居場所を守れ
岩村亮
第1話
***
その噂は突然やってきた。
「――この部活、もしかしたら潰れるかもしれない」
「は?」
部室に入るや否やタカオが放った言葉に、『総合文化部』のメンバー四人――、二年女子のメグミ、一年男子のシロウ、一年女子のカナエ、そして俺ことジンは混乱に陥ってしまう。
暦の上では秋なのに、残暑がまだまだ厳しいような九月半ばのことだった。
「おい、潰れるってどういうことだ。おい、タカオ。ちゃんと説明しろ!」
中でも一番動揺していたのは、最年長兼部長でもある俺だろう。腐れ縁と称すべきタカオの襟首を掴んで、思い切り揺らしながら問い詰める。
「うげぇ、やめてくれよ、ジンちゃん」
「ジン先輩、落ち着いてください」
「そうっすよ、そんな揺すったら吐けるもんも吐けないっす」
「タカオ先輩、そろそろきつそうですよぉ」
後輩達がみな、タカオを揺する俺を必死に宥めていく。パッと見では立場が逆転しているが、いつもの光景だ。
少しだけ残っている理性で、俺はタカオを見る。放してくれ、というジェスチャーをタカオは俺に向けて送っていた。
変な噂を持ち込んだのはタカオだけど、話を聞く前からタカオを責めるのはお門違いというものか。
僅かではあるものの気分も発散できたこともあって、俺は手を放した。
「ぷはぁっ。空気うまぁ、生き返ったぁ」
「タカオ先輩、大丈夫ですか?」
「うん、いつも通りだからヘーキヘーキ」
どこか演技じみたように笑いながら、後輩達と言葉を交わしていくタカオ。いつも通りだけど、なんか癪に障る。手を放したことを少しだけ後悔したけれど、そこは部長らしくグッと堪えた。流石にそろそろ話を進めたい。
「……で、この部活が潰れるってどういうことだ?」
「さっき職員室にいる時に聞いちまったんだよ! 五年に一度の部活を精査する時期があと一か月後にやってきますねーって」
タカオの言葉に、俺はもちろん後輩三人もキョトンとしている。「つまり、どういうことだよ?」と、俺は続きを催促する。
「だーかーら! もし精査の基準に満たされなかったら、部活を潰すってことなんだって! 部室だって無限にあるわけじゃないし……」
「それ本当か? 誰かそんな話聞いたことある?」
今まで見たことのない真面目なタカオの姿に、全部嘘だとは思わないが、念には念を込めて俺は後輩三人にも聞いてみることにした。
「三年生が知らないのに、私達一年生が知るわけないじゃないですかぁ。ねぇ?」
「そうっすよ」
シロウとカナエの一年コンビは、しきりに首を横に振っている。口元を隠すようにしているメグミからは反応はなし。
ある意味、予想していた通りだった。
「ちなみに、俺も初めて聞いた……」
「だよな」
改めて深刻に言うタカオに、俺はあっさりと言葉を返す。タカオとは二年半もの間、一緒にこの部室で過ごしているのだ。ここで「実は俺知ってたんだ」なんて言われたら、軽く裏切られたような気分になってしまう。
しかし、ここで予想だにしなかった声が上がった。
「私、聞いたことあります」
そう言ったのは、メグミだった。四人の視線が、一斉にメグミに集まる。
「私のお兄ちゃん、私と七つ離れているんですけど、実はこの高校の卒業生なんです。で、確か、高校三年生の時に、部活を立て直したような武勇伝を、どや顔で語っていたような気が……」
途切れ途切れ且つ曖昧に話すのは、過去の記憶を手繰り寄せているからだろう。
「他のことは、もっと憶えていないのか?」
「無理言わないでくださいよ。その時、まだ小学生なんですよ? ましてや兄の自慢話なんて、興味があるわけないじゃないですか」
嘆息交じりに言うメグミに、「ですよねー」と俺はあっさりと引きを選ぶ。
小学校高学年くらいになると、年上の兄に対して嫌悪感を抱いてしまうだろう。むしろ、頭の片隅にあっただけでも上出来というものか。
ひとまずメグミの話によって、タカオが聞いた話に信憑性が生まれてしまった。
この部活を守るために何をするべきか、腕を組んで考え込む。
「でも、希望はあるってことっすよね」
そんな俺の耳に、一際明るい声が入って来た。「え?」と顔を上げると、瞳をキラキラと輝かせたシロウがいた。
その表情のまま、シロウはメグミの方に視線をぐいっと向ける。
「だって、メグミ先輩のお兄さんは、無事に部活を立て直したってことっすよね」
「う、うん」
「ってことは、私達にも何とかなりそうな気がしますぅ」
まるでやる気の表れのように、カナエは握り拳を作った。
意外なところで後輩の成長――特に一年コンビの成長を目の当たりにして、少しだけ目頭が熱くなった。タカオに至っては「お、お前らぁ……っ」と言いながら、腕を目元に当てている。
そんな上級生二人を置いて、「よぉし」とカナエは握っていた拳を上に突き上げると、
「総合文化部を、絶対に潰さないぞぉ」
唐突なカナエの音頭だったが、みんな同じ想いを抱いていたため、「おぉーっ」とすぐに順応して拳を上げた。
そして、自分で拳を上げておきながら気付く。
「って、おい。ここは部長がやるところだろ」
「あ、すみませぇん」
「でも、ジン先輩だったら、こういうことは自分からやらなそうですよね」
メグミの指摘は、ど正論だった。ぐうの音も出ないとは、まさにこのことだ。
「結果的に、カナエに任せて正解っしたね」
ニヤニヤと笑うシロウを、俺は肘でつつく。「痛い、痛いっすよー」と、後輩感丸出しで人懐っこいシロウは、誰にでも好かれるタイプだろうなぁと客観的に思う。
「で、結局どうするんよ、ジンちゃん」
この総合文化部を存続させるために、出来ること。
正直この一瞬で打開策が浮かぶほど頭の回転は早くない。
だから――、
「ひとまず探そう」
「探す?」
「あぁ、もしかしたら、先輩たちが何かした経歴が残っているかもしれない。そいつを見つければ、少しはやるべきことも分かるかも」
五年に一度ということは、必ず過去の先輩たちが乗り越えたからこそ、この総合文化部が存続しているはずだ。一度は乗り越えたはずなのだから、どのような策を取ったのかを参考にさせてもらおうではないか。
誰も異論を唱えなかったため、こうして顔も名前も知らない過去の先輩達の軌跡を探し出すことにした。
<――②へ続く>
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