第21話 久しぶりの・・・ 3
(主人公視点)
前社長宅への訪問は昼食時を避け、昼下がりにお邪魔したが、気が付けば3時を過ぎていた。
訪問の目的は、以前世話になったことへのお礼と、会社を辞めることの不義理の謝罪、そして今後起きるだろう会社との揉め事についての注意喚起だったが、最後の方は前社長は、分霊1号の俺より顔色を悪くして口数も減っていた。
まあ、昔社長をしていた会社が倒産する可能性があると聞かされて気にならないはずがない。
もし無関係を貫くなら、一株主として見守っていけばいいだろうし、会社を立て直したければがんばってもらいたい。どちらにしろ俺は戻るつもりはない。
これで俺の生前の心残りの一つは果たせたと思う。
気持ちを切り替えて妹との久しぶりのお出かけを楽しむことにしよう!
「ただいま!」
「お兄ちゃん! おかえり! ホントに早く帰ってきた!」
「ウソじゃなかっただろ? 奈津美もいつも留守番ご苦労様。さあ、着替えたら美味しいものでも食べに行こう」
「うん!」
妹は飛び切りの笑顔で頷いた。
俺が、分霊1号の三上静也がアパートに戻ったのは午後5時半ごろ。世間で言う8時5時に合わせての帰宅だ。今時は超ホワイトな職場か、アルバイト、パートタイマーさんくらいしか通用しない概念かもしれない。
前社長宅を辞した後は、本体では秘密の閣議に参加したりしていたが、静也の姿では転職雑誌を買ったり、ネットカフェで時間を潰したりしてタイミングを計った。これも妹やアパートの大家さんに心配をかけないためである。
用意ができて家を出たが、まず訪れたのはその大家さん宅だ。実は事前に電話で今日は妹の晩御飯は用意しなくてもいいと連絡してあるのだ。虐待を疑われても困るので、早く帰れたことを伝えに、ついでに日頃お世話になっていることへの感謝を伝えに来たのだ。勿論手土産は忘れない。小袋に入ったお菓子なので、きっと心優しい大家さんは奈津美に少しずつ食べさせてくれるだろうという下心もある。
「あらー。珍しい。お早いお帰りで。奈津美ちゃん、よかったわねぇ?」
大家さんといっても、正確にはそこの奥さんだ。死んだ母に何となく性格が似ている気がする。
「うん!」
「はは、お恥ずかしい。明日からはまた残業が続くと思うので、ご迷惑でしょうが、奈津美の食事のほう、お願いします」
「ちゃんと食費はもらってるからね。心配しなくていいよ。それより、早くお嫁さんもらったらどうだい? 共稼ぎなら少しは余裕が出るんじゃないかい?」
「お兄ちゃん、お嫁さんもらうの!?」
「奈津美は心配しなくていいから。それじゃ、大家さん、俺たちはこれで」
俺は奈津美の手を引いて、大家さんの追及から逃げ出した。
神になった俺だが、実は童帝陛下でもある。在位すること通算60年だ。ハッキリ言ってこの手の話題は苦手だ。少なくても奈津美が高校を卒業するまでは余所見はしたくない。
モテない言い訳じゃないぞ。勇者時代は静也だった人生より10年も長く、殺伐とした日々で心は死んでいた。しかもいつの間にか神になっていた。どちらが原因かわからないし、両方とも原因かもしれないが、子孫を残そうという本能がなくなったのだろう。女性を見てもピクリとも心が動かない。もし世間体のために結婚なんてすれば偽装結婚と同じだし、相手にも失礼だ。
もし俺が恋愛するとすれば、相手は俺と同じく神格の持ち主なんじゃないかと思う。地球に戻ってきてから本物の神にはあったことはないが、実際に異世界にいたのだから地球にもいる可能性が高い。神界らしき空間はあったしな。まあ、寿命があるかどうかわからない存在になったんだ。運命の神に祈っておこう。神が神に祈っても効果があるのだろうか?
「お兄ちゃん、お嫁さん、ほしくないの?」
大家さんの家が見えなくなったところで足を一旦止めて気を取り直そうとしたが、奈津美が話を戻してしまった。くっ、如何に俺が神サマでもこの年頃の幼女の興味がどこにあるかは分からない。
「奈津美がもうちょっと大きくなってからだな」
「もう三年生だよ! 奈津美、こじゅーとになりたい!」
「ど、どこでそんな言葉聞いたんだ!?」
「この前おばあちゃんが来た時。お兄ちゃんがお嫁さんもらったら奈津美はこじゅーとだねって言ってた」
「ばあちゃん、子供に何教えてんだよ……間違いじゃないのがムカつく……な、奈津美、その話は今度婆ちゃんが来た時にしような。それよりほら、腹減ったろ? 何食べたい?」
「んーと、ホットケーキ!」
「あー、ホットケーキかぁ。美味いよな、アレ」
晩御飯に食べるものではないが、せっかく妹がリクエストしたのだ。否定するわけには行かない。栄養が偏る? それこそ神の力でカバーすればいい。
「それって、俺が作ったヤツか? それともお店のヤツか?」
「お兄ちゃんが作ったの!」
くぅ~、泣かせてくれる。
妹が幼稚園の頃までは定期的に休めたので日曜はよく作ってやったものだ。会社がブラックになってからでも、本当にたまには作ってやってるんだけどなあ。素人でも簡単にできるし。
「じゃあ、それは家に帰ってからのデザートにしよう。その前に、他に何が食べたい?」
「うーんと、うーんと、わかんない! エヘヘ」
「そっか、わかんないか。じゃあ、ファミレスでいっか。メニュー見て決めよう」
「うん!」
別に料理人の修行させるわけじゃないから、高級な店に行く必要はない。目移りするぐらいメニューが豊富なほうが子供にとっては楽しいだろう。
俺と奈津美は手を繋いで他愛もない話をしながら目的の店まで歩いた。
その間、一度も職質されなかったのは日頃の行いのおかげか。
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