第28話 俺は会社を辞めるぞー! 6
(主人公視点)
「ではまた連絡します」
弁護士さんは警官たちと帰っていった。今日中に警察署や裁判所で手続きをするそうだ。明日は土曜日だからね。
医者も事情聴取に付き合っただけで、そもそも俺は今すぐ死ぬような症状ではないのはわかっているので同じく出て行った。忙しいのにご苦労様です。
「お二人はどうするんですか?」
残ったのは同僚二人。
「どうしよう? お昼もまだまだだし」
「課長がアレだからな。仕事になるかどうかもわからん。山内さんにメールしても早く帰って来いの一点張りだしな。ま、事情聴取が長引いたってことで午後から出社すればいいだろ」
「滝田君、ワルー」
「それなら俺の話を聞いていきませんか? 相談というか、提案というか、とにかく、雑談のつもりで」
「いいわよー? やることないし」
「俺もかまわん。三上とは仕事の話しかしたことなかったしな」
「ありがとうございます。結論からになりますが、ウチの会社、危ないですよ」
「「…………」」
二人は言葉もなかったが驚いた様子もなかった。
俺は話を続ける。
俺が会社を訴えようとしている件は、労働基準法違反、未払い金や慰謝料での民事訴訟、課長のパワハラ、暴行、傷害事件である。
これを会社は阻止しようとするだろうから、要求金額を満額支払えば示談にするつもりがあると弁護士さんには交渉してもらう。
もし会社が金額でごねたら、想定外に手に入ったカード、課長の出番である。課長には理不尽なサービス残業の証言をしてもらうのだ。課長に対する告訴はパワハラと暴行罪と傷害罪。特に傷害罪は量刑が重いらしく、そもそも前科が付くか付かないかで今後の人生が変わってしまう。ドラマの司法取引のように俺に有利な証言をすれば訴えを取り下げると持ちかけるつもりだ。俺にとって課長の人生などどうでもいいことだからな。
会社も裁判沙汰になるよりは大人しく金で済ませるだろうとの弁護士さんの予想である。
「でも、それだったら倒産まではしないんじゃない?」
「ええ、ですが、俺と、少なくとも課長はクビです。社員が減って残った社員の負担が増えますよ?」
「それは……困るな……」
残業が増えることを想像した滝田さんは渋い顔をした。
「それに、俺がサビ残の金を会社から分捕ったって他のサビ残させられてる社員が知ったらどう思いますかね?」
「それは……」
「羨ましいと思うんじゃない?」
「俺はサビ残仲間の社員に弁護士さんを紹介するつもりです」
「おいおい、俺たちを煽る気か?」
「あくまで善意の報告と情報提供ですよ。その結果、集団訴訟になったらおもしろいですよね?」
「おもしろくないんだが……」
「本当に訴訟になったら一発アウトで、示談で済んでも辞める社員は多いでしょうね。噂も広がるでしょうし、急にホワイトな経営ができると思いますか?」
「無理でしょう……」
「派遣やアルバイトって手もありますが、残った役員たちだけで会社が回りますかね?」
「無理だろう……」
「会社も挽回しようとするでしょうから即倒産にはならないでしょうが、株価は下がると思います。そこで、前社長にも伝えたんですが……」
「お前、拾われたっていてたけど、直で話せるコネあったんだ……」
「いえいえ、無理矢理押しかけただけで、コネなんかじゃないですよ。それより、前社長と相談の上でですが、ウチの会社の株価が下がったら、底値で買いませんか?」
「株を買うの?」
「ええ、前社長が会社の建て直しを考えてるなら援護射撃してもいいかもと思いまして。50%になれば今の上層部を一掃できますし」
「それって、俺たちが経営陣に加わるってことか?」
「うそ!? 私が社長になるの!?」
「経営陣になれるかどうかはともかく、株主として意見は言えますよ」
「しかし、俺たち3人じゃ50%なんて……」
「違いますよ。サビ残仲間全員です。一人1%でも10人いれば10%ですよ。あとは株価次第ですね」
「そんなこと考えてたのか……」
「元々は辞めた社員を集めて新しい会社を作る案を考えてたんですよ。ほら、各部門の経験者多数でしょう? 無能な上司がいなくても仕事はすぐできると思ったんですよ」
「えー? そっちの方がよくない?」
「いえ、無能な上司は要りませんが、やっぱりトップは必要です。だったら前社長が会社に未練があるなら乗っ取ったほうが簡単かなと……」
「スゲエな。よく思いつくな。漫画みたいだ」
「ははは。病院のベッドで色々妄想しまして、前社長に会ってピンと来たんですよ」
俺は神になったが全知全能というわけではない。知らないことは知らないままだ。例えれば64ビットのパソコンが一気に最新のスパコンに変わったものの、ソフトやデータは以前のまま、みたいな感じだ。ただ、高機能なのでマルチタスクも高速処理も可能というわけだ。データも100%サルベージできるので、それを利用し今の段階でできる最善の方法を叩き出したのだ。
その後、一人で逃げ出すことに後ろめたさを感じるので、本当は逃げたい人にも道を示してやりたいだけだと説明する。会社乗っ取り云々は単なる思いつきだし、前社長がその気にならなければ意味がない。新会社設立も、誰かが音頭を取って皆の賛同を得なければ絵に描いた餅だと説明すると二人も納得してくれた。
結局問題は、ますますブラックになって、離職者が続出しそうな会社に二人が残るかどうかである。
これは俺が口を挟む問題ではない。
逆恨みはされたくはないな。
その後は他愛もない雑談が、俺の点滴の交換の時間まで続いた。
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