第42話 葵へ迫る樹


「おはようございます、種田さん! またお会いできて嬉しいです!」


 女子っぽい格好の花音と種田さんとは対照的に、樹は相変わらずダボタボな半袖パーカーに、カーゴパンツ、キャップと言ったまるで男の子のような装いだった。

 正直、女の子的な格好な花音と種田さんと一緒にいて少し気まずかった。だけどここからは樹のおかげで気楽になれるだろう。


「あ、ああ、ど、どうも……!」


 俺の時のようにおどおどはしているものの、明らかに態度の違う種田さんだった。


「おはよう、樹。お前も荷物多いのな?」


「ん! せっかくのみんなとの旅行だし、色々考えて詰めてたらね!」


 樹もグランピングを楽しみしているらしい。

なら尚更"俺のグランピングに対する本当の気持ち"を表に出さないよう気をつけないと、と思う。


「おはようございます、木村さんっ!」


「お、おはようございます花守さん。今回は計画云々全てやっていただいてありがとうございます」


「いえいえ〜! 楽しい思い出いっぱいつくりましょうね!」


 と、花音と樹が話している間に、特急電車がホームへ滑り込んでくる。


 俺たちは花音が手配した切符を受け取り、各々の席に座るとすぐさま、特急電車が発車する。


「あ、あのさ、おいくん……」


「ん?」


「これで良いの?」


「良いのって何が?」


「隣の席が、その……ぼ、僕で?」


 発車して間も無く、通路側の席の樹が小声で話を振ってきた。

ちなみに後ろの席には花音と種田さんが座っていて、あれやこれやと小声で話に花を咲かせている。


「せっかくの機会だし、花守さんと隣同士の方が良いでしょ?」


「いいよ、こうなったら樹で」


「"で"って、なんだよもぉー!」


「ちょっとしたリベンジ。中学ん時の」


「なんだよ、それ。僕、そんなこと言ってないよ!」


「いや、中1の時言われたから」


「もぉ……せめて"が"にしてくれれば、結構ましなのにさ……おいくん、昔からちょっとねちっこいところあるよね……」


 呆れ顔でそういう樹の横顔を久々に見た気がして、とても嬉しかった。

俺と樹の日常が帰ってきた。

こうして樹と昔のようにバカな会話ができるのはとても嬉しいのだが……



ーー2本の電車を乗り継ぎ、ようやく千葉にあるグランピング場に辿り着く。

ここは海浜公園の中にある施設で、海岸まで5分とかからない、といった結構良いスポットである。


 まずは普段のキャンプ時と同じく受付で名前の記入や鍵を受け取る。


「はい、じゃあこれ!」


 花音はさも当然かのように、俺へ受付でもらったテントの鍵を渡してくる。


「荷物置いて、少し休んだら一旦BBQ場に集合ね!」


「あ、ああ……」


 花音はさっさと種田さんと共に、自分たちのテントサイトへ向かってゆく。


 やっぱり、こうなるとは思っていたけど……まぁ、ここで花音とペアになったりしたらそれはそれで困るし、ほぼ初対面の種田さんと一緒のテントなんてのはありえない話だし……


「い、行くか、樹」


「んっ!」


 やや緊張気味の俺とは対照的に、樹はとても嬉しそうな様子でテントへ向かってゆく。

そうして立派なウッドデッキのついた、すでに建てられている白い大型テントのファスナーを開くと、


「ベッドがある……!」


 樹のいう通り、テントを開いて真っ先に目に止まったが立派なベッドだった。

ダブルサイズはありそうなそれ。一瞬、まさかこの一台で寝るのかと動揺したが、奥に角度を変えた形でもう一台あることに気がつきホッと一息。


「土足禁止だよね?」


「そうだろ」


 床には綺麗なラグが敷かれていたので、靴を脱いでテントの中へ。


 中にはデザイン性の高い照明に、ローテーブル、観葉植物、テレビに、そしてエアコンまで。

まるでホテルのような内装で、ここがテントの中であることを忘れてしまいそうである。


 これが"ラグジュアリー"と"キャンピング"を掛け合わせた、グランピングというもの。

 野営主体のキャンプばかりをしてきた俺にとって、正直異次元な光景だった。


「わふぅー! このベッド柔らかい……!」


 唖然としている俺の横で樹は早速ベッドへダイブし、コロコロ転がったり、丸くなったと思えば伸びたりと、まるで猫のような動作をしていた。


 なんだかとても愛らしい様子なので、近くにあった椅子に座って暫し樹のことを鑑賞。

樹を猫に例えるならば、黒猫あたりが妥当な気がする。


「な、なんだよぉ……! ジロジロみるなよぉ……!」


「狭いテントの中なんだから見たくなくなって勝手に視界に入るんだから仕方ないだろ?」


「確かにそうかもしれないけどさぁ……」


 樹は恥ずかしそうな顔をしてベッドから起き上がり、ちょこんと座る。

すると急に神妙な顔をし始めた。


「どうかしたか?」


「なんかさ、この状況修学旅行みたいだなぁって……」


「確かに」


「も、もしもさ……中学の時、おいくんが修学旅行に参加してたら、こんな風にお話ししてたのかなぁって……」


「……」


 俺は中学時代、樹との喧嘩や、クラスや学校内での孤立が原因で修学旅行を欠席していた。


 今、思えば人生で一度きりしかない中学時代の修学旅行をサボったことを後悔している。

でも、あの時の俺は、思い出作りよりも、人と関わりたくないの一心だった。


「まぁ、俺が修学旅行に参加していてもさ、こんな状況にはならなかったと思うぞ。男女相部屋なんてなかっただろ?」


「あ、そっかぁ。確かに……じゃあ、これってすごく貴重な機会ってことだね! そう思うとすっごく嬉しいっ!」


 樹は躊躇うことなく、この状況を笑顔で嬉しいと言い放つ。


 もしも樹が同性だったら、俺は迷うことなく、同じ言葉が言えたんだろうけど……と思うし、そうだったら、中学時代のあの出来事は起こらず、お互いずっと良い友達でいられた気がする……と、そう思うこと自体、樹に失礼だと思い直し、その考えを頭の中から払拭する。


「あ、あのさ、おいくん……そのぉ……」


 突然、ベッドの上に座る樹は顔を真っ赤に染めて、モジモジしながら、弱々しい声を向けてくる。

そんな樹の様子を見て、さっき建てたばかりの誓いに僅かな亀裂が生じる。


「ど、どうしたんだ……?」


 不意に生じた身体の熱を堪え、努めて冷静にそう答える俺。


「し、しない……?」


「っ!? な、何を……?」


「僕ね、おいくんと仲直りできたらね、したかったんだよ……! ずっと、ずっとね、おいくんが、気持ちよくなれるようにね、離れていた3年間ね、一生懸命やってたんだよ……! 水泳と同じくらいね、努力したんだよ……!」


 樹はベッドからおり、スマホを胸に当てつつ、ゆっくりと俺へ迫ってくる。

その妙に情熱的な様子に思わず身を引いてしまう。

しかし樹は徐々に迫りーー


「良かったら、僕として……!」


「だ、だから何を……!」


「こ、これをっ!」


 樹は自分のスマホを俺へ差し出してくる。

画面に浮かんでいたのは、ソーシャルゲームのトップ画面。


「するって……このゲームを……?」


「んっ! だってこのゲームのおかげで、おいくんと僕繋がることができたから! キャンプといえばこれだから!」


 樹と初めて出会ったキャンプの時、確かに俺と樹はこの10年以上サービスの続いているこのソーシャゲームを一緒にやったことで仲良くなった経緯があった。

 するって、つまりゲームをってこと。なんとなくわかっていたけど、樹の言い方があれだったもので……まったく人騒がせである。


「してくれる……? もしかして、もうこのゲームしてない……?」


「中学の頃ほどじゃないけど、一応今でも……」


「じゃあ、しよっ!」


「あ、ああ……そうだな! 最近、すっかりログイン勢になっちゃってるから、クソ雑魚かもしれんけど……」


「大丈夫っ! 僕がサポートするよ! ちょっとずつ課金してるから、前よりも、うんと役に立てると思うっ!」


「お、おう、そっか……」


 そのまま俺と樹は椅子を隣に合わせて、件のゲームをやり始める。


 さっき樹は、いつの日か俺と仲直りする日を願って、このゲームをやり続けていたと言っていた。

本当にありがたいことだと思った。

そして、さっさと樹と仲直りすればよかったと思うのであった。


●●●



ーー 一方その頃、花音と種田さんのテントでは……


「わぁー! これがテントの中!? ホテルの部屋みたいですごぉーい!」


「……」


「タネちゃん? どうかした?」


「あのさ、かの……ようやく2人きりになったから、あえていうんだけどさ……」


「?」


「香月 葵と木村 樹さんを一緒のテントにして良かったわけ?」


 「え? なんで?」


 花音は菜種の言葉を受けても首を傾げるだけだった。


「木村 樹さんってさ、女の子だよ?」


「へ……? う、うそぉーーーー!?」

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