第23話 俺は会社を辞めるぞー!
(主人公視点)
妹との久しぶりの、俺の体感で35年程ぶりの外食した次の日。
奈津美に不安を覚えさせないために、かつてのルーチンどおり行動する。
奈津美を起こし着替えさせ、学校の用意をさせる。その間俺は奈津美の朝食の準備をする。全ての用意が整ったことを確認したら、奈津美が朝食を食べ始める前に俺は出勤だ。
「じゃあ、奈津美、行ってきます。今日も遅くなるから留守番頼むな」
「はーい。わかったー。お兄ちゃん、いってらしゃーい」
奈津美ももう小学三年生。まだ料理なんかはさせられないが、電子レンジやお風呂は一人で使えるようになった。戸締りも、隣に住む大家さんが気にかけてくれているので任せられる。
世の中のシングルマザーさんたちも苦労してるんだろうな……
さて、後ろ髪引かれる思いで向かうのは、勿論今勤めている会社だ。
昨日は入院という名目でサボったが、いつまでもズルズルと現状のままではいられない。ハッキリとけりをつけなければ。折りしも今日は金曜日。決戦の日だ。
弁護士さんには早朝からで悪いが、昨日相談したとおり連絡してある。何か問題が起きたらすぐに人を遣してくれるそうだ。
実は代理で辞表を出すというサービスもあり、後は弁護士さん任せという方法もあるが、前社長時代に世話になったのは間違いないので、円満に退職できて今までの未払いの残業代を払ってくれるというのなら大事にするつもりはないのだ。俺が辞めても残るという同僚たちは自己責任で。
第一関門はパワハラ課長である。コイツは社長が代わってから昇進した人間で、微塵たりとも世話になった覚えはない。高卒の俺を見下して仕事を押し付ける輩だ。コイツが辞表を受理してくれればいいんだが……
「おはようございます」
「お、おう、三上。身体はもう大丈夫なのか?」
パワハラ課長はまだ来ておらず、課内の雰囲気もまだ悪くない。俺が倒れた時に一緒に残業していた同僚が気遣ってもくれる。同じ社畜仲間だ。
「ええ。おかげさまで。昨日病院で点滴を打ってもらって、それからゆっくり休ませてもらったので何とか」
ウソは言っていない。朝まで病院にいて、それからゆっくり、会社を休んだのだ。
「そうか。だが、無理するなよ」
「はい。ですが、この有様じゃ、また倒れるかもしれませんね。ははは」
俺の机の上には紙の資料が山と積まれていた。これを整理しろというパワハラ課長の手配なのだろう。データ化されている内容をわざわざ紙に写してまですることか? パソコン苦手、紙媒体大好きな上層部に対する忖度か?
以前の、心の余裕がなかった静也だった時は疑問を持つことさえ許されなかったが、今は単なる資源と時間の無駄遣いとしか考えられない。これではまるで、穴を掘っては埋めるという、囚人への嫌がらせのようではないか。経費削減の方法を間違ってるとしか言いようがない。リストラとサービス残業が効率的だと本気で思っているのか?
まあいい。もうしばらくだけ茶番につきあってやろう。まずは胸ポケットのスマホを撮影モードにして角度調整だ。
盗撮にあらず。ドラレコと同じ、自己防衛手段だ。
神の力は使わず、以前と同じペースで資料を整理していると、規定の出勤時間を大幅に遅れて問題の課長がやってきた。
「三上! お前、なぜ勝手にサボった!」
席につくと俺がいることに気付いて、社会人の基本である挨拶もなくいきなり怒鳴ってきた。
なぜって、キサマのパワハラのせいで倒れたのだが? 何か?
普段から言動に問題のある課長だが、神の目で見ても呪いがかけられている様子はない。ちなみに会社全体にも呪いはなかった。ということは、呪いはピンポイントで三上静也にかけられていたということになる。うーむ、一体何者が……
ともかく、課長の悪態度は呪いのせいではなく、素のままということだ。それなら心置きなく対応できるというもの。
以前の俺なら平謝り一択だったろうが、今の俺はニュー静也だ。
「ああ、課長、おはようございます。今日もお早い出勤ですね」
「てっ、てめえ! コッチ来い!」
俺が丁寧に挨拶したというのに、課内がざわりとして、課長には呼びつけられた。解せぬ(ウソ)。
「何でしょう? ちょうど私も用事があるのですが」
「その態度は何だ! これだから高卒はダメなんだ! 上司に対する礼儀がなってない! 何年俺が指導してやったと思ってる! お前は俺の言う通り仕事すればいいんだ!」
この『高卒だから~』から始まるアリガタイ説教だか指導は平均30分は続く。それを一日で何度もされては仕事をする暇がない。それでいてノルマがどうのと叱られ、サビ残させられるのが今までの三上静也の会社での立場だった。
「あの、お話の途中ですが、こちらを受理してください」
ニュー∑ならぬニュー静也な俺はパワハラ課長のたわごとをバッサリと遮り、昨日準備しておいた辞表と有給申請書を突き出した。
「何だ! 上司のありがたい話を遮るんじゃない!」
「何だと言われましても、見ての通り辞表と有給願いですが、何か?」
「口答えするんじゃない! ふん! こんなもの!」
パワハラ課長は書類を引っ手繰るとよく見もしないでグシャリと握りつぶしゴミ箱に投げ捨てた。
「何が有給だ! お前のような高卒の使えんヤツに許されるわけがないだろうが! 立場を考えろ! 立場をよぉ!」
「一応受け取っていただいたようなので、これで失礼します。他にも回らないとならないところがありますので」
「ああーん? 勝手にどこ行くつもりだ! まだ話は終わっちゃいないぞ!」
「え? 経理課ですが?」
「お前が経理課に何の用だよ!」
「嫌ですね、そんなのこれまで未払いだった残業代の請求に決まってるじゃありませんか。じゃあ、急ぐので」
「なっ!? おっ、おい! 待てや!」
俺がデスクではなくドアのほうへ向かうと、課長は慌てて追いかけてきた。そして前に回り込んで通せん坊する。子供か。
「何ですか? そこを退いてくれませんかね? 予定が詰まってますので。ああ、そういえば、パワハラの告発はどこの課ですればいいかご存知ですか?」
ガシッ。
殴られた。
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