第7話 とあるエピローグ。か~ら~のプロローグ6
(主人公視点)
「コイツです!」
同僚よ、それではまるで俺が変質者みたいじゃないか。
「えーと、大丈夫ですか? 意識はハッキリしてますか? 名前言えますか? これ、何本かわかりますか?」
同僚に指差された俺は救急隊員の質問攻めに遭った。
「コイツ、さっきまで息してなかったんだ! ホントなんだ!」
同僚は必死だ。良かれと思って救急車を呼んだが、当人は息を吹き返してしまった。それも救急隊員が来る前に。タイミングを考えろよとでも言われている気分だ。
「そういえば顔色が悪いですね。検査した方がいいですよ。搬送しますか?」
「いや、大丈夫です。いつもこんな顔色です。意識もハッキリしてますし、何より仕事が残ってますから……」
「いや、三上、病院に行ったほうがいい。最近のお前は顔色が悪すぎる」
三上。それが俺の生前の名前だ。フルネームは三上静也。何十年経っても覚えている。逆にあの世界での名前は覚えていない。何故か『勇者』としか呼ばれなかった。とあるラノベみたいだな。『女剣士』はいなかったが。
それはともかく、同僚に入院を勧められた。違うか。入院するかはともかく、救急車を呼んだ手前それに乗ってくれということだろう。半分くらいは本当に俺の身体を心配してのことかもしれないが。まあ、似たような境遇だろうから、他人事ではないんだろうな。
「……検査ってどれぐらいかかります? あ、時間もお金も……」
「簡易検査なら大して時間はかからないはずです。費用も保険があれば高くはないと思いますが」
「……わかりました。行きます。滝田さん、そういうことで、明日連絡入れます」
「え? お、おう。わかった。後は任せておけ」
俺がすんなり病院に行くことを決めたので同僚は一瞬意外そうな顔をした。
そうかもしれない。生前の俺だったら首になることを恐れて病院に行くのは断固拒んだだろう。
だが、ここにいるのは三上静也であって三上静也ではない。ニュー三上静也だ!
……冗談はともかく、運よく死亡判定が出る前に戻ってこれた。どうやら生前の俺が死んだときの魂はすぐに輪廻の輪に入ったか異世界転移したようだ。これが49日まで現世に留まるシステムだったらアウトだった。本当にラッキーである。
そして、冗談抜きにニュー三上静也はチートだ。ブラック企業がナンボのもんじゃ! 今すぐ辞表を叩きつけてやるワイ! そんな感じだ。
もう一つ検査入院に同意したのは理由がある。こんなブラックな会社は一刻も早く辞めるつもりだが、様式美というものがある。
神の力を使えば、ボロボロな生前の身体を一瞬で勇者並みの肉体に変えることもできるが、何とか心臓が止まらない程度にしておいた。
会社と揉めたとき叩きつける材料に客観的な病院の診断書があったほうがいいからだ。労災も慰謝料も取り放題である。
こうして俺は演技の必要のない、ふらつく身体をストレッチャーに乗せてもらい救急車で深夜の病院に運ばれるのだった。
『ここも懐かしいな……』
一方、本体というか、幽体の俺のほうだが、生前住んでいた住居に来ていた。
六畳一間の安アパートである。
そこには……
『奈津美……すまんな、苦労をかけて……』
二つの薄っぺらい布団が敷かれていて、その一つに小さな女の子が身体を丸めるように眠っていた。歳の離れた妹である。真っ暗でもハッキリ見える俺の目には、泣いた跡があるのがわかった。
あの会社がブラック体質になってから中々奈津美が寝る前に帰ることができず、いつも夜中に起こしてしまった。そのときも泣かれたものである。
『<干天の慈雨>……』
前世の俺が呪いをかけられていたので、もしや妹までが! と心配したが、幸いなことに部屋にも妹にもその気配はなかった。
だが、俺は寝ている妹に魔法を、いや、神の力を使った。これは死んでいるもの以外、どんな病気、怪我でもたちどころに健康な状態にするという物理法則を越えた反則技だ。当然呪いにも効果がある。これで邪神に堕ちるなら本望、くらいの俺の心はガンギマリだった。
今はこれくらいしか出来ない。あとは分霊がうまくやってくれるのを待つのみだ。
おっと、こっちでもやれることやっておかないと。
数十年ぶりだが狭い部屋だ。荷物も少ないし、探し物は難しくない。俺は音を消して目当てのものを探した。
『これでいいか……』
見つけたのは妹の使っていた古いノート。この古さが必要だ。
まずは神力でノートを丸ごと複製。奈津美が必要としているかどうかは知らないが、思い出だけというならコピーで充分だろう。
そしてオリジナルの方はノートの中身をこれまた神力で消して真っ更にした。
これから俺の字で、ある記録を書くのだ。
まずは表紙に『勤怠時間メモ』と書いた。
そう。俺があのブラックな会社でサビ残、休日出勤させられていた記録を毎日付けていたように偽装するのだ。
生前はがむしゃらだったのでこんな方法も思いつかなかったが、今の俺は神だ。後付で完全記憶の能力が使える。生前チラリと視界に入ったものさえ思い出すことができるようになったのだ。
日付と出勤時間、退勤時間を書き、備考として上司からの理不尽な指示があった場合はそれも書く。パワハラ発言なんかも一字一句書き留めた。
『いや、自分のことながら、これは酷いだろ……』
記憶を探っては書きとめ、偶に妹に目をやることしばらく、メモの内容を自分で見て唖然としてしまった。
ブラック企業からは逃げられない。
まるで魔王のようだが、追いつめられた人間は判断力も低下するというのは本当のようだ。
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