第27話 俺は会社を辞めるぞー! 5
(とある部長視点)
まったく! なぜ俺が尻拭いしなけりゃならん!
課長なら部下の躾けぐらいちゃんとやれよ! だから二課課長から上に上がれないんだ!
部下に暴行? しかも気絶させて救急車を呼ばれた?
取引先に知られたらどうする気だ! 只でさえ業績が落ちていて人件費を抑えることで利益を出しているというのに、仕事自体が減ったら意味がないじゃないか!
それだというのに、あの課長ときたら、何が『高卒に下げる頭はありません』だ! アイツはクビだな。元々新社長のコネで入ってきたヤツだ。部下に仕事を押し付けることしかできない無能だ。社長も『本人が行きたくないのなら仕方がない。向こうも会いたくはないだろう。反発されても困るからな』なんて甘いこと言って。帰ったら絶対クビにするよう進言してやる!
仕方ないからあの無能課長の代わりに一課の課長を連れてきた。謝罪はコイツに任せよう。俺は脅してでも賺してでも被害届を出させないようにしなければ。告訴なんて以ての外だ。
病院の受付では中々病室を教えてもらえなかった。社員証と名刺を出して『社員は子と同じ』なんて前社長時代のクサいモットーで何とか聞き出した。クソ! 子なら親孝行しろよ。親である上司のために死ぬまで働け! 迷惑をかけるんじゃない!
病室は個室だと!? 高卒が何を生意気な!
「部、部長、面会謝絶の札が……出直したほうが……」
「キミも聞いただろう? そもそも救急車自体が大袈裟なんだ。それに我々は身内だ。何の問題があるというのだ? 早く開けたまえ」
「は、はい……」
一課の課長がノックをした。
さっさと開けてしまえばいいものを……どけ! 俺がやる!
「三上! けっ、けいさ……」
俺はドアを開け、ベッドにいるのが問題の社員だろうと呼びかけた。
だが、狭くも広くもない部屋に結構な人数がいることに気付く。そしてその中にいるはずのない、いてはマズイ、制服姿の人間を目にしてしまった。
どうして警官がいるんだ!? まさか、もう通報したのか!?
「困りますね。面会謝絶の字が見えないのですか?」
白衣の、たぶんこの病院の医者が立ち上がって文句をつけてくる。
そんなことより、警察を何とかしなければ。
「そこの三上の上司ですよ。ほら、上司といえば親も同然というじゃありませんか。警察の方もご足労をかけて申し訳ありませんでした。社員同士の悪ふざけです。あとはこちらで処理しますのでどうぞお引取りを」
「勝手なことを言われては困りますな」
また別の男が口を挟んできた。誰だコイツ? 若くもないし、ウチの平社員ではないだろう。病院の職員か? まさか、刑事ではないだろうな?
「何ですか? あなたは。社内のことに口を出してもらいたくはないですな」
「私はこういう者です」
名刺を受け取って愕然とした。
「べ、弁護士……」
「はい。三上氏の依頼を引き受けております。今後はそちらも弁護士を立てていただけますかな? 何かあれば私にご連絡ください。依頼人への直接的な接触は控えていただきたい。それでは、お引取りを」
「ちょ! そんな! たかが一発殴っただけで!」
「……お引き取りを」
警官二人まで俺を睨んで立ち上がったので思わず後ろに下がってしまった。
そしてドアが閉められた。
「……何でだ?」
「部長?」
「何で、こうなる! 戻るぞ! 対策を取らねば!」
「はっ、はい!」
クソッ! たかが一発殴ったぐらいで! 本気で訴訟を起こすつもりか!? 訴えられるのはあの無能だが、俺の部下だというのがマズイ! 会社にとってもイメージダウンだ! 何とかしなければ……
(主人公視点)
「……なにやら喚いていましたが、帰ったようです」
「すみません、お手数をかけました」
一応まだ俺の上司らしいし、会社の恥を晒したようなものだ。同僚二人も何ともいえない表情だ。
実は神の力であのタイミングで部長が来ることはわかっていたので、他の人たちには続き部屋(特別なのか、トイレや風呂も付いている豪華な病室を貸してくれた)に隠れてもらって、部長の理不尽な対応を撮影してもらおうとも考えたが、俺の最大の目的は未払いの残業代と慰謝料をもらうことだ。課長の暴行事件というカードが手に入ったのでこれ以上は手間が増えるだけだと判断し、追い返すだけに留めたのだ。
「……色々大変そうですが、もう一度確認させてください。訴えますか?」
警官が具体的なことは言わずとも同情してくれた。そして本題に入る。
その後弁護士さんが説明してくれたが、通報があったから事情を聞きに来ただけで、訴えるかどうかは被害者次第だそうだ。軽微な犯罪は大体そうらしい。警察も忙しいからね。
訴えるのは被害届と刑事告訴で違うらしい。
被害届だけだと、軽微な犯罪の場合捜査はされないという。記録に残るだけらしい。
一方告訴は被害者本人やその家族、親族が訴えることができるそうで、受理されると捜査が始まるという。ちなみに告訴ではなく告発というシステムもあって、上記の告訴できる要件者以外が訴えを出すことができる。色々条件があって親告罪というのを除き、例えばドラマで『上司が横領しているんだ!』などと内部告発もその一つだ。
今回、最悪労働基準法違反で訴えるつもりなので当事者の俺はどちらにもなりうる。勿論課長の件は告訴だ。
「……一昨日倒れた時、母のことを思い出しました。生きるためなら何でも利用しろって言う人でした……」
俺は、不幸自慢になりそうだったが、軽く自分語りをした。神の力ではなく話術で同情を引こうという作戦だ。母の真似でもある。
母が一人で俺を産んで育てたこと。再婚して歳の離れた妹ができたこと。その両親が事故で亡くなったこと。妹を一人で育てると決心したこと。前社長に拾ってもらったこと。そしていつの間にか会社がブラックになっていたこと。などである。
弁護士の先生は既に教えていたが、他の、病院の先生や、同僚二人、警官たちは神妙に俺の話を聞いてくれたようだ。
「その時同時に思ったんです。俺はなんて視野が狭かったんだろうって。このままじゃまた倒れて死んでしまう。妹を一人残して……だから、俺は訴えます」
「……わかりました」
三上静也。反撃に出ます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます