第32話 マウントを取ろう! 5
(主人公視点)
「うおっ、ホントに触れる!」「ホントだ。あ、しょっぱい。海の味だ」「おいおい。いきなり口にするなよ。状況もわからないのに」「いや、とても現実とは思えないが、只のまやかしだとも思えない。あなたは原理がわかりますか?」「やはり集団幻覚というわけじゃないんだな」
官僚のトップたちはドームの周囲に沿って広がり、大体が海の中に手を突っ込んで現実かどうかを確かめていた。
このドーム、実に単純なものだ。直径20メートルくらいの半球の結界を張って中の海水と生物を追い出す。中に空気を入れて地面を乾かす。それだけだ。ちょっと面倒なのは結界の設定くらい。ガラスみたいにするとインチキだと疑われそうなので、人間以外の生物だけ通さない仕様にして、結界内側にも水魔法でドームを創った。こうすれば人間は海水を直接触って感じられるし、上からホオジロザメがこんにちは、なんてパニック映画のような事故も起こらない。
景色だけ見ても美しい。遠浅の海底を選んだので光が海底まで届き、それが海水で揺らめき煌くのだ。また、先ほど龍の姿に驚いて逃げていった魚などがちらほら戻ってきていて、遠目に見えるのがまた幻想的でもある。
検証することもあまりない次官たちは、ようやくその光景に気付き、しばらく無言で眺めるのであった。
『どうだ? 中々の景色であろう?』
俺はその中の一団に近づき声をかけた。
「あ、えーと、す、すみません!」
『跪かんでもよい。最初のは様式美だ。我は見下されねば特に思うところはない』
俺の龍人貴族神主姿を見て、何人かが膝を着こうとしたが、それは時間の無駄だと止める。
「あ、あの、何とお呼びしたら……」
『ああ、自己紹介が途中だったな。では、話の続きといこうか』
参加者を再び集め、即席の椅子に座らせた。俺も適当に椅子を作り、ただし、一段高くして彼らに向き合って座る。
『皆の者、海底ドームは堪能できたか? ならば重畳。では話の続きだ。自己紹介であったな。我はカムイ。アイヌ語でそのまま神という意味だ。興味があるならネットで調べよ。我はゴロがいいのでそう名乗ることにしただけだがな。そなたらにはカムイ様と呼ぶことを許そう。ここまでで何か質問はないか?』
ちらほら手が挙がったので右端から指し示す。
「えー、カムイ様、我が国には皇室がございまして、何かご関係は……」
『そなたは、昔で言う宮内省の者か。なるほど、気になるであろうな。苦しゅうない、答えてやろう。この国の皇室が天孫の子孫だということも聞いておる。だが、我には一切関わりない。また、取って代わろうというつもりもない。無意味な心配は身を滅ぼすぞ?』
俺は異世界で神格を得た。それは事実だから、こうして神を名乗ることに恥ずかしさはあっても後ろめたさはない。だが、前世が一般の日本人なので、皇室と聞くと思わず身構えてしまう。今後もなるべく関わらないようにしよう。政治家や役人については、頭では大変な仕事だとわかっているが、こちらでも向こうでも悪い印象しかないので神となった今ではヤクザの親分と変わりがない。
「あの海水はどうして落ちてこないのですか?」
『神の力だ。といっても納得できないだろうな。だが、逆に聞くが、そなたら人間はどうやって手足を動かしているのか。納得のいく答はなかろう? それと同じだ。我は念じることで万物を操ることができる。息を吸うようにな』
この質問は多かった。何とかトリックを暴きたいという考えと、人間の科学技術で再現できないかという考えらしい。
残念ながら、これって魔法なんだよね。がんばって再現してください。いつか叶うでしょう。
「あなたはこの国をどうしようというのですか?」
来た来た、この質問。首相もそうだったけど、一番心配だろうね。
『ふむ。信じるも信じないもそなたら次第だが、答えてやろう。我は神の世界からやって来た。高天原かどうかは我も知らん』
これはウソではない。実際に異世界の光の神々のいるところから地球に帰って来たのだ。
『我が住もうと思えばここのように海の底でも雲の上でもどこでも住める。機会があったら連れて行ってやろう。それはともかく、昔に比べ昨今は人の目がどこかしこにもあるようになった。ここも何かの拍子に発見されるかもしれない。ダイバーが落ちてきたり潜水艦が座礁したりするかもしれない。そして人間は何かと騒ぎ立てる。海底に謎の空間発見、とかな。無論人の子に見つからないようにすることはできる。だが、それではまるで我が人間を恐れて隠れ住んでいるようではないか。我は考え方を改めた。全世界に広く我の存在を知らしめる必要は全く無いが、少なくともこの国の上層部には我の存在を教えておくべきだとな。我の周りで問題が起こったときは冷静に対処してもらいたい。我がそなたらに望むのはそれだけだ。この国を故意にどうこうしようという気はない』
「問題を起こされては困ります。そもそも得体の知れない者の移住など認めるわけにはいきません」
『ほう? 中々強気だな。よろしい。ならば戦争だ。神と人間、どちらが勝つか。負けたほうはこの世から退場だ。なに、そなたらの祖先も蝦夷と呼ばれた者どもを駆逐してこの国を造ったのだ。次はそなたらの番というだけだ。迷わず地獄へ落ちるがよい』
「まあまあ、カムイ様。もう少し時間を頂ければこの者たちも理解できるでしょう」
首相が立ち上がり俺を宥めてきた。顔は笑っているので、俺がネタを織り交ぜていたので冗談だとわかったのだろう。『よろしい。ならば戦争だ』はともかく『迷わず地獄へ落ちるがよい』は有名時代劇だからな。
俺もだが首相もマウントを取りたいらしい。少し任せよう。
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