第3話
「どうした?ヒューイ。珍しく心ここに在らずじゃないか。」
アドリアン・グランヴェル侯爵は、自分の補佐をさせているヒューイの様子がいつもと違う事に気がついた。
ヒューイは、まだ若いが優秀。今後の為に支援して、王立学園に通わせている。勉強を優先しているが、時間を見つけては積極的にアドリアンの仕事の手伝いをしようとする。アドリアンも可愛く思い、最近は大事な仕事も手伝わせるようになっていた。
ヒューイに仕事を手伝わせるようになったのは2年前だが、ヒューイは侯爵家の使用人というわけではない。出会ったのは10年も前になる。かわいがっている弟分だ。
10年前、商人ジョージ・アーヴィングが、新しい魔鉱石の加工法を見つけた。それは国へも大きな利益をもたらし、その褒賞として、一代限りの男爵位を賜った。もともと大商家ではあったが、平民、しかも特定の貴族の後ろ盾もなく実力のみで身を立てるということは前代未聞の話で、多くの伝統を重んじる貴族は眉をひそめ、一部のもの好き貴族は取り立てた。
当時のグランヴェル侯爵、アドリアンの父、コンスタンティン・グランヴェルは、一部の物好きだった。とくに儲かる事業に対するアンテナが鋭く、ジョージ・アーヴィングに莫大な財を投資して取り込み、家同士の付き合いを始めた。
ジョージ・アーヴィングの息子、ハーバート・アーヴィング――皆からヒューイと呼ばれる幼い少年は、突然の貴族社会におろおろしていたが、素直で明るい子供らしい気性でかわいがられた。だんだんやんちゃな本性が出てくると、侯爵嫡男であるアドリアンに対しても生意気な物言いをするようになり、そんなところも新鮮で気に入って、そのころからアドリアンはヒューイを歳の離れた弟のようにかわいがっている。
2年前、アーヴィング男爵は、グランヴェル家の後押しもあり、新たな産業を興した功績で一代限りでない世襲男爵となった。それまでは商会のみを継いで商人になるつもりだったヒューイは15歳で次期男爵となり、アドリアンが教育を買って出た。
もともと貴族の家に出入りしていたこともあり、何とか貴族っぽい立ち振る舞いもできなくはない。ただ、本人がどうも乗り気でないのか商人時代の影響か、頑張れば頑張るほどわざとらしく、何とも胡散臭くなってしまう。
それでも、わざとらしさも初々しさと受け取ってもらえることが多く、目をかけてくれる人も増えている。
アドリアンから見てヒューイは確かに優秀だが、少々自信家なところもあるように見える。常に自分に自信があるのだろう。苦手な事はやりたがらないのもその裏返しかもしれない。
そんな、いつもは生意気なくらい堂々としているヒューイが、今日はあからさまに消沈している。
「いえ……アドリアン様に言うことでは……」
珍しく歯切れが悪い物言いに、からかってやりたくなる。
「なんだ、好きな子でもいるのか?」
「え、あ、いや」
なんだと! アドリアンは目を輝かせた。
出会って10年、ヒューイから恋の話は聞いた事がない。出会ったばかりのころ、従姉妹のジュリアをお姫様と勘違いし、のぼせ上っていたのは知っているがそれ以来だ。
「お、これは話を聞かなければならないな! そうだ、ビビアンを射止めた私の話も参考にさせてやらねばならないかな!?」
「いや、その話はもう結構です100回は聞いたので!!」
「そうだったか? ……では、話してみなさい! ほら! ほら!」
ヒューイはものすごく話しにくそうに、顔を歪める。が、そんなことでは絶対に逃してはやらない。アドリアンは期待に満ちた目を向ける。
しばらくすると、ヒューイは渋々、と言った感じで口を開いた。
「……ちょっと、気になってた子と仲良くなって……その、両想い……かなと、思い込んで……想いを伝えようとしたら……」
「うんうん、それでそれで??」
辛い事を思い出したのか、ヒューイの目が死んだ魚のように色を失った。
「結婚相手の紹介を頼まれました……」
「ええ!? ……その子、王子でも狙っているのかい?」
ぐっ……と、ヒューイはまた顔を歪める。これは何か隠しているぞ! と、アドリアンはわくわくする。
「お前は隣国の王子かと言われました……」
「ぶはっ! 本当に王子狙いなのか!」
つい吹き出すアドリアン。若い子の話は美味しい楽しい。アドリアンもまだ若いが、10代の話は格別だ。
それにしても、その彼女はヒューイの何が不満なのか。こんなに良い子はなかなかいないと思う。顔はそこそこでも、長身で手足は長く見栄えは良い。見た目だけではない、真面目で一生懸命、粗雑に見えることもあるが根は優しいし、仕事もできるし浮気もしなさそうなのに。
家柄は男爵でも、大商会を抱えてかなり裕福だし、グランヴェル侯爵家が後見についているから影響力も高い。ヒューイがもし高位貴族の令嬢を妻に迎えるなりして地盤を固めれば、陞爵だって十分あり得る。
グランヴェル侯爵家もいい歳の娘がいればぜひ婚約者にしたかったが、めぼしい血筋の娘はすでに2年前までに結婚や婚約をしていて、あいにく現在3歳のアドリアンの愛娘が一番歳が近い。娘はなついていて、「ひゅーいおにいちゃまとけっこんするの♡」と言っているが絶対認めない。そんなわけもあってアドリアンとしては、ヒューイにすぐにでも身を固めてほしい。
グランヴェル侯爵家と敵対している家柄であれば問題はあるが、義理堅いヒューイがそこを無視するとは思えない。アドリアンに相談もなしに想いを伝えようとするということは、そのあたりは問題ないと考えていいだろう。
今一番勢いのある新興貴族の跡取り息子。容姿端麗、博学多才。これ以上の優良物件を見つけるのはなかなか難しいだろう。うちの娘はやらんがな!!
「……本名を名乗ってないんですよ……名乗ったら絶対態度変わるじゃないですか……だから、こう、俺自身を好きになってもらってからにしようと思って……」
こんなに弱々しいヒューイは珍しい。隠していた詩文のテストを母親に見つかって雷を落とされていた時以来だ。あれ、結構最近じゃないか。ともあれ、ヒューイがどうでもいいことで弱っているのはかわいいし面白い。
「あっはっはっは! すごい自信だな!」
「笑いすぎですよ!アドリアン様だって、ビビアン様に、家は関係なくただのアドリアンを好きになってもらいたいって頑張ってたじゃないですか!」
「いやいや、ごめん!そうだね!私にもあった!そんなこともあった!だからごめん!」
むきになるヒューイに涙を流して笑い転げながら謝るアドリアン。
「だいたい! 家名で寄ってくるような頭の軽い女に引っかかるなよ、とか、名も知らずとも運命を感じることもあるのだ、とか言ってたのアドリアン様じゃないですか! ……あ、考えたら俺の失恋、アドリアン様のせいじゃないですか!?」
いつもビビアンとの惚気話は聞き流していると思っていたが、意外とちゃんと聞いていたようだ。また後でしっかり話して聞かせてやらねば。と、アドリアンは思った。
「悪かったって! まだ嫌いとは言われてないんだろ!? 諦めて名乗って、ちゃんと話をしなさい。 あ、ちなみにどのくらい仲が良いんだい? あと、念のため聞くけど、あちらの家柄は大丈夫なんだね?」
「仲は……良いと、俺は思ってますけど……相手は、フローレンティア伯爵家のご令嬢ですよ。……よく、一緒に勉強したり……してます」
ヒューイは顔を赤くしてごにょごにょと言う。
それにしても、フローレンティア伯爵令嬢ときたか。さすがヒューイ。相手もアーヴィング男爵家にとっては良縁だ。フローレンティア伯爵とはアドリアン自身は面識がないが、以前、父コンスタンティンの「恩を売りつけた人間リスト」に入っていたのを見たことがある。敵対しているということはないだろう。
伝統を重んじるフローレンティア伯爵としては、新興貴族はあまり好ましくないかもしれないが、今の優先順位は財政難のはずだ。こういう奇跡の出会いを信じて娘を学園に送り込んだのだろうし、アーヴィング家は歴史はないが裕福だ。嫌とは言わないだろう。
社交界では、フローレンティア伯爵家の御令嬢は賢しくて可愛げがないと聞いていた。確かに、社交の場でたまに見かける彼女は、見事な美しい立ち振る舞いで、つんと取り澄ましているようにも見えた。しかし、このヒューイの顔を見ると、かわいげがないというのは嘘なのだろう。……まあ、ヒューイにとっては、なのかもしれないが。
「噂の婚活令嬢か。いいじゃないか。ふうん……さしずめ、没落伯爵家の令嬢を成金男爵のボンボンが札束で殴って落とすっていう構図だね」
「そう見えるから! どうしようかと! 悩んでたんです俺は!」
真っ赤なヒューイがあまりにも可愛くて、どうしても顔が緩んでしまう。
「考えすぎだよ! 君もたいがい想像力豊かだな。……わかった! じゃあこうしよう」
アドリアンはヒューイのために一肌脱いでやることにした。
「社交界で出会い直すんだ。今度当家主催のダンスパーティーがある。そこにフローレンティア伯爵令嬢をご招待しよう。私は面識がないが、父が伯爵と繋がりを持っていたはずだ。あいつ顔は広いからな。誘われれば婚活中の彼女はきっと参加するよ。そこで私から君を紹介しよう。侯爵家当主からの紹介であればあちらの面子も立つし、ふふっ……隣国の王子ではないにしろ、なかなかロマンチックな出会いだろう?」
アドリアンは考える。可愛らしいご令嬢に、可愛いヒューイを紹介する。「お美しいお嬢様、私と踊っていただけますか」「まあ、貴方は……!」そして2人は幸せになりましたとさ、めでたしめでたし。着飾ったヒューイと美しいフローレンティア伯爵令嬢は絵になるだろう。せっかくだ、ヒューイを乙女がときめく王子様のように仕立ててやろう。今までは胡散臭い仕草がちょっと面白かったので甘くしてやっていたが、伯爵令嬢と並んでもおかしくないように、貴族としての立ち振る舞いを徹底的に叩き込んでやろう。……うん、考えただけでわくわくする。
「ダンスパーティー……ですか」
しかし、ヒューイはわかりやすく、嫌そうな顔をする。ヒューイはダンスがはっきり言って下手だ。1人で動いている時は長い手足もあって見栄えがいいのだが、ペアになるとスムーズに行かない。リードしようとしても思ったように動いてくれないと、どうして良いかわからないのだと言っていた。
「お姫様と踊るんだ。目標があればできるだろう?」
そういうと、ヒューイは踊るお姫様を想像したのか、まんざらでもない顔になった。
「まあ、頑張ってみます」
アドリアンは楽しくなってきた。かわいい弟分の幸せのために、ダンスも厳しくしごいてやろうと心に決めた。
+++
マリアンヌは、何となく、今日の温室は明るいな、と、思っていた。マリーゴールドの黄色い花があちらこちらに咲いているからかもしれない。
今日も二人で、温室で勉強したり本を読んだりして過ごした。ヒューイは、図書館に行けないマリアンヌの代わりに、面白そうな本を見繕って持ってきてくれる。
さあ、そろそろ帰りましょう、という時間になって、ヒューイは眼鏡を外す。眼鏡はなくても支障はないが、勉強や仕事に集中するアイテムになっているらしい。
「マリアンヌは、ダンスも得意なのか?」
最近、ヒューイは機嫌がいい。勉強を終えてから話す時間が増えた。あと普段から、意識して背筋を伸ばしている気がする。そして目が合う事が増えた気がする。
「そうね……そこそこかしら。普通よ。伯爵令嬢くらいの腕前よ」
「そうか。それは……美しいのだろうなぁ」
「え? 突然なに?」
「いや、薔薇が、咲いたな、と思って」
赤い薔薇に手を伸ばしてつついてみたりしている。
明らかに浮かれている。……これはきっと、何かがうまいこと行ったのでしょう。
マリアンヌに関する事だったら、何か良い縁談の伝手があったのかもしれない
「マリアンヌ」
ヒューイが眩しそうに目を細め、何とも嬉しそうな声で呼んだ。
「なあに、ヒューイ」
「近々、さる侯爵家から誘いがあるだろう。どうか、乗って欲しいんだ。」
マリアンヌはドキリとした。ヒューイが本当に、紹介先を探していたなんて。マリアンヌが知る限り、侯爵家でパートナーを探している話は聞かない。となると、侯爵をつないで誰か他の方を紹介してくれるという事だろうか。その人がヒューイと関係がある人なのだろうか。
「ええ、わかったわ。何かしら」
ヒューイは、笑って答えなかった。
結婚相手を紹介して欲しいと言ったのは確かに私なのだけど……上機嫌なヒューイを見て、この温室での時間も終わりなのかな、と、マリアンヌはちょっと複雑な気分になったのだった。
+++
「マリアンヌ、グランヴェル侯爵家と縁談の話がある」
その話が持ち上がったのは、ヒューイから話を聞いた直後だった。
これなのね。ヒューイ。マリアンヌは息をのむ。
「前グランヴェル侯爵のコンスタンティン様には昔世話になった事があってな。……お前を、後妻にどうだという話が来ている」
コンスタンティン・グランヴェル前侯爵。魔鉱石の輸出事業で莫大な資産を築いたやり手の有名人だ。確かすでに隠居していて、孫もいたはずだ。
「当家の財政についてもご理解いただいていて、すべて面倒を見ようとの申し出だ。」
……まあ、すごい。
さすがヒューイ、完璧な条件じゃない。勉強だけでなく仕事もできるのね。
「謹んでお受けいたしますわ。お父様」
「うむ……マリアンヌならそう言ってくれると思っていたよ。コンスタンティン様は、昨年家督を息子に譲って、今は侯爵領にいらっしゃる。そちらに別邸を用意するので、お前はそこでゆるりとすごすようにとのことだ。とりあえず明日からは忙しくなるぞ、学園はひとまず休学としておこう。支度が整い次第、出立するように。」
話が頭に入ってこない。でも、理解は、できた。マリアンヌは震えそうになる体を押さえて何とか微笑んでいた。
お父様より年上の方と結婚するなんて、あまりにも実感がわかないけれど、我が家の状況を考えれば、貧乏伯爵家のご令嬢にはちょうどいいお話しではないかしら。
それにきっと、これはヒューイの采配。きっとこれからも、ヒューイと繋がりを待てるわ。だから……
……私は、そんなに、悲しくなる必要はないのよ。
「承知いたしました」
マリアンヌはにっこりと笑って、美しくお辞儀をして見せた。
最近、温室に行ってもマリアンヌに会えないな……
と、ヒューイはグランヴェル邸で仕事をしながらぼんやりと思っていた。今までも数日すれ違う日はあったが、今回は少し長い気がする。
「ヒューイ、落ち着いて聞いてくれ。失敗した」
そこへ、コンスタンティンと話をしに領地に出向いていたアドリアンが、顔を青くして帰ってきた。
「父に、フローレンティア伯爵令嬢の話をして、今度のダンスパーティーに招待したいので手紙を出してほしいと言ったんだ。とくに問題なく承諾したから、油断した。あの親父、確かに手紙は出したが、ダンスパーティーではなく、自分の後妻にどうかと伝えたらしい」
「は!?」
アドリアンの父、コンスタンティン・グランヴェルは今年で60歳のはずだ。数年前に奥方を亡くしている。昨年家督をアドリアンに譲った後は、愛妾を何人もつれてグランヴェル侯爵領で悠々自適の生活を送っている。
「まさか孫でもおかしくない歳の娘に正妻の話を持っていくとは思わなかった……本当にすまない」
アドリアンは苦々しい顔をしている。
「それで、伯爵家からの返事は……?」
さすがに孫もいる男に娘を嫁がせることはないだろうと、ヒューイは思った。
「すぐに承諾の返事が来たそうだ。フローレンティア家の借金、領地運営の赤字の補填、すべて面倒見るとまで言ったらしいからな。マリアンヌ嬢は婚姻のため自宅で準備しているらしい。学園も休学しているそうだ」
ヒューイは目の前が真っ暗になった。確かにコンスタンティンは個人でもとんでもなく裕福な男だ。困窮しているフローレンティア家には良い話なのかもしれない。
「私には言わずに進めて、決定してから報告だけよこした。侯爵家ではなくただのコンスタンティンとして、人生の最後にマリアンヌ嬢と真実の愛を育みたいとか言っている。大ごとにはせず、ひっそりと領地で挙式し暮らすつもりだと……クッソ、僕にばれないようにやりやがった」
……それは、今から割って入る事は出来るのか?
ヒューイは真っ黒な頭で考える。
必要なのは、フローレンティア伯爵家を支援することなのか。もしマリアンヌと結婚が許されたら、自分とマリアンヌで財政を立て直せる自信があった。はたから見ても伯爵領運営については改善できる点が多い。しがらみのないものが一気に改革すれば、十分立て直せると踏んでいた。
なのでお金を積んで、というのはできればあまりやりたくないと思っていた。しかし父に頼み込めばある程度の一時金は用意できるだろう。ただ、さすがに、伯爵家の借金全ての肩代わりをするというのは無茶な話だ。
アドリアンならなんとかできるかもしれないが、これ以上頼ると今後恩義だけでは済まなくなる。それでなくても、アーヴィング家はコンスタンティン・グランヴェルが後見についたおかげでここまで来たのだ。関係を考えるとコンスタンティンの物となったマリアンヌを奪い取ることは無理だろう。
……マリアンヌ自身が固辞すれば……いや、この条件では、マリアンヌ自身が最良の縁談だと考えている可能性が高い。たとえマリアンヌに直接連絡できたとしても無駄だろう。
「すまない、私が親父のクズっぷりを甘くみていた」
アドリアンも顔色が悪い。
ヒューイはなんとか声を絞り出す。
「……いえ、アドリアン様のせいではありません」
視界が元に戻らない。マリアンヌの姿が脳裏に浮かぶ。その姿はいつも通り清楚で美しい。そして悲しそうにほほ笑んだ。
「これは私の招いた事です。なんとか、します」
そうだ。格好つけないで、最初から、きちんと挨拶すればよかったのだ。
最初は貴族然として美しい彼女に気後れした。彼女が当然のように伯爵家を背負っているのに自分は未だに男爵の後を継ぐ覚悟がない。それでただのヒューイと名乗った。
次は関係が壊れることを恐れた。箔が欲しい成金男爵が伯爵令嬢と対等になれるか? マリアンヌがヒューイの正体を知れば、“ヒューイ”より“アーヴィング男爵家”に魅かれるのではないか?
そして、一番よくなかったのは……全部、アドリアンがうまくやってくれると思い、のぼせ上がって、ただ浮かれていた事だ。
「ヒューイ」
顔色をなくしたヒューイにアドリアンが呼びかける。少しの沈黙。それから、ゆっくりとアドリアンに向けられた瞳には、静かに決意の炎が宿っているようだった。
「アドリアン様にはご迷惑はおかけしません。なので……できる限り頑張ってみてもいいですか」
これは俺の、貴族としての初めての戦いだ。ヒューイは覚悟を決めた。
「もちろんだ。私も出来る限り君の味方になろう。……ああ、あのクソ親父、金さえ与えておけば黙っていると思ったのに……!!」
アドリアンがせわしなく部屋を動き回り激しく憤っている。自分の代わりに怒ってくれているように感じて、反対にヒューイの頭はひどく静かになった。
絶対にマリアンヌを取り返す。
ヒューイは心の中でそう呟いた。
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