第9話 とあるエピローグ。か~ら~のプロローグ8



(主人公視点)


『マジでヤベー会社じゃん。辞められない俺、最低だな』


「う~~ん……おにいちゃん……」


 メモを確かめながら客観的に考察していると、俺の声が聞こえているわけではないだろうが、寝返りを打ちながら妹の奈津美が寝言で俺のことを呼んだ。


『待ってろよ、奈津美。お兄ちゃんは朝には帰ってくる。これからはずっと一緒だからな』


 聞こえないとわかっているが、俺はそう妹に告げた。


 異世界で記憶が戻った時、勇者という名目で国や教会に飼われていると気付いた。その点に関してはショックはそれほど大きくなかったと思う。

 一番のショックは妹を一人残してきたことだった。絶望した。もうどうでもよかった。だから勇者という肩書きで調子に乗ることもなく、戦い続けられたのだと思う。皮肉なものだ。


 だが、結果的に神となってしまった後、実質追放されると聞いた時にはじめて歓喜した。これで地球へ帰れると。

 最悪人間として生き返らなくてもいい。妹さえ幸せになれるのなら。神がバックについているのだ。これで幸せになれなかったらウソだ。それこそ俺は邪神になって暴れてやろう。


 だが、タイミングよく前世の俺を生き返らせることができて、改めて思う。神の力などなくてもいい。妹に、奈津美に必要なのは家族の温もりなのだ。神の力はそれを実現させるために使おう。


『さて、分霊は……検査が終わって点滴中か。ま、こんな時間に帰ってもアレだからな。ふむ、入院は一度帰宅して調子をみてからと。うん、いい判断だ。こっちは診断書さえ手に入ればいいんだからな』


 分霊もいい仕事をしている。本体の俺はどうするべきか。


 実は異世界でも地球に帰ることばかり考えていて、その他は無計画だった。

 今考えているのは、一つ、分霊には当然仕事を辞めさせ、在宅の仕事をさせる。金なら宝くじでも株でも楽勝だ。まあ、奈津美が大学を出るまでのことだ。そこそこの収入に抑えておけば怪しまれることもないだろう。デメリットは奈津美にニートと思われないかということと、対外的にも無職ということになってしまうことだな。妹に恥をかかせることにもなりかねない。


 二つ目は、分霊は再就職させ、家には本体の俺が実体化して常駐し妹の面倒を見るパターン。だが、奈津美も10歳。兄が二人になったとすぐ気付くだろう。そうなると俺が異世界転生したことや神になったことまでカミングアウトしなければならなくなる。きっと歓んでもらえるはずだ。だが、そのうち、奈津美に悪気がなくとも俺のことを周りに話してしまう気がする。そうなって狙われるのは弱い奈津美だ。勿論無傷で守る自信はあるが、平穏な生活は望めない。


 三つ目。一つ目と二つ目もそうだが、唯一の家族である奈津美にいつまでも隠し事はできない。いずれカミングアウトすべきだろうが、そうするといつかは世間にもバレてしまいそうだ。そうなると有象無象が集ってくる未来しか見えない。ならばいっそのこと本体の存在を世間に周知させてしまって、三上家と無関係であるように振舞うのはどうか。異世界帰りの勇者は権力者の格好の獲物だが、神の力を振りまいているバケモノに手を出そうと考える者は比較的少ないだろう(皆無とは言ってない)。


 よし! その方向で行こう! 俺は成り上がりだが神だからな。畏れられてナンボだ。舐められないように初手からガツンとかましてやろう。

 となると、三上静也としての仕事が問題だ。できれば世間様に顔向けできて、それでいて妹との時間を充分取れる仕事……ダメだ! 思いつかん! それはそうだ。俺は神といっても新米な上に、分類的には戦神の類だと思う。神の力は使えるが知識も知恵も人並みなんだよ。その上仕事の経験は社畜と戦闘マシーンだったことしかない。


 おっと、妹の寝顔を見ていたらつい焦ってしまった。すでに危機は去ったのだ。ゆっくり幸せになっていけばいい。しばらくは住居は狭いままだが、心に余裕があればそれもまた一興というものだ。レッツ・ポジティブシンキング!


 そうと決まれば早速根回しだ。社畜経験者だからな、その重要性はわかっている。

 俺はもう一つ分霊を作り出す。ペットカメラみたいなものだ。これはこの部屋においていく。過保護と言うなかれ。妹はまだまだ小さい子供だ。確かにもう何年も一人で留守番の経験もあるだろうが、何があるかわからない世の中だからな。異世界転生して神になった俺が言うのだから間違いない。呪いのこともあるしな。


 俺は東京のある場所に向かった。


『お、もう寝てるな。まあ引き篭もりのニートじゃないんだから当たり前か。それに夫婦の寝室が別で手間が省けた』


 目的の建物に潜入し、片っ端から『人物鑑定』をかけて目当ての人間を見つけた。

 室内に対物結界と消音結界を張り、ついでに電波、電話線、非常ベルも使えなくした。


 暗闇だと夢オチを疑われる可能性もあるので照明を付ける。お、眩しそうに顔を顰めたぞ。目を覚ましそうだ。


『おはよう。といってもまだ夜中だがな』


「うっ……だっ、誰だ!」


『改めて、おはよう。日本の首相で間違いないな?』


 そう。俺が根回しのため訪ねたのは、日本の政治のトップ、内閣総理大臣その人だった。

 実はその上に謎のフィクサーとか影のキングメーカーがいるとか言ってはいけない。

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