話しを切り出す。


「俺を尋ねてきたって事は、何か問題があったんじゃないか?」


 ロイからの質問に、プリムローズは笑顔のまま固まる。


「な、ななな、何を突然言い出すんだ。そ、それって一体どういう意味だい?」

「どうもこうも、そのままの意味だよ。さっき自分で言ってただろ? 仕事で来たってね。だから、その仕事で俺を訪ねてきたんじゃないのか?」

「そ、それは……」


 ロイに真摯な表情で見つめられ、プリムローズは気まずげに視線を逸らす。


 その顔は明らかにロイに何か伝えたい事があると、ハッキリ告げていた。


 何か言いたくない事情があるのかもしれない。ロイはそう察しながらも優しく、粘り強くプリムローズに語り続ける。


「余計なお世話かもしれないが、話してくれないか? ひょっとしたら、口にする事で楽になるかもしれないじゃないか」

「…………」

「俺では……信用できないか?」

「…………………………………………ゴメン」


 プリムローズはそれだけ呟くと、ぽろぽろと大粒の涙を流しながら泣き始めてしまう。


「あ、あわわ……ご、ゴメンよ」


 泣き出してしまったプリムローズに、ロイは慌てて彼女を慰める。

 精一杯の謝罪の言葉や、励ましの言葉をかけ続けるが、ロイがいくら手を尽くしても泣いているプリムローズは顔を上げてくれない。


 すると、


「あ~あ、辛気くさいから、もうそういうのやめ、や~め」


 場の空気を壊すような、のんびりとした声が室内に響く。


「もう、ロイがあんまりしつこいから、プリムが泣いちゃったじゃない」

「お、俺の所為なのか!?」


 突然水を向けられ、ロイは目に見えて狼狽する。

 困惑するロイを尻目に、エーデルは席を立ってプリムローズの脇に立つと、彼女の頭目掛けて、おもいっきりチョップを振り下ろす。


「あぐっ!」


 両手で目を覆っていたプリムローズは、エーデルの後ろからの攻撃に気付けるはずも無く、チョップをまともに受けた衝撃でテーブルに勢いよく突っ込む。


「プリムも、いつまでもメソメソしてないの」

「い、いきなり何をするんだ!」


 テーブルの角に額をぶつけたのか、さっきとは違う意味で涙目になったプリムローズが鬼の形相でエーデルを睨む。


 しかし、エーデルはプリムローズの怒りの感情には全く動じず、小さく嘆息して話を切り出す。


「もう、やめよう。本当の事をロイに喋ろうよ」

「…………エーデル」


 その一言だけで全てを察したプリムローズは大きく息を吐くと、全身の力が抜けたかのようにずるずると椅子に体を預ける。



 エーデルは呆けたように座るプリムローズの肩を軽く叩くと、事の成り行きを見守っていたロイに向き直る。


「ごめんね。私たち、ロイに黙っていた事があるんだ」

「私たち、という事は……俺だけに知らされていなかったという事か?」


 その質問にエーデルはゆっくりと頷くと、竜王討伐の後にロイ以外の仲間内だけで話し合って決めた約束事を口にする。

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