第36話 花音と一緒にいても恥ずかしくない人へ
「おはよう、おいくん! 花守さん!」
思い切って、花音と種田さんの間に入ろうとしたその時。
突然挨拶が投げかけられ、俺と花音、そして種田さんも隣のサイトへ視線を寄せた。
「き、木村さん!? お、おはよう!」
花音は驚きつつも、テントから出て、こちらのサイトに入ってきた樹へ挨拶を投げかける。
「そちらの方は?」
俺の知っている樹とは違って、随分さわやかというか、昨晩宗二くんに接した"イケメン男子風"なような……?
「あ、あ、えっと、この子はタネちゃ……種田、菜種っていって、私の友達で……」
「そっか! 花守さんの友達なんだ!」
いやに爽やか声音で、樹はそういうと、種田さんへ歩み寄ってゆく。
「初めまして! 僕、木村 樹って言います」
「あ、どうも……?」
「いやぁ、こんなところで花守さんのお友達に会えるだなんて光栄です! よろしくお願いしますね!」
「あの、えっとぉ……これは一体どういう状況で……?」
樹の勢いに気圧されているのか、種田さんは弱々しい様子で質問を投げかける。
「えっと、僕と花守さん最近友達になったんですよ。で、お互いにキャンプに興味があって。じゃあ行こうってなったんですけど、お互い素人で、困るなぁって考えたから、おいくん……あ、香月くんのことなんですけど、彼を誘ったんです。彼は僕の古くからの友人で、キャンプのことすごく詳しいんで!」
「つまり、かのは、木村さんを含んだ3人でキャンプをしていたと……?」
「ですね! だから変な勘繰りをしないでもらえると助かります。むしろこの2人を無理やり引っ張ってきたの僕なんで! あはは!」
「そうですか……かの、ごめん。さっき変なこと言って……」
どうやら種田さんは樹の、今の状況説明で納得してくれたらしい。実際は嘘なんだけど……
「今度はあたしもキャンプに誘ってよね!」
「も、もちろん! 次は一緒にキャンプ行こうね! タネちゃん!」
「うんっ! じゃあ、家族が待っているから行くわ! また明日学校でねぇ〜」
種田さんは朗らかな笑顔と共に、俺たちのサイトから去ってゆく。
そうして彼女の背中がテントの間に消えたのを確認したのち、
「こ、こんなで大丈夫だった……?」
先ほどまでの凛とした樹はどこへ行ったのやら。
あっという間に、俺の良く知った、少々気弱な樹に戻ってしまう。
「樹、お前どうして……?」
「あ、いや、なんかテントから出たら、変な様子のおいくんと花守さんが見えて……2人でキャンプしてるの、知っている人に見られるのまずいのかなぁとか思って、それで……」
「ごめんなさい、木村さん。なんか変な気を遣わせたみたいで……」
まだ少し余波が残っているのか、花音は元気なさげに、樹へ謝罪を述べる。
「あ、いえ! 花守さんには昨日、とってもお世話になりましたから……あなたが手助けしてくれたおかげで、おいくんとまた友達になれましたし。だからお役に立てたのなら良かったです……」
「悪かったな、樹。本当にありがとう」
俺もお礼を述べる。そもそも、今のトラブルも俺が原因なのだ。
花音が俺のことを必死に隠そうとしたのは、俺が人目を気にする質だからだ。
でも、こんなことになるのなら、そろそろそうした点も変えてゆかなければいけないと思う。
だって……俺はようやく、樹と仲直りができたのだから。
樹と新たな関係を築いた今こそ、俺自身も変わるべき時期に差し掛かっているような気がしてならないのだから。
「ねぇ! 木村さん、良かったら一緒に朝ごはん食べませんか?」
突然、そう言い出した花音だったが、樹は申し訳なさそうな苦笑いを浮かべる。
「ごめんなさい。僕、もう帰らなきゃならないんです。ここまで自転車で来てるんで……終わりまでいると、帰るのが遅くなって、明日の朝練に支障が出ちゃいますから……」
「じ、自転車で!?」
「樹って、水泳の選手なんだけど、スポーツ全般が得意っていうか、体力ばかなんだよな?」
驚く花音へ、樹のことを補足する。
すると樹は少々不満げな顔をして、
「おいくん、酷い。バカはないでしょ、バカは」
「あっ、ごめん……」
「全く、仲直りしたとたん、これなんだから……」
「ほんとすまん!」
「ぷふ! 冗談だよ!」
「こ、このやろう!」
樹との久々なバカなやりとりに、心が躍った。
やっぱり、コイツとつるむのは楽しい。心底そう感じる。
「それじゃあ、僕はこれで! お二人はイベントを最後まで楽しんでね!」」
樹はさっさと背を向けて、自分のサイトへ戻ってゆく。
俺と花音はどちらともなく視線を寄せ合い、そして頷き合った。
どうやら気持ちは通じているらしい。
俺と花音は揃って樹のサイトへ踏み入り、
「樹! 俺たちも撤収手伝うよ!」
「え!? い、良いよ……1人でできるよ……」
「せめてこれぐらいは手伝わせてください! お願いします!」
花音は頭を下げた。さすがにそこまでされては樹も断ることが難しいらしい。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
こうして俺と花音は樹の撤収を手伝うことに……
「そういや、樹、さっきみたいな応対できるようになったんだな?」
テントを畳む中、先ほどの種田さんへの応対を指して、そう問いかける。
「そ、そりゃ、まぁ……今、関わる人多いし、今一人暮らしだから、コミュニケーション取れないと困るなと思って……い、今ね、英語も勉強しててね、少しだったら話せるんだよ! いつかオリンピックに出て、メダル取った時のインタビューにちゃんと答えられるように!」
そう語る樹が眩しくて。離れていた3年間、樹は樹なりに努力して、成長したことが本当に嬉しくて。
そんなこんなで、撤収作業はあっという間に終わり、樹は装備一式を背中に担ぐ。
「じゃあ僕はこれで。お手伝いありがとう、おいくん、花守さん!」
「またね、木村さん! 本当にありがとっ!」
樹は花音に笑顔を送って、1人歩き出すのだった。俺も、そして花音も樹の背中が見えなくなるまで、温かい視線で見守り続けるのだった。
「木村さん、良い人だね!」
「ああ……」
「葵くん?」
「あのさ、花音……俺……これから"変わる努力"をしてみるよ」
意を決して、さきほどからずっと考えていたことを口にする。
「さっきの種田さんの件も、元は俺が原因なんだ……中学の頃のことを未だに引きずり続けていたために……だから、俺変わろうと思う。もう2度とああいうことにならないよう、人前で堂々と、花音と一緒にいても恥ずかしくない人間に……!」
全てを言い終え、とてつもない疲労感を得る。
そして言った後で、ちょっとキモい発言だったかなと、少し後悔をしている……
「うんっ! すっごく良いと思うよ! 私、応援するよ! 頑張って!」
花音はこんな俺の発言さえ、明るく肯定をしてくれた。
花音が側に居てくれれば何も怖いものなんてない。そう思う。
「ああ! 頑張る!」
「うんうん、その勢だよ! あとさ……」
「?」
「私の方もごめんね、取り乱しちゃって……私さ、昔、タネちゃん以外の親友と気持ちの行き違いで、関係がぐちゃぐちゃになっちゃったことがあって……」
「……」
「たぶん、さっきのタネちゃんはなんの気も無しに"ひどい"なんて言ったんだろうけどさ、あの言葉聞いた時、動揺しちゃって……だけど、葵くんのことも守らなきゃって思ってたら、どうしたら良いかわかんなくなっちゃって……」
「そうだったんだ、ごめん。本当に迷惑かけて……」
「ううん、良いんだよ。よくよく考えれば、タネちゃんなら、事情を話せばちゃんとわかってくれてただろうなぁって……」
「なら、なおのこともう2度とああいうことで花音には迷惑をかけないよう頑張るから!」
迷いなく改めてそう告げると、花音は笑顔を浮かべて「ありがとう」と答えてくれるのだった。
「じゃ、あらためまして! ご飯にしよ! 8時に田端さん達と再合流の予定だからね!」
「ああ!」
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