第3話

 ***


「調子はどうだ?」


 部室に全員集まると、俺は四人の顔を見ながら早速訊ねた。総合文化部にとっては死刑宣告のような噂をタカオが部室に持って来てから、早三日が経った昼休みのことだ。


 普通の進学校であるこの高校には、五年に一度、役に立たない部活を畳んでしまう精査があるらしい。


 このままでは確実に潰されると踏んだ俺は、総合文化部が有用であることを証明するために、『生徒お助けキャンペーン』を考案した。

 内容は単純明快その名の通り、この高校に通う生徒の助けをするというものだ。進学校ゆえに、困っている生徒もたくさんいるはずと踏んでのことだった。もしここで生徒達の力になって、有益だと認めてもらえれば、精査の対象から免れるはずだ。


 方針が固まってからの、総合文化部の活動は早かった。『何でも手伝います。詳しくは、総合文化部まで!』という旨を記載したビラを、カナエが作り上げると、俺達はすぐにビラを配ったり生徒達が見やすい廊下や案内板に貼り付けた。


 そして、ビラを目にした迷える生徒達を迎えようと、俺達は授業以外のほとんどの時間を総合文化部で過ごすようになった。


「どうだ――って、ジンちゃんが一番知ってるでしょ」


 四人を代表して、まるで作業のように菓子パンを頬張りながらタカオが答えた。


 ――そう。部室で過ごすようになった時間は、今までと何一つ変わらなかった。


 まだ三日という少ない時間しか経っていないけど、部室に来る人は誰もいない。普通に学校生活を過ごしていても、特別に声を掛けられることもなかった。少なくとも俺はそうだった。

 もしも個別で声を掛けられている人がいればと願いを込めての質問だったが、見事当てが外れてしまったみたいだ。


 昼休みということで各々昼食を取りながら来客を待っているのだが、どうも雰囲気が重い。


「あんなビラだけで、本当に来るっすかねー」

「私だったら怪しくて来れないですぅ」

「書いたのカナエでしょ。自分でそんな風に言っていいの?」

「内容が内容ですからぁ」


 カナエが自画自賛しているように、第三者から見てもビラのデザイン的には文句なしだ。カナエにこんな才能があったのかと、みんな驚いた。

 それでも誰もこの部室に訪れないのは、総合文化部自体に怪しさを感じているからだ。


 俺は総合文化部の部員だから、この部活を当然のものだと認識しているけれど、他の人からすれば「何この部活?」って思うのも仕方がない。実際のところ、名前も知らない他の部活が急に活動すれば、同じ感想を抱いてしまうと思う。


 恐らくこのまま時間が過ぎても、状況は何も変わらない。だけど――、


「まだ始めてから三日しか経っていないんだ。焦ることはないさ」

「だな」


 俺の言葉に反応を示したのは、タカオだけだった。タカオは能天気に椅子の背もたれに重心を傾けている。その一方で、メグミもシロウもカナエも、考え込むように苦い顔をしていた。


 三人が不安になる気持ちも分かった。

 けれど、今の俺達に出来ることは全てやった。誰も部室に訪れないからといって、ごり押しするように生徒を自分からつつくことは出来ない。俺達に出来ることは、待つだけだ。


 たったの三日で行動の対価を望むのは、あまりにも高望みをし過ぎてしまっている。


「でもまぁ、もしこの状況が続くようなら、さすがに次の策を考えるさ。今は他にないんだから、ひとまず待とう」


 三人を安心させるように言うと、この話は終わりだと言わんばかりに弁当の残りを食べ始めた。元々能天気なタカオは言わずもがな、後輩三人達ものそのそとご飯を口に運ぶ。


 こんなに暗い雰囲気だったら、仮に誰かが悩みを打ち明けようと足を運んでも、きっと回れ右して帰るだろうなと客観的に思った。だけど、それを口に出す空気ではないことは、さすがの俺も分かる。


 こうして今日もまた、誰かが訪れることもなく、昼休みの時間が終わる。

 いや、昼休みだけではない。放課後も変わらない。明日も、明後日も、来週も変わらないかもしれない。


 結果、『生徒お助けキャンペーン』を始めてから半月ほどが経過しても、部員以外の生徒が総合文化部の扉を開くことは一度もなかった。


 それはまさに、俺達の活動は誰にも見向きされておらず、この高校の役に立っていないということの証明だった。


<――④へ続く>

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