第4話

 ***


 この学校において総合文化部が有用だと証明するために実行することにした『生徒お助けキャンペーン』は、見事不発に終わった。


 精査まで残り半月ほどあるのだから、期限ぎりぎりまで続けても良かったのだが、流石に二週間も成果がなかったものに縋る余裕は、時間的にも精神的にもなかった。


「何か案がある人はいるか?」


 この部活を存続させるための策を一から練ろうと、会議の時間を設けている。マーカーを持ってホワイトボードの前に立っているけど、黒に染まることは一向にない。かく言う俺も、『生徒お助けキャンペーン』以上の案は浮かばない。


 前に立っているから、みんなの顔がよく見える。

 何も知らなかった半月前に比べて、明らかに表情に疲弊の色が見えていた。


 総合文化部を守らないとという重圧、誰かが来るのではないかという期待、本当に誰かの助けになれるのかという不安、誰も訪れないという落胆、打開策が見出せないという失望、このまま居場所がなくなるのではないかという絶望。


 様々な感情――特に負の感情を抱えながら生活をするというのは、心苦しいというものがある。ある意味、みんなの顔色が変わるのは当然とも言えた。俺の顔だって、みんなからしたら疲れたように見えているだろう。


 誰も口を開かない時間が流れていく中、俺はひっそりと溜め息を吐いた。

 最近の悩みの種といえば、専ら総合文化部に関することだけだ。寝ても起きても、この部活を存続させるためにはどうするべきかということばかりを考えている。


 この部室で過ごす時間が好きだったから、真剣に向き合った。けれど、成果も何もなく、改善の兆しはない。ただただストレスだけが募っていく。そうなると、どうしてこんなにも悩んでいるのだろうという思いが、不思議と湧いて来る。


 そもそもの話、この総合文化部が立ち上がった理由は、過去の先輩達がたむろ出来る場所を求めたからだ。特にこれといった明確な理由も大儀もない。

 そんな過去の負の遺産を、わざわざ骨身を削ってまで残す必要なんて本当にあるのだろうか。

 このまま精査によってなくなってしまった方が、得なんじゃないか。少なくとも、部室を求めている部活動には得しかないはずだ。


「……そうだよ」


 一度考えが浮かぶと名案に思えた。そもそも頑張ってまで残す必要なんてないんだ。

 小さな気付きによる呟きは、みんなの耳にも届いていたようで、頭を悩ませていた各々が顔を上げて俺を見る。


「……無理する必要なんてないんじゃないか?」

「ジンちゃん?」


 マイナスな発言をする俺に、何を言ってるんだと訝しむような視線が一気に注がれた。その視線から逃れるように、何も書かれていない真っ白なホワイトボードに目を向けながら、


「むしろ俺達も被害者みたいなもんだ。俺達がこうして頑張ってまで、この総合文化部を残す必要なんてどこにもないんだよ」


 一気に言葉にしたことで、肩の荷が降りたような気がした。


「確かに、そうかも。総合文化部を残すだなんて、ずっとこの部活にいて愛着がある俺とジンちゃんの我が儘かもね。もしこの部活が潰れても、三人ならもっと良い場所を見つけられるよ」


 俺と同じ結論に至ったのか、タカオも同調してくれる。


 何か言いたげな後輩達。実際、反論しようとメグミが手を挙げかけた。しかし、その先の言葉を俺は紡がせない。「なぁ、タカオ」と、先んじて声を出す。


「お前さ、精査だのなんだのって話、実は聞いてなかったんだろ?」

「……え、あ、うん、そうだ、そうだった」


 しどろもどろながら、俺の質問の意図をタカオは察してくれたようだ。


「俺は半月前に職員室で何も聞いてないし、この部室でだって何も話してない。だから、もうこれ以上――」

「なんですか、その猿芝居」


 震える声でタカオの話を遮ったのは、メグミだった。立ち上がったメグミは、まるで何かを堪えるように下を向いているため、その表情は分からない。

 しかし、すぐにその答えは分かってしまった。


「そんな下手な演技で、はいそうですかって私達が――、私が納得すると思ってるんですか。私がこの場所をどれだけ大事に思ってるのか知らないから、そう簡単に言えるんです」


 顔を上げて力強く語るメグミの目は、少しだけ滲んでいた。


「私にとっての学校って、窮屈で嫌だけど、無理して優等生を演じながらも通わなければいけない場所なんです。楽しくない場所だったんです。でも、この部活に入って、みんな自由に過ごせるような場所があるんだって知れて、学校に行くのが少しだけ楽になったんです。だから……、だから、私は嫌。この部活をなくしたくない」

「……」


 いつものように軽口を叩かなければ、と頭で分かっていても、唇は動いてくれなかった。


 まさかメグミがここまで総合文化部に思い入れを持っていたなんて。いつも淡々と部室に過ごしているから、気付きもしなかった。

 タカオも俺と同じ思いを持っているのか、何も言わない。


 代わりにこの空気を壊してくれたのは、


「まだ期限まで半分も残ってるっす」


 いつもと変わらない口調のシロウだった。天然なのか分かってやっているのか、シロウは締まりのないように口角を上げている。その隣にいるカナエも同じだった。


「そうですよぉ。タカオ先輩が前もって情報を持ってきてくれて、メグミ先輩が正確な情報を手に入れてくれたから、精査の一か月前にせっかく動けているんですぅ」

「だから、やれるところまでやってやるっすよ」


 一年生コンビの前向きな言葉に、メグミは手の甲で目元を拭った。そして、俺とタカオに目を向ける。シロウとカナエも、こちらを見つめている。力強い六つの黒瞳が、俺とタカオを掴んで放さない。


「三年生達は今年で卒業だから良いかもしれないけど、私達はまだこの場所を失いたくないです。だから、先輩達がいなくたって、最後まで――」

「良いわけないだろ」


 俺はメグミの言葉を否定した。


 本心を言っていいなら、高校入学してからずっとずっと過ごして来た総合文化部をなくしたわけがない。半年先の卒業を考えるだけで心苦しくなるくらい、大切な場所だ。

 だけど、乗り越えるべき障害が想像よりも大きくて、心が弱くなっていた。それらしいことを理由にして、戦うことさえも諦めようとしていた。


 後輩達にここまで言わせてようやく気付くなんて、我ながらなんと情けないことか。


「あー、もうっ」


 俺は後頭部を掻きむしる。突発的な行動に、みんなギョッとする。


「そこまで言うなら、もう一度やってやる」

「ジンちゃんなら、そう言うと思った」


 俺とタカオのやり取りに、三人は間が抜けたように「え?」と声を洩らした。


「ったく、これ以上嫌な思いをさせないように、気遣ったのに」

「ジン先輩らしくないことするから、すごく違和感しかなかったですよ」


 ズバリと言うメグミに、「ほっとけ」とツッコミを入れる。すると、久し振りに部室の中に笑い声が満ち溢れた。


「カナエが言っていたように、せっかく先に動けるんだ。だったら、そのアドバンテージを最後まで活かしてやる」

「俺達の代で潰させるわけにはいかないよな」

「ここを守るためなら、やれること何でもやります」

「動くことなら任せてくださいっす」

「何だか楽しくなって来ましたぁ」


 俺は拳を上に突き上げると、


「絶対この部活を潰させないぞ」


 仕切り直すように声を張った。続いて、「おぉ」と四人とも声を合わせてくれる。


 正直なところ、明確な打開策があるわけではない。だけど、この『総合文化部』の五人でなら何でも出来ると、強く強く確信していた。


 もう、迷わない。


<――⑤へ続く>

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