第29話 俺は会社を辞めるぞー! 7
(主人公視点)
その後の雑談だが、会社を自分で立て直したり新しく作るならどんな会社がいいか、という話になった。まあ、夢である。
「あたし、もっと有給がほしい。もっと取りやすくしてほしい。あの課長、いっつも嫌な顔するんだもん!」
「俺は普通に残業が減ってほしい。当然サビ残はなしだ」
「……極当たり前のことのはずなのに今の会社じゃ鼻で笑われそうなのが世知辛いですね……いや、そういうことじゃなくて、夢の話なんですから、もっと理想を語りましょうよ」
「う~ん、そう言われてもねー」
「そういう三上には理想なんてあるのか?」
「ええ、妄想は得意ですから」
俺は、静也の浅い知識に加え、神の力でサルベージした今まで見聞きした全ての記憶を、これまた神の力で分析、検討した理想論を語ってみた。
といっても昔からある資本主義への批判の焼き直しに過ぎないが。
商店の店主をはじめ、農業で言えば地主、漁業では網元と呼ばれる船の所有者が利益を独り占めにし、労働者である店員、小作人、漁師には小額の手間賃を払って終わりだ。人類が集団生活を送るようになってから当たり前のように存在する制度だが、実は論理的根拠はない。強いて言えば『弱肉強食』だろう。
資本家は『金を出した者が利益を得て当然』というが、例えば建物があるが従業員はいない、畑はあるが農作業する人はいない、船はあるが漁師はいない、などとなれば一体どうやって利益を出すというのか。こんな単純な道理がわからないはずはないのに、資本家は決まって『労働者など代わりはいくらでもいる。クビになりたくなかったら文句を言うな!』というのだ。労働者は一理あると思わされ仕方なく悪条件を呑むのだが、一理どころか全く別次元の回答だ。
それも仕方ないことである。全ての労働者が一致団結できるはずもなく、誰かが抜け駆けして雇われれば皆が続いてしまう。労働者というのは基本金がない。条件が悪くても働かざるを得ないからだ。そこに資本家が付け込むわけだ。
もし本当に労働者が一致団結し、全国規模のストライキを起こせば資本家は堪ったものではない。だから資本家はあの手この手で労働者を懐柔する。上記の『代わりは誰でもいる~』もその一つの例に過ぎない。これが慣習だと、常識だと思わせる、ハッキリ言って洗脳だ。
これは、少数の貴族が多数の平民を従える手段と全く同じである。つまり、資本主義とは名前を変えただけの貴族制度といえよう。
まあ、政治の話は置いておいて、資本主義の話に戻ろう。
株式会社の始まりは、大航海時代だという。
商人たちが資金を出し合い大きな船を造った。船員を雇い、その船で貿易をして莫大な利益を得て、出資した者たちで分け合ったという。一見当たり前のサクセスストーリーに見えるが、船員は納得しているのだろうか? 命懸けで航海しても報酬は商人たちが得た利益の何分の一になるのだろうか。
もし、船乗りたちが商人たちから借金して船を手に入れて、それで貿易すれば利益は全て船乗りたちのものだ。商人には元金と法定利息分を返せばいい。実際この方法で成功した船乗りもいたことだろう。惜しむらくは、その船乗りは資本家になってしまったことだ。
この二つの話でわかることは、資本金といっても借金と変わりがないということだ。
『そういう契約だから』と言い出す輩もいるだろう。だが、それも別の問題だ。最初から労働者にも利のある契約を結べばいい話である。
「……そういう観点から、会社の利益は全て社員のもので、株主には法定利息分だけ配当する会社があってもいいかなって思います」
「……すごいな、お前……」
「三上君、難しいこと考えてるのね」
「いえいえ、ネットなんかによくある話ですよ」
「でもよ、実際無理なんじゃないか?」
「でしょうね。いろんな方面から反発というか攻撃されるでしょうね」
そう、問題は資本家だけではない。上記の労働者の一致団結だが、資本家だけでなく為政者も喜ばないだろう。古くから資本家と為政者は手を結び平民をコントロールして来た。飴と鞭を使って。民主主義になっても政治家は労働者の『票』より資本家の『金』が重要らしい。救われない話だ。
「まあ、労働者が権利を言い出した時点で叩かれる世の中ですからね、初めは資本家と五分五分が平等でいいんじゃないでしょうか。まだ不公平だとは思いますが、俺は別に社会主義ではないので」
「つまり、会社の利益の半分を社員がもらえるってワケか? それでもかなり多いな。そんな会社があたら入社希望者が溢れるぞ?」
「でもでも、逆に株主さんの配当も半分になるんでしょ? 誰も投資しないんじゃ資本金が集まらないんじゃない?」
「ああ、それは短期の投資家、いわゆるデイトレーダーって連中ですね。本来の投資家はちゃんと会社の将来性とかを見て投資するものらしいですよ。資本家風に言えば『投資家などいくらでもいる。配当金がほしかったら文句言うな』って言えたら気持ちいいでしょうね」
「一度は言ってみたいセリフ、か?」
「まあ、夢の話ですから……」
「そっかー。なんか、三上君実現しちゃいそうで、思わず聞き入っちゃったよ」
「ははは……」
そりゃ、神の力をフルに使えば世界規模で常識が変えられるだろう。
だが、俺はこんなことに神の力を振るうつもりはない。
もし前社長が本気で会社をよくしようというつもりがあるのなら、一人の人間、三上静也として草の根運動的に労働者の待遇改善策を広めてやろう。この二人が嚆矢となるはずだ。
「三上さん、点滴代えますよ」
「あ、お願いします」
「あ、もうこんな時間」
「じゃあ、三上、会社で会うことはないかもだが、また連絡する」
「私もー。じゃあね」
「今日はありがとうございました」
こうして雑談は終わった。撒いた種から芽が出るかは神である俺にもわからない。
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