第8話 とあるエピローグ。か~ら~のプロローグ7



(主人公視点)


 ブラック企業に勤めてしまったのは運の悪さもあるだろうが、何故こんな歳の離れた妹と二人暮らししているのか。

 それは妹が生まれる前のことだ。

 俺の母は、実は18で俺を産んだ。いわゆるヤンキーで、相手も似たようなものらしい。妊娠したことがわかると、相手は逃げた。誰の子かわかんねえだろうと母を罵倒して。

 そこで簡単に堕胎しないで一人で生もうとしたのは母の強さなのだろう。実家とも険悪になりながらも居座りとうとう俺を生んだのだ。

 その後も俺が乳離れするまで実家を頼り、母は仕事を探した。元ヤンにできる仕事など限られている。母は金になるなら何でもやった。お決まりの夜の仕事からスーパーのレジまで何でもだ。特に託児サービスがあれば優先していたようだ。なければ無理に実家に俺を預けて。

 俺が5歳を過ぎるようになると一人アパートで留守番が多くなる。テレビぐらいはあったので問題はなかった。もっと大きくなると俺も家事を手伝えるようになり、母は楽になったと笑っていた。


 問題は俺が中三、何とか高校にいけるだろうと考えていた頃、突然母が男を連れてきた。

 母も当時は三十前半、恋人の一人や二人いてもおかしくはない。俺も母に苦労かけさせている自覚があったのでこじらせずに済んだ。相手は普通のサラリーマンでこちらもバツイチ、マンションに一人暮らしなのでそこに引っ越すのだそうだ。俺は一人暮らしでも構わないと告げたのだが笑われた。せめて高校を出るまでは一緒だと言われて不覚にも泣いた。


 だが、それとは別に実の父が母を捨てたことが不安だった。また捨てられるのではないかと。

 それを言い出せないまま一年経ち、妹が生まれた。

 それからしばらくは幸せな毎日だった。


 それが突然終わりを告げた。母と義父は2歳になってやっとよちよち歩きができるようになり言葉も少し話せるようになった娘を置いてこの世を去った。交通事故だった。


 俺は目の前が真っ暗になった。

 とにかく母の実家に連絡し葬儀などの手配を頼んだ。義父とはやはりそこまで深い仲になれず、義父の実家などとは連絡もしたことがなかったので、頼れるのは母の実家だけだったのだ。そちらも俺が大きくなってからは一層疎遠になっていたが仕方のないことである。向こうも実の孫を見捨てるわけにもいかないからと渋々手伝ってくれた。


 問題はこれからのことである。高校卒業間近の俺はともかく、妹をどうするかで親戚内でゴタゴタがあった。祖父母は実家で育てると言い、叔父叔母たちは施設に預けるしかないという。


「俺が育てます。どうか妹を他所にやらないでください」


 堕胎して当然の状況で俺を生み、一人で育ててくれた母のことを思うと、この小さな妹を捨てて俺だけが自由になるのは間違っていると思った。

 俺は親戚に頭を下げた。もし俺に万一あったらその時は妹をお願いしますと。それまでは一人でがんばらせてくれと。


 親戚たちも鬼ではなかった。全面的な援助はできないが困った時は頼れと言ってくれた。

 母を見習って早速頼んだ。高校を卒業して就職が決まるまで妹を預かってほしいと。


 それからも怒涛のような日々だった。義父の勧めで大学へ行く予定だったがそれも無しになり、急遽担任に頼んで就職の世話をしてもらった。

 何とか見つけた小さな会社は当たりだった。俺の『両親がおらず、小さな妹がいるので託児所や保育園の送り迎えの時仕事を抜けることはできませんか?』という、仕事を舐めているのかと言われそうな要望に社長は笑って許してくれた。特別にフレックス制を許可してくれたのだ。

 おかげで妹を育てる目処が付いた。


 卒業と同時に就職、妹を母の実家から引き取った。住まいは、義父のマンションは俺では維持できなかったので解約、会社近くの安アパートに移った。家具など売れる物は皆売って金に代えた。それから少ないが両親の保険も下りた。ドラマのように親戚に取られることもなかったので、ありがたく妹の託児所代に使わせてもらうことにする。


 それから4年ほど過ぎた。妹には寂しい思いをさせたが、何とかひもじい思いだけはさせないようにできたと思う。

 やっと妹が小学校に通う年齢になった。保育園の送り迎えから解放された俺は、これからは会社でもキャリアアップを目指そうと密かにやる気を出した。

 だが、そのタイミングで会社の体質が変わった。どうやら社長が変わったらしい。俺のわがままを聞いてくれて、おかげで妹を育てられたのだ。これから会社でもりもり働いて恩返ししようと思った矢先のことだった。


 そして俺は見事に社畜にさせられてしまった。


 ブラックになった会社を見限り去った社員も何人もいたが、俺は前社長への恩が忘れられず、ズルズルと残ってしまったのだ。こうなると悪循環で辞める機会を失ってしまう。

 妹の送り迎えはしなくてよくなったものの、朝は出勤時間が早くなり、妹の朝食だけ用意して家を出る。夜は残業に次ぐ残業。勿論残業代は出ない。新しい上司曰く『勤務時間内にできないお前らが悪い。残業代が出るわけないだろ』だった。大抵その仕事とは退勤時間ギリギリに渡されるのだが。


 おかげで俺はアパートの大家に頭を下げることになる。帰りが遅くなったときは妹の夕食の面倒を見てくださいと。少なくない食費を払って。


 妹とまともに話せるのは月に2、3度の日曜日ぐらいだ。たまに母方の祖父母が様子を見に来てくれるのが幸いといえば幸いだ。


 そんな生活が続き、妹も小学校三年生になって分別もついてきた頃、俺は死んだようだ。

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