第2話
***
高校に入学してからずっと所属してきた『総合文化部』。
これといった活動はしてこなかったけれど、卒業していった先輩達や俺達を慕ってくれる後輩達と楽しく過ごして来た。この部室には数えられないくらいの思い入れがある。
そんな想い出いっぱい、なのに五人いればそこそこ窮屈になるような狭い部室を、ひっくり返すくらいに探した結果、得られた情報は特になし。見事に俺の狙いは外れた。
「なんだかんだ大掃除っぽいしたことって初めてじゃね?」
「ね。どんだけ俺達サボってたんだよな」
目当ての物を見つけることが出来なかったものの、懐かしい記憶と紐づいた物がたくさん出てきた。
総合文化部の実績が記されたものを探すという目的がなかったら、恐らく昔話に花を咲かせて時間を消費させていただろう。……いや、正直に言う。実際そうなりかけ――、そうなっていた。
昔読んだ漫画雑誌を見つけると、俺とタカオは「なっつ!」と笑い合い、過去のテストがぐしゃぐしゃに丸められているのを発見しては、あまりの低さに馬鹿みたいにはしゃいだ。
「感傷に浸っている暇あるんですか?」
突如頭上から降り注がれた冷たい声に顔を上げれば、そこにはメグミがいた。見下ろされている形になっているからか、メグミの表情からはやけに恐ろしさを感じる。
「ばっ、これはあれだって! 掃除の途中で思わず懐かしいものを見つけた時によく出るあれ!」
「……それ言い訳になってないですよね」
「むしろ自分から墓穴掘ってるよ、ジンちゃん」
必死に言う俺に、メグミだけでなく同罪であるはずのタカオまで、あからさまに頭を抱えそうな勢いだ。
このままでは部長としての威厳が落ちると思い、更に言葉を紡いでいくことにする。
「い、一応これでも探せるところは全部探したつもりだぞ。残念な結果になったから、こうして話していただけで……」
「最初からそう言ってください」
メグミがふっと息を吐くと、空気が弛緩した。俺もタカオもようやく一息吐く。
そして、場を仕切り直すように俺は咳払いを挟むと、
「メグミは何か分かったのか?」
同じ場所を探しても意味がない――ということで、捜索を分担させていた。俺とタカオは部室、メグミは職員室、シロウとカナエは図書室、といった形だ。
「……私も成果なしです。職員室に行って先生方に聞いてみたのですが、総合文化部について訊ねると首を傾げられてしまいました」
「そっか」
「でも、タカオ先輩が耳にした話については裏が取れました。文化祭を前に、非活動的な部活をなくしてしまうみたいです」
うちの高校の文化祭は、十月後半にある。やはりタイムリミットは、あと一か月ちょっとということだ。
「そんな情報、よく直接聞けたね」
「これでも優等生で通っているので」
タカオの質問に、メグミはさらっと答える。自身でも言っていた通り、メグミは成績優秀で、模範的な生徒だ。どうして総合文化部に所属しているのか分からないほどのスペックを持っている。
そんなメグミだからこそ、先生たちから総合文化部に関する情報をもらってくるのではないかと期待していただけに、芳しくない結果に少なからず落胆してしまう。
部室と職員室――、これで大本命の二つは消えてしまった。
「あとは図書室だけかぁ」
大きく腕を伸ばしながら、タカオが言う。
「大穴中の大穴ですよね。何もないことに一票入れます」
「おいおい。まだ戻ってないのも、もしかしたら情報を手に入れたからかもしれないだろ」
「本気で思ってます?」
部長としては大きく頷くべきことは分かっていたけれど、メグミの問いに言葉を返すことが出来なかった。メグミの指摘通り、図書室には何もないと心の中で思っていたからだ。
「図書室もダメでしたぁ」
「すんませんっす」
実際に一年コンビが帰って来た時の開口一番は、誰もが予想している通りのものだった。
これで状況は振り出しに戻ってしまった。いや、最初から何も動き出していないのだから、振り出しも何もないか。
「あーあ、過去の先輩たちはどうやって五年前の危機を乗り切ったんだろうなぁ」
「なー。まぁ俺達が一年の時の先輩たちが何もやっていないことは確かだな」
俺とタカオは椅子の背もたれに重心を預けながら、脱力しながらぼやく。
「ジン先輩とタカオ先輩が真面目に部活動をしている姿なんて、一度も見たことないですね」
頬杖をついて呆れるように言うメグミだが、部活中のメグミだって勉強するか読書するか雑談しているかのどれかだ。心の中だけで「メグミもな」と呟いた。
「まぁ、今の自分達も何もしてないっすからねー」
机に突っ伏しながら、シロウはぼやいた。カナエは顎に手を当てて、何かを考えているようだった。
そして、ふと思いついたように、
「そういえば、今更な疑問なんですけどぉ、総合文化部って何をするところなんですかぁ?」
いつも通りの間延びした声で、何でもないように質問を投げかけた。
カナエの疑問に答えられる人は誰もいなかった。
俺とタカオが入部した時にされた声かけは、「とにかく緩い部活だよぉ」の一点張り。勧誘の言葉に嘘偽りはなく、部室に集まって雑談することが主な活動だった。
メグミが入った理由も、静かに過ごせる場所を探していたから。
シロウとカナエが入部したのも、『五人以上いなければ自然と廃部になる』というこの高校のルールを避けるために、必死に声掛けをしたからだ。
カナエの言葉に、根本的な問題を悟る。悟ってしまった。
「この部活、そもそも何もないってこと?」
みんなが思い至ってしまった事実を、タカオが声にして言う。
そう、この『総合文化部』には明確な部活理念は存在しないのだ。活動なんて出来るわけないし、功績だって残るはずがない。おそらく五年前の精査が終わった次の年にでも、居場所を失った過去の先輩たちがグダグダ出来る部活を新しく立ち上げたのだろう。『総合文化部』という部活名だって、実際何をしているのか全く分からないけれど、それっぽく聞こえるというから付けたに違いない。
「道理で探しても何も出ないわけですね」
これで過去の活動から参考にするという選択肢は完全に潰えた。
この部活を残すために何をするべきかは分からない。どうしたら学校側に、総合文化部が有益で活動的な部活だと認めてもらうことが出来るだろう。
答えの出せない問題に、誰もがシーンと考え込んでいる。いつもは誰かの笑い声で溢れている部室なのに、こんなにも静寂に包まれているのは初めてだった。
この状況をとにかく打破したくて、ガタッと立ち上がる。みんなの視線が集まる中、
「とにかくやれることをやろう!」
「それは勿論だけどさ……、何するんだよジンちゃん」
四人の脳裏に浮かぶ疑問を代表して、タカオが問いかける。
あえてその答えを口に出さず、部室に備わっているホワイトボードに、マジックペンをキュキュキュッと走らせると、
「これだ!」
勢いよくバンっと叩きつけた。
そこに書かれた文字は、『生徒お助けキャンペーン』。
「この部活が、この高校に役立っているって証明するんだ!」
<――③へ続く>
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