第20話 久しぶりの・・・ 2



(主人公視点)


「さて、懐かしい話だったが、本題はそれではないのだろう?」


 再び前社長の雰囲気が変わる。こんどは戦いに挑む武人のような表情だ。


「はい。ですが今日私は会社に言われてここを訪れたのではないと明言しておきます」


「ふむ。では何しにここへ? 勤務時間中ではないのかね? フレックス制は役員以外廃止になったと聞いているが」


「ええ、そうですね。前社長がいらっしゃった頃は、社長のお口添えで最低限の妹の世話ができました。本当に感謝しております。でも、社長がお辞めになったあと、その幸運の反動か勤務時間が激増しまして、碌に有給も取れず、お恥ずかしながら昨夜倒れて救急車で運ばれてしまいました」


「今のあの会社の体質は耳にしていたが、それほどまでだったか……それで、身体は大丈夫なのか? まだ若いのに痩せているし、顔色も悪いとは思ってたんだが」


「一晩入院して、点滴も打ってもらいましたから大丈夫です。病院の方は入院を勧めてましたが、準備があるからと言い訳して抜け出してきました。妹に心配をかけるわけにもいかないので」


「それは大丈夫とは言わんだろう。無理してまた倒れたら今度はどうなるかわからんぞ。妹さんのことを考えるなら入院した方がいい」


 前社長は本気で俺のことを心配しているようだった。それがうれしい俺と、実は神なので死なないとは言い出せず、騙しているようで罪悪感を感じる俺、二つの感情が交じり合っている。


「お気遣い、感謝いたします。私も、一晩病院で考えさせられました。私がいまだあの会社に残っているのは、社長への恩返しを言い訳にして只単に辞める勇気がなかったのではと。薄々思っていたことを自分が倒れるまで気付かないフリをしていたんだと後悔しました」


「恩返しなど、私は社員が気持ちよく働けるように調整するのが上に立つ者の務めだと考えているだけだよ。そのほうが社員のパフォーマンスも上がって会社としてもメリットがある話だ。一方的に施しているわけじゃない」


「はい。承知しているつもりです。妹が小学校に上がることになって、送り迎えする必要がなくなり、手も掛からなくなってきたので、これからはもっと会社に貢献することができると意気込んでいた矢先の交代劇でした。当時の先輩たちも敏感に感じ取っていたようで、あっさりと辞めていきましたし。私は妹を抱えたまま無職になるのが恐くて残留してしまいましたが……」


「わかってくれる社員がいたのは喜ばしいことだ。だが、それがわからん者どももいるのだ。アレたちは社員をもっと働かせろとうるさかった。私も歳だったからね、それを理由にして退陣させられたよ。キミたちにはすまないことをしたね」


「いえ、とんでもありません。社長のおかげで私と妹は生きてこられたといっても差し支えありません。恩人に恨み言を言いに来たのではありませんから」


「そうか。そこまで思っていてくれるのか。いや、こちらこそありがとう。だが、話は戻るが、三上君はなぜここへ? 病院を抜け出すほどのわけがあるのかい?」


「それは、ご相談といいますか、どちらかというと仁義を切りに、でしょうか。自分なりにケジメを付けたかったのです。その前にお聞きしますが、社長は、いえ、長峰様は今の○○商事と何か関係がお有りになりますか?」


「いや、株はいくらか所持しているが、関係は完全に切れたな」


「そうですか。少し安心しました。長峰様、私の身体のことはお話したとおりです。退職する決心は付きました。その後入院するか自宅療養するかは決めてませんが、そのためには先立つモノが必要です」


「そうだろうな」


「いえ、前社長に無心しに来たわけではないのです」


「わかっておるよ」


「私は、会社を訴えます」


 俺は今日ここを訪ねてきた本題を、恩人に対して心苦しかったが、ハッキリと突きつけた。

 前社長はしばらく無言の後、重そうに口を開く。


「……そうか……手から離れたが、愛着がある。思い出もたくさんあるんだがな。社員に訴えられるまでに堕ちてしまったのか……」


「すみません。私も、生きていくためには仕方なく……」


「……勝てるとは限らないが、勝算はあるのかね? 負けると悲惨な目に遭うんだよ?」


「実は、こちらへお邪魔する前に弁護士事務所を訪ねてきました。裁判を起こさなくても示談で十分賠償金が取れるケースだそうです。私も殊更裁判沙汰にしたいわけではないので、会社の対応次第ですね」


「キミは……そこまで準備してここへやってきたのか……わかった。もう何も言うまい。キミの思うようにしなさい」


「こんなことになって申し訳ありませんでした。ですがもう一つだけ、恩返しになるかわかりませんが、株を持っていらっしゃるなら、今後の株の値動きにご注意ください」


「ん? 確かに裁判沙汰は体裁が悪いが、そこまで影響すると思っているのかね?」


「はい。平社員の言葉がインサイダーになるとは思えませんので申し上げますが、私が辞職すると只でさえ人手不足なのに更に残った社員に負担がかかります。心苦しいので今日知り合った弁護士事務所を同僚たちに紹介するつもりです。私一人でも裁判ででも何でも戦うつもりなので、扇動する気はありませんが、集団で訴えれば費用も安くなると教えてあげるつもりです」


「そんなことをしたら社員たちが……」


「ええ。もし私以外にも辞める者が出たら、あとは雪崩のように続出するでしょうね。役員だけでどこまで会社が回せるか、見物ですね」


「キミは、どうしてそこまで……いや、そうさせた会社が悪いのか……」


「いえ、残された同僚が不憫だと思ったのは本当です。他意はありませんよ。それより社長、株価が下がる前に手放すのもアリですが、底値で買い漁って社長が乗り込んで会社を立て直すというのも面白そうじゃありませんか?」


「……」


 神の力は使わない。だが、神の力を持っているというだけで途轍もなく心強い。俺は強気に出られる一方、人間は弱い生き物だと改めて思った。


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