第3話

扉を抜けると、俺は広い通路の真ん中に立っていた。


周りには、同じ年ごろに見える大勢の人間が行きかっており、その道の先には大きな建物が建っている。


「ここは一体......」


周りを見渡すと、人間に限らず多くの種族がいる。


自分の元居た世界にはこれほど多くの種族がいるような場所はなかったはずだ。


「おっ、いたいたーー」


俺が周囲を見渡していると、ふと遠くからそんな声が聞こえてくる。


声のほうに振り替えると一人の女の子がこちらに手を振りながら走ってくるのが見えた。


太陽の光を反射して輝く綺麗な金色の髪に、ルビーのような赤い瞳、透き通るような白い肌、顔だちも整っている見覚えのない少女だった。


「ごめんごめん遅れちゃって」


少女はよっぽど急いできたのか、膝に手をつきながら暑そうに顔を手で仰ぐ。


「いや、君は一体......」


「あ、まずは自己紹介からだね。私の名前は紅鬼アリス、アリスでいいよ。君のここでの生活の指導係です。よろしくね。」


アリスと名乗った少女は輝くような笑顔とともにそう答えた。


「指導係...?」


「そう、指導係。君はこの世界に来たばかりだよね?そうすると、まずこの世界がどういう世界なのかとか、生活する上での大事なこととか、そういうのを説明する人がいないと大変でしょ?だから新しい人が来ると、すでにこの世界にきてしばらく過ごしている人からランダムに、新しく来た人に生活するうえで必要なことを教えたり、最初のほうの生活をサポートする指導係っていうのが選ばれるの。今回は私が君の指導係に選ばれたからこうして迎えに来たってわけ。」


「ちょっと待ってくれ。まず、ここは一体どこなんだ?」


いきなり現れた訳知りのような少女アリスに俺は困惑しながら尋ねる。


「まあまあ、それもおいおい説明するから。とりあえず、建物のほうに歩きながら話そうか。」


そういうと、アリスは道の先に立つ大きな建物に指をさす。


「あー、ごめん、一個忘れてた。一応初めて来た人には言う決まりになってるんだ。」


「?」


「ようこそ、再戦世界アンコールへ。」




♢♢♢




「まず、はいこれ、君のデバイスね。」


アリスが黒い板のようなものを差し出す。


「デバイス…?」


「あー、それも説明しないとだね。前の世界でこれに似たようなものを見たことは…、ないよね?」


アリスが俺の格好を見ながら困ったように笑う。


「とりあえず、使い方と何ができるか簡単にだけど説明するね。まず、画面…あー…黒い面をタッチしてもらえるかな。そうすると現在の自分自身のレベルと名前、所属の三つとメニュー画面が表示されると思うんだけど。」


アリスの言う画面…?という黒い面に触ってみる。


アレックス

レベル 1

所属なし


「レベルと所属はこの世界に来たときはみんなそうだから安心してね。名前は…アレックスかー、よろしくね、アレックス。」


隣から覗き込んできたアリスが、こちらへと笑いかける。


戦いばかりで同年代の女性と関わることの少なかったので、少し気恥ずかしい。


「あ…ああ、よろしく」


「そうしたら、次にデバイスを使って何ができるかだね。メニューを開いてもらうといろいろと出てくると思うんだけど、基本的にまず覚えといてほしいのはお金の支払いと、離れている人と連絡できることと、身分証明に使えることぐらいかなぁ。私の連絡先はもう入れておいたから何か困ったことがあったら連絡してね。使い方は…」


それからしばらく、デバイスでの連絡方法、お金の払い方等の使用方法を教えてもらった。


使ったこともないような道具で、若干使いこなせるかの不安はあるが概ね使い方は覚えることができた…と思う。


「デバイスの使い方はここまでだけど、大丈夫そう?」


「まぁ…、なんとか。」


「それじゃあ、次に所属の登録に行こうか。まあ、自分がどこの職場だったり、学校だったりにいるのかの登録だね。私としてはここに登録することを進めるかな。」


「ここ…?さっきも聞いたけれど、この建物はなんなんだ?妙に大きな建物だし、大勢の人がいるのにほとんど同じぐらいの年齢しかいない。」


「ここは大学だね。多くの学生が様々なことを学ぶ場だよ。ここがおすすめなのは、所属するのにあたって条件が年齢以外に特にないことと、年が近い人が多いから相談なりをしやすいからかな。所属自体はそこまで重要なものでもないし、所属は条件さえ満たせば簡単に変えられるから、最初は気軽に登録するといいよ。」


勉強か、それもいいかもしれない。


この年になるまで、魔王討伐のことばかりであまり勉強をすることができなかった。


道中の計算などは、すべて仲間に頼りきりで困ったことも多々ある。


「わかった。じゃあここに登録することにするよ。」


「オッケー。じゃあ、登録しに行こうか。」


登録所は建物の中にあるそうなので、アリスの後ろについて建物へと入る。


建物の中は今まで見たこともないようなものばかりだった。


急に変わり続ける状況に戸惑っていたけれど、新しい冒険に出るときのような高揚感が生まれてくる。


みんなの状況が分からない今、こんなことを思うのは不謹慎かもしれないけれど、少しわくわくする自分がいた。


「私のいる魔法学科はねー、変わってる子が多いけど面白いところなんだよー」


道中アリスから学校での生活を聞くと、どうやらアリスは魔法学科というところに所属しているらしい。


これからそこへの登録に向かっているそうだ。


アリスに続いて向かった登録所は、元の世界のギルドに雰囲気の似ているところだった。


受付の列に並び登録したい旨を伝えると、十五分ほど大学での生活や学科などの説明を受け、あっさりと登録は完了した。


拍子抜けだ。


「あの、こんなに簡単に登録できて大丈夫なんですか」


「この世界の住民の個人情報は、すべて最初に配られるデバイスによって管理されています。デバイスの偽造は不可能ですので、契約関係はデバイスを提示いただくだけで問題ありませんよ」


なるほど、デバイスにはそんな役割があるわけか。


確かにこの世界に来た時点で、この端末にすべての情報が記録されるのであれば、いちいち細かい確認作業もいらなくなる。


便利だなこれ。


「でも、それじゃあこれを落としたら大変なことになりませんか?」


「デバイス自体は本人にしか起動できませんし、消えろと念じれば消えて、出て来いと念じれば出てくるので、普段持ち歩く必要もありませんから落とすことはないと思いますよ」


試しにその場で消えろと念じてみる。


お、本当に消えた。


本当に便利だなこれ。


説明を聞き終えた俺は、受付の人にお礼を言ってその場を離れる。


登録を終え、近くのベンチで待っているアリスの元へと向かうと、アリスの他に三人の学生の姿が見えた。


2mを優に超えていそうな虎の頭を持った獣人の男に、黒髪美形の男女がアリスと親しそうに話している。


アリスの友人だろうか。


「お疲れー、無事に登録できたみたいだねー」


「ああ、登録はできたんだが、そっちの三人は…?」


「こっちの三人は同じ学科の友達で、獣人のでっかいのがレオナルド、黒髪の男の子がノエル、女の子がレーナ、みんなアレックスとも同じ学科なんだよ」


「話はきいた、お前がアリスが担当になった新人のアレックスだな。俺はレオナルド、レオって呼んでくれ、見ての通り虎の獣人だ。これからは同じ学科同士仲良くしようぜ。」


「俺はノエル、最初は戸惑うことも多いと思うけど困ったら聞いてくれ。」


「私はノエルの姉のレーナだよろしく。」


どうやらみんな同じ学科の様だ。


アリスが気を使って知り合いを作らせようとしてくれたのだろう。


これはしばらくアリスには頭が上がらないな。


「というかレオ、他は?何人かきてーってお願いしてたはずなんだけど。」


「あー…いや…来るはずだったんだが…、トロイアの馬鹿が三忌避の地雷を踏んだせいで何人か巻き添えに…」


レオが気まずそうに視線を泳がせ頭をかく。その言葉を聞いてアリスは額に青筋を浮かべている。


「はぁぁぁ、で、今回は何て言ったの?」


「私が見た範囲だと『やはり幼馴染は負けヒロイィィィィン』とか言って周りのやつをあおってたぞ。大方アニメかなんかのヒロインで誰が主人公とくっつくかとかでかけでもしてたんだろう。」


「え、まじで?あのバカそんな特大地雷ワード叫んだの?はぁ、とりあえず絶対に事後処理必要になるから事務のほうに行こう。レオとレーナちょっと手伝って。」


アリスが頭を抱えている。


いや、新入りにもわかるように説明してもらえないだろうか。


さっきから知らない単語ばかりで何もわからないんだが。


「先から出てくる、トロイア?三忌避?っていうのは何なんだ」


「トロイアは同じ学科の生徒で、あー…一言で言うならバカだ。で、三忌避ってのは、みんながかかわるのを忌避するぐらいやべぇやつってことでつけられた三人の女のことだな、ちなみにこいつらも同じ学科にいるぞ。」


一人暇そうにしていたノエルが答えてくれる。


なるほど、つまり簡単に言うと馬鹿がやばい奴らにとんでもない地雷発言をして切れさせたってことだな。


「でも、女性が怒っただけだろうそんなに心配することなのか?」


「この世界は普通に魔法とかスキルとかある系の世界だから、結構被害出るぞ。」


「いや、こんだけ人がいるところで魔法ぶっ放すような奴はさすがにいないでしょ。」


ノエルがあきれたように、溜息を吐く。


「アレックス、お前この世界の説明どこまで聞いた?」


「いや、まだ全然してもらってない。」


「じゃあ、この世界にはお前はどうやってきた?」


「世界がいきなり消えて、打ち切られ終了しましたって…。」


「あー…、お前は打ち切り組か。ならお前にとっては少し酷なことをいうかもしれんが、この世界には二種類の過程で来るやつがいる。一個がお前みたいに世界が急に終わって来るやつ、んでもう一個が死んでから来るやつだ。世界が急に終わったやつってのは、決まって最後にこういう文字を見たらしい『世界「」は打ち切られました。お疲れさまでした』ってな。つまりな、俺らの世界は誰かの考えた物語だったってわけだ。そしてこの世界は、物語から外れたやつらが集まる世界なんだよ。」


「ッ…!」


ノエルの口から出た衝撃的な内容に思わずことばを失う。


あの世界での冒険は、ただの物語でしかなかったのだろうか?


じゃあ、あの世界で人たちや、自分の人生は誰かによってあらかじめ決められていたものだってことなのか?


「まあ、それは割とどうでもいいことだから置いといて」


「いや、超重要なことですけど!?少しぐらい心の整理をする時間をくれないかな!?」


ノエルはどうでもいいことのように話を続けようとする。


「どうせどんだけ考えても、元の世界に戻ることなんてできねぇんだから考えるだけ時間の無駄だ」


「いや、考える時間ぐらいくれよ!?元の世界には仲間とかもいたんだからさ」


「終わった世界のやつらが来るって言っただろうが。お前の仲間がその物語の主要キャラだったんなら、どうせそいつらもこの世界に来てるだろうよ」


とりあえずこの世界に来る前に悩んでいたことの大部分は解決したらしい。


仲間がこの世界にきていることが知れただけでも一安心である。


自分の冒険が物語に過ぎなかったという点は、少しもやもやするころもあるが、このことを考えるのはノエルの言う通り後にしておこう。


今考えてもすぐに答えが出るとは思えないしな。


「…で、話し戻すぞ。そのどういう世界かってのがどこでかかわってくるのかって話なんだが、今回は打ち切られた世界から来た奴が関係してくる。アレックス、物語が打ち切られるので考え付く理由って何がある?」


物語が打ち切られる原因…


「人気がなくなったから…かな」


「まあ、一番はそれだろうな。ここで考えてほしいのは打ち切られた物語にはそれぞれ打ち切られるだけの理由があるってことだ。話が詰まんないってのもあるし、奇をてらいすぎて受けなかったものもある。まあ何が言いてえのかっていうと、打ち切られた物語には作者がキャラ立てするためか知らんが変わってる奴や、やばいやつが多いってことだ。」


確かに俺が元居た世界でも、お話の中の登場人物は癖が強いキャラが多かったように思う。


読んでいる人にとって受け入れがたい性格や、あまりにもぶっ飛んでいるキャラなどが出ている話は人気が低かったような…


「まさか」


「ああ、ここにはそんな打ち切られる要因になったようなやばい奴らがいっぱいいるぞ。キレたら人ごみとか関係なく魔法打つ奴とかな。特に俺ら魔法学科には…」


ノエルの言葉を遮るように、すぐ近くで爆発音が響く。


爆発音のほうに振り替えると大きく土煙が舞っており、付近にいたと思われる生徒たちが吹き飛んでいる。


「えー…、まじか…」







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