バックヤードの女たち
喜島 塔
第1章「1時間35分36秒」後藤田真美1
「ありがとうございましたぁ! お近くまでお越しの際は、また是非遊びにいらしてくださいねえ。お待ち申し上げておりますぅ」
真美は、高校生の頃から『
『J&Y』ブランドの売りでもあるインポート商品は、店の後方のほんの一区画に申し訳程度にひっそりと置いてあるだけで、売り場の七割超は安価なアウトレットオリジナル商品が埋め尽くしている。客層も、プロパー店とはだいぶ異なり、『J&Y』のブランド名も知らないようなお洒落に無頓着そうなご婦人たちが、近所のスーパーマーケットにでも出掛けるかのようなサンダル履きで訪れたりすることも珍しくなく、アルバイトを始めた当初は、複雑な心情を隠し切ることができずにいた。
そして、商品展開や客層以上に真美を落胆させたのが、他のスタッフたちのクオリティーの低さだった。『J&Y』に従事するスタッフとして何のプライドもこだわりも持ち合わせず、不平不満ばかり唱えている彼・彼女たちに対して、尊敬の念を抱くことなどできる筈もなかった。
そんな真美をやる気にさせたのが、店長である本田の、
「来年の正社員登用試験にチャレンジしてみないか?」
という一言だった。年に1度しかない正社員登用試験はかなりの難関であり、かなり高い商品知識と接客スキルがないと合格できないらしい。しかし、正社員に昇格できた暁には、給与・福利厚生面での厚待遇はもちろんのこと、銀座の本店、更には本社勤務も可能になるという。靄がかかっていた真美の視界は一瞬にしてパーッと開け、近い将来への希望と期待で胸がいっぱいになった。その瞬間、真美は、たとえアウトレット店であっても決して手を抜かない、プロパー店のスタッフ以上の働きをして“後藤田真美”という名を本社にまで轟かせよう、そう誓ったのだった。
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