第43話 花守 花音、ようやく勘違いに気づく!(*前半・菜種視点)


 まさか、本気でわかっていなかったのか……と言った具合のため息を、菜種は吐くのだった。


 まぁ、花音はすごくお人好しで、しかもちょっと抜けているところがあるため、想定の範囲内ではあったが……と菜種は思う。


「やっぱりね……」


「タネちゃん、わかってたの!?」


「確かに木村 樹さんってさ、男子みたいな格好してるけど……あの人明らかに女の子だって……」


「ううっ……」


 花音の今の呻きは、木村 樹さんの性別を勘違いして、一緒のテントにしてしまったことを悔やんでいるためへのものだろうか?

ならば何故、そんな呻きを? やっぱりこれって……


「あのさ……答えたくなかったら、それで構わないんだけど……もしかして、かの、香月 葵のことを好きだったりする?」


「ーーっ!! そ、そそ、それは……!!」


 白磁の頬は真っ赤に染まっているし、青い瞳も右往左往としている。

これはどう見ても、ビンゴ。恋する乙女ほぼ確定である。曲がりなりにも、花音よりもディープな恋愛をしたことのある菜種には今の親友の気持ちが痛いほどわかった気がした。


 とはいえ……これ以上、話を深掘りしても良いのかどうか。

勢いで突っ込んだ話をしてしまったことを、菜種は内心後悔している。

さてはて、このまま話を続けても良いのかどうか……


「な、なんで、わかっちゃったのかなぁ……?」


と、ここに来て、花音本人からの恋する乙女の確定宣言がなされた。

菜種は内心で、秘密を暴いてしまったことで、親友との関係に罅が入らなかったことを安堵する。


「わかるわよ。今日のかの、いつも以上に可愛いし、それに表情が乙女だし」


「そっか……わかっちゃうんだ……気をつけないと……あ、あのね、タネちゃん……!」


「大丈夫よ。誰にも言わないわ! なんか事情があるんでしょ?」


「……うん、ごめん……だから、ずっと黙ってて……」


「あのさ、これから言うことは、かののことを心配する親友の言葉として受け取ってね?」


「え?」


「香月 葵と一緒にいて、本当に大丈夫? 彼、中学の時悪い噂が立ってた人だから……廊下で急に女子生徒に怒鳴ったり、林間学校で班長だった女の子を泣かせたりとか……」


「それは大丈夫。葵くんはそんな人じゃないから」


 花音はとても真剣な声音で、きっぱりそう答える。

初めて目にする、花音のまっすぐな眼差しに菜種は驚きを隠しきれない。


「今、葵くんと一緒にいる木村さんが、たぶん林間学校で泣かせたって噂されてる女の子だろうから」


「そ、そうなの……」


「きっと中学の時の葵くんは、色々あって、そうしちゃっただけなんだと私は思うの。今の彼は違うから。とっても優しくて、良い人だから。それにこの間、葵くんは木村さんとちゃんと仲直りしたわけだし」


「……」


「だから、タネちゃんも今口にした噂は忘れて、葵くんのことを普通の目で見てくれると嬉しいな!」


 親友がどれほど香月 葵を信頼しているかが伝わってくる言葉だった。


「かの、香月 葵のことを凄く信頼してるのねぇ……」


「もちろん!」


「そっか、そっか。そんだけラブってことかぁ……」


「もち……んんっ! タ、タネちゃん! 不意打ちやめってってっ!」


 花音は頬を真っ赤に染めて、少し怒ったようにそう叫ぶ。

花音と菜種がつるみ始めて、一年以上。

側で色々な表情を見てきたけど、こんなにまで乙女な表情になる花音は初めて見た気がする。


「ならさ、尚更このままで良いのかしら? 木村 樹さんと香月 葵って、凄く仲良さそうだったし……」


「だ、大丈夫だよきっと! あ、あの2人は、男女っていうよりも親友っていうか……」


「今はね。でも、いつそれが、そういう気持ちに変わるかわかんないわよ? 私たち、年頃なわけだし」


「そ、そうかなぁ……?」


「そうよ! だから、変わってあげようか? 部屋!」


「部屋を変わる……ええ!?」


 さっきから花音は顔を真っ赤にしつつ、動揺したり、驚いたり……こんな表情は見たことがなかった。

 親友として、ほんのちょっぴり、花音の気持ちをここまで揺さぶる香月 葵に嫉妬してしまったり。


「なにかと理由をつけてあげるから、木村 樹さんと部屋を変わりなさいな!」


「で、でもぉ……そんな無茶なことぉ……」


「いつものハキハキしたかのはどこ行っちゃったのよ? ほら、行くわよ!」


 菜種は花音の腕を無理やり掴んで、テントの外へ引きづり出そうとする。


「こ、心の準備がまだだよぉー! それに恥ずかしいよぉ〜!」


 しかし花音はテントを出る寸前でやや足を突っ張り、動きを止める。


「大丈夫! 恥ずかしいのはたぶん最初だけだろうから! それに何があっても、私黙ってるし、木村 樹さんにはきっちり口封じしといてあげるわ!」


ーー花音は中学の頃、こんなにも可愛くて、良い子なのにもかかわらず、酷い仕打ちを受けていた。

 高校ではかなりましというか、180°反転したような状況になったのだが、菜種自身は足りない気がする。


 花音はもっと幸せになる権利がある。彼女の過去を知る、数少ない人間として、強くそう思っている。


「ほら、ちゃっちゃと動くっ!」


「だから、タネちゃーん……!」


「ああもう!」


 もはや無理やりテントから引きづり出すしかない!

そう決断した菜種はテントから半身を出して、ウッドデッキの縁に手をかけた。

その瞬間ーー


「ぎやぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!」


●●●


「い、今悲鳴みたいなものが聞こえたような……?」


「なんか種田さんっぽい……いくよ、おいくん!」


 悲鳴を聞きつけ、ゲームを中断し、飛び出す樹。


 あとちょっとでステージクリアだったのに……と若干後悔しつつ、俺もスマホをしまって樹に続く。


 すると、ウッドデッキの上でうずくまる種田さんと、そんな彼女を心配するように屈み込む花音の姿が。


「2人とも、どうかしましたか?」


「木村さん! 実はタネちゃんの手にね、ウッドデッキの棘が刺さっちゃって……」


「ううっ……痛いよぉ……なんなのよ、もぉ……!」


 涙目の種田さんはウッドデッキの張りへ恨めしそうな視線を寄せる。

そこはおそらく潮風や、風雨の影響なのか劣化が見られた。

こういう木材って、軽く触っただけで棘が刺さりがちである。あとでちゃんと管理無事務所に言っておかないと……。


「待ってね、タネちゃん! 今私が抜いてあげるから!」


と、花音は棘を毛抜きで抜くのを諦め、ソーイングセットを出した。

そしてそこから、先端に鋭い輝きを宿す縫い針を手にとる。


「ちょ!? か、かの……? なにをするつもりで……?」


「毛抜きで抜けないんじゃ、針で穿り出すしかないよ!」


「ええ!? 穿り出すぅ!? なにいきなり猟奇的なこと言っちゃってるわけ!?」


「必要なことだから! ちゃんと針は火で炙って殺菌した上でするから!」


「ちょ、ちょっと待ってよ! 怖いよぉ!」


「もう、これしか方法は……棘が残り続ける方がもっと怖いし!」


「怖いのはかのの方だよぉ!!」


「血が出て、ちょっと痛いけど我慢してね」


「ちょちょちょ!?」


……なんて風に、2人は真剣なのだが、側から見れば少しコントじみたやり取りがなされている。

樹もまた、苦笑い気味である。


「おいくん」


「わぁってる。5円玉貸してくんね?」


「ん」


 すでに俺がしたいことを察していであろう樹は、5円玉を渡してくれた。


 俺はそれを握りしめ、花音と種田さんへ近づき、


「はい、花音……は、花守さん、そこまで!」


「葵く……こ、香月くん!?」


「ほじくるのは本当の最終手段だって。その前に……」


 俺は花音の代わりに種田さんの小ぶりな手をとる。


 ふむ……棘の先端は出ていないが、そんなに深く埋没はしていない。


「種田さん、今棘を抜きますから少し大人しくしててくださいね」

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