第19話 久しぶりの・・・



 時間は少し遡って、首相がスケジュール調整に奔走している頃……


(主人公視点)


 いやぁ、来てよかった弁護士事務所。

 今時はネットで何でも調べられるんだろうけど、プロに相談するとピンポイントで必要なことを教えてもらえるから悩まなくて済む。お金は取られたけど……

 出退勤時間のノートを見せた時は呆れた顔をされたけど、それは俺に対してじゃなく今の会社に対してだった。若干、ずっとあんなブラックな会社にしがみ付いていた俺のことも呆れていた感じがするが。昨日の病院の簡易検査報告書も見せたらその態度が強くなってたからな。もっと早く相談しに来いよと。

 そのおかげか、もし法廷で争う時は前金なしの成功報酬でいいって言ってくれた。ノートや診断書があるから、まず間違いなく勝てるだろうって。取りっぱぐれがない美味しい仕事だそうだ。


 あと、辞表を出すタイミングや労災の申請の仕方とか、辞めてからの失業保険の手続きの仕方なんかも詳しく教えてもらった。

 いい弁護士事務所だ。用がないのに越したことはないけど、今後お世話になる確率は高そうだ。


 これから尋ねるところも、その確率に関わってくると思う。


 とある住宅地の平凡な一軒家。

 俺はインターホンを押す。


『はい、どちら様でしょう?』


「突然の訪問で申し訳ありません。わたくし、○○商事の三上と申します。前社長でいらっしゃった長峰様はご在宅でしょうか?」


 そう、ここは俺が一方ならずお世話になった前社長の自宅だ。社長を降りてから隠居状態だというのは風の噂で聞いていた。もちろん住所なんかは神の力でちょいちょいと調べた。自重はしない。


『……少々お待ちください』


 インターホンに出たのは女性だった。奥さんか、娘さんか、それともお手伝いさん?


 しばらくして玄関の扉が開かれる。

 現れたのは年配の女性だった。たぶん奥さんなんだろう。


「主人がお会いすると申しております。どうぞ」


「お邪魔いたします」


 前社長は今はどこの企業とも関わりを持っていないはずなので、飛び込みの訪問でも会社名を出せば会ってくれると踏んでいたが、最悪魔法で意識誘導しようと考えていたので、予想が当たってよかった。

 案内されたのは洋間の応接室だろう部屋。勿論俺が入った時は誰もいなかった。


「主人はもうすぐ参りますのでお掛けになってお待ちください」


「はい、ありがとうございます」


 そう言って奥さんは出て行った。

 俺はソファーに、下座に座って待つ。立ったまま待つのがマナーって人もいるけど、この辺は茶道なんかの流派と同じで、周りを不愉快にさせなければどちらでもいいと思っている。まあ、マナーにうるさい人もいるので、営業職なんかは相手方の好みをリサーチしておいて向こうの流儀に合わせるっていうスキルも必要らしいが。利害が絡まないなら、お互い大人なんだから流儀が違うだけで不機嫌さを態度に出すのは悪手だとわかるだろう。ほら、マナー違反をその場で指摘するのが最大のマナー違反だっていうじゃないか。

 この辺のことは社会人一年目で色々叩き込まれた。パワハラじゃなくてまともな指導だった。異世界を含めれば30……40年近い昔のことだ。神の完全記憶再生術がなくても印象的なことはまだ覚えている。懐かしいな。


 俺が昔のことを考えていると、ノックの音が聞こえ、すぐにドアが開いた。ああ、この作法も、見方によってはマナー違反だが、逆に客に余計な負担をかけさせないための気遣いとも取れる。

 つい先ほどまでマナーについて考えていたので、変な分析をしてしまったな。


 入ってきたのは見た目にも高齢とわかる男性と先ほど案内してくれた女性。男性は、記憶より大分老けているが、間違いなく前社長だった。

 俺はすかさず立ち上がりお辞儀をする。こちらからはまだ話しかけない。

 奥さんはお茶を用意すると部屋を出て行った。


「君が○○商事の人間かね? 随分と若いのを寄越したな。まあ、話ぐらいは聞いてやるから、座りたまえ」


 前社長の口調は固く冷たいものだった。社長の交代は円満なものではなかったと聞いているのでウチの会社に思うところがあるのだろう。


 俺は身体を起こし、前社長が対面に座るのを見届けてから改めてソファーに座った。

 前社長は俺が顔を上げた時、何故かじっと見つめてきた。


「あの、これはつまらないものですが、ご笑納ください。個人的なお礼です」


 最低限の礼儀として手土産を渡す。コンビニで売っている安いギフトセットだ。身の丈に合わせるとこんなものだ。


「ありがたく受け取っておこう。しかし、お礼とは何だね?」


「はい、これ、私の名刺です。三上と申します。以前は大変お世話になりました」


「三上……ああ! あの高校生か! 見覚えがあると思った!」


「覚えていらっしゃるのですか?」


「勿論だ。小さな妹の送り迎えがしたいなんて面接で聞いたのは初めてだったからね」


 前社長は先ほどとは打って変わって表情も声も和らいだものになっていた。


「その節は本当にお世話になりまして……」


「その妹さんは?」


「おかげさまで無事に卒園しまして、今は小学生、今年3年生になりました」


「もうそんなに大きく……時間が経つのは早いねえ……」


「はい。あの時面接していたのが社長だと聞いてびっくりしたのが懐かしいです」


「ははは。実はね、キミの学校の教頭とは知り合いなんだ。是非とも生徒を頼むと言われてね。キミのことも聞かせてもらっていた。卒業前にご両親を一度に亡くされて小さな子供を抱えているとね。気になって面接に加わったんだが、まさかあんなストレートに要求をされるとは思わなかったよ。私もビックリだ。お相子だね」


「恐縮です……そうですか、教頭先生が……担任の先生にもご迷惑をかけましたし、いろんな人にお世話になってたんですね……」


 世の中を呪いたくなった時もあったが、この世界も捨てたもんじゃないと改めて思った。

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