第24話 俺は会社を辞めるぞー! 2



(主人公視点)


「キャッ!」


 女性社員が、俺がパワハラ課長に殴られた瞬間を目撃し、悲鳴を上げた。

 そりゃそうだ。ここは一般的(?)なオフィスであり、ボクシングや空手の試合場じゃない。しかも俺こと三上静也はヒョロガリで、パワハラ課長の腰の入っていないパンチでも一発で吹っ飛んで近くのデスクにぶつかってそのまま倒れたのだ。さぞ迫力があっただろう。


 ただ、妹に誓って言うが、俺は魔法や神の力で課長を操ったりしてはいない。

 異世界の神々じゃないけど、越えちゃいけない一線はあると思う。例えばエサを撒いて唆すのはOKだけど、魔法で思考や身体を操って悪事をさせるのはNGみたいな。逆に悪人を魔法で改心させて善人にしようとも思わない。だって、悪人は悪人のまま裁かれてほしいじゃない。

 手を出すとすれば、善人が追い詰められて自殺や犯罪を犯しそうになってるところを見ちゃったら、かな? そういう人って視野が極端に狭くなってるだけだからね。それを広げてやって、希望はまだあるとか、方法はいろいろあるとか思わせればいい。


 あとは、場が膠着状態になってしまい、動きたいのに動けなくなった場合。ちょっとだけ彼らの背中を押してやろう。正に今がその状況だ。


「かっ、課長! 何やってるんですか!」


 ほら、動き出した。





(とある男性社員)


 俺はうだつの上がらない社畜だ。年下で先輩の三上ってヤツとよく残業させられている。一緒に飲みに行く暇もないからよくは知らないが。


 その三上が出社したばかりの課長にいつものように呼び出された。

 だが、今日は何か反論でもしたのか、課長の怒鳴り声がヒートアップしている。


 あ、出て行こうとした三上を課長が追いかけた。

 あっ! 殴った!?

 三上が吹っ飛んで倒れた!

 血!? 鼻血か! どこか切れたのか!?


 ど、どうしたらいいんだ!?

 課長も自分で殴っておいて唖然としてるし、三上は倒れたまま動かないし。まさかまた息が止まったってことはないよな?


 どうして誰も何も言わないんだ! 会社の仲間が殴られたんだぞ!?

 このままじゃ今度こそ三上が死ぬかもしれないのに!


 って、そうか! 俺が声を上げればいいんだ!


「かっ、課長! 何やってるんですか!」


「あ? な、何を言っている! 俺はちょっと小突いただけだ! それを大袈裟に倒れやがって! おい、三上! いつまで寝てる! 起きろ! おい、滝田、その馬鹿を叩き起こせ」


「どう見ても気絶してるじゃないですか! 血まで出てるんですよ!」


「知るか! 殴ってでも起こせ! いや、水をぶっ掛けろ!」


「一昨日も倒れたばかりなんですよ!? 死んだらどうするんですか! 誰か! 救急車だ! 救急車を呼んでくれ!」


「ば、バカモノ! 呼ぶんじゃないぞ! 呼んだやつは首だからな!」


「……付き合っちゃいられねー。俺が呼ぶ。首にしたけりゃしろ!」


「ま、待て!」


 俺が受話器を持ち上げたら、課長は、今度は俺に掴みかかって来た。電話の本体に手を置いて邪魔してるつもりか。スマホだってあるんだぞ?

 俺は空いてる手でスマホを操作し、119に通報した。


『はい、消防です。どうされました?』


「同僚が殴られて意識がありません」


「やめろー! わー! わー! なんでもないー! 間違い電話だー!」


「……ちょっと代わります。瀬崎さん、代わりに頼みます」


 課長、必死になって電話の邪魔してくる。ガキみてえだな。

 俺は近くにいた先輩社員にスマホを渡した。

 課長が今度はスマホを取り上げようとしてくるので、逆に俺が邪魔してやる。

 本気で殴ってやりたいが、そこは我慢だ。


 待ってろ、三上。もうすぐ救急車が来るからな。




(とある女性社員)


 ガシッ。ドン。


「キャッ」


 うそ!? ここ会社よ!? どうして三上君が課長に殴られてるの? 

 三上君は6年目の先輩。でも私より一つ年下なので君付けでいいらしい。何故か仕事も雑用ばかりやらされているし。ヒョロヒョロで顔色が悪いのがデフォルト。いつか倒れるんじゃないかって思ってたら、どうやら一昨日の残業中にとうとう倒れたらしい。昨日は来なかった。このまま会社辞めちゃうのかなって思ってたら、昨日の今日で元気に出社して来た。大丈夫かしら? 顔色は悪いままだけど。


 そんな三上君がよくわからないうちに課長に殴られて倒れた。

 あっ、倒れた弾みでスマホが私の近くに転がってきた。

 壊れてないかしら?

 気になって拾い上げると、録画モードになってるじゃない。


 私はピンと来た。三上君、辞表とか有給とか言ってたから課長に暴言吐かれると予想してたのね? その証拠を押さえようとしてたんじゃないかしら。


 よし、ここはお姉さんが一肌脱いであげよう。三上君も殴られるとは流石に思ってなかっただろうし、課長の暴言は私が代わりに撮ってあげる。ドナリン課長嫌いだし。


 わ、同期の滝田君、課長に突っかかった。勇気あるなあ。確か三上君とは残業仲間だっけ。いくら課長がクズでも女性に長時間の残業はさせないから、三上君たちに皺寄せがいくんだよね。


 えー? 水かけろって、正気かしら? 昭和のスポコンじゃないのよ!? サイテーね。


 あ、救急車? 忘れてた。でも私はバレないように撮影するのに忙しいの。

 うわー、信じらんない!? 救急車呼ぶの邪魔するの!? 人として終わってるんじゃないの!?


 しばらく課長が騒いで滝田君が反論するってのを繰返して、隣の課からも皆覗きに来て、偉そうな人が来たら課長が必死に言い訳して、そんな騒ぎの中とうとうサイレンの音が聞こえてきた。


「救急です。要救助者はどちらですか?」


「こっちです!」


「お、終わった……」


 滝田君が三上君のところに救急隊員を案内した。

 課長は呆然としていた。いい気味よ。これがザマァってヤツかしら。


「事情を聞きたいので、誰か同行してくれますか?」


「「はい、私が行きます!」」


 私と滝田君の声がピタリとハモッた。なんで?

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