第1章「1時間35分36秒」後藤田真美4
真美が、店長の
本田が、心身ともに疲弊していたであろう最悪の時期に、真美はアルバイトスタッフとして入社した。頭数さえ揃えば誰でも良かったのだろう。面接は実に適当な感じで、ものの5分で終了した。その場で採用決定を告げられ、明日から来て欲しいと言われた。このことからも、店の内部の状態が異常であることは、簡単に予想することができた。入社後、早坂らに話を聞き出してその経緯を知った真美は、行動を始めた。“取り入り”は、真美の
「私、本田店長が、スタッフからあまり良く思われていないこと知ってるんです……」
真美は、本田と一緒に休憩に入った時に話を切り出した。
「そう……だから?」
本田は、眉間に皺を寄せ不快感を全面に押し出す表情をした。
「私、店長のやり方が間違っているとは思いません。だって、私が店長と同じ立場だったら、きっと同じことをしたと思うし、仕事もできないくせに、文句ばっかり言ってる人たちって許せないんです。私は……本田店長の味方です」
その瞬間、本田の中で、真美に対する見方が一変するのが手に取るように分かった。孤独の只中にいる人間に対して“味方”という言葉は最も効果的だ。
「本当に、そう思う?」
本田は、何かに縋るかのような弱々しい声で、真美に訊ねた。
「はい。店長は仕事もおできになるし、何より“J&Yブランド”に対して愛着を持っていらっしゃいます。誰よりも尊敬できる方だと思っています」
本田と真美の間にあった分厚い壁は一瞬にして崩れ落ちた。その後の真美の行動は抜かりなかった。積極的に仕事に取り組み、わからないことは、何でも本田に質問した。真美のような若い女から慕われ頼りにされているという思いは、本田を強気にさせるエネルギーとなった。更に、家庭の愛情に飢えている本田に対し、手作り弁当を作ってくるという女ならではの攻撃は、男としての自信を喪失していた本田に「俺だって、まだまだ捨てたもんじゃないんだ!」という自信を回復させるのに充分だった。本田の真美に対するあからさまな依怙贔屓は、たちまち早坂たちアルバイトスタッフの非難の的となり、あの2人は怪しい……という噂にまで発展している。
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