第35話 花音はよろこんでくれる


「あ、あの子は花音……花守 花音って名前の高校の同級生で! 春先にソロキャンしてたら、あの子もソロキャンしてて、そっから一緒にキャンプをするようになったっていうか、ええっと……」


「彼女さんじゃないの?」


「そんな滅相もない! 俺みたいなモブ男子と花音じゃ全然釣り合い取れないって!」


「そうかなぁ……おいくん、かっこいいからお似合いだと思うけどなぁ……」


「世界中で、俺のことかっこいいなんていうの、樹と花音くらいだって!」


「そうなんだ! 花守さん、おいくんの良さわかってくれてる人なんだね! 僕、そういう人がいてくれて嬉しい!」


 くそぉ……樹のやつ、仲直りしたとたん、これだから困ってしまう……しかも、この表情は冗談ではなく、大真面目な雰囲気だし……なんかめっちゃ恥ずい!


「じゃあ、おいくんにとって花守さんは、大事な友達ってことだね?」


「そ、そうだな! そうそう! 友達っ!」


「じゃあ、いつまでも僕と居ないで早く戻って!」


 突然、樹はバシンっ! と俺の肩を叩く。

あまりに力が強く、体が前のめりのつんのめる。


「い、痛ってなぁ! 急に叩くなよ!」


「さっさと立たないおいくんが悪い! さっ、早く花守さんのところへ戻って! こんな賑やかなところで一人きりだなんてかわいそうだよ!」


「そりゃお前もだろうが!」


「僕はもう十分、おいくんとお話しできかたから、今日は良い! ほら早くっ!」


「わ、わかったよ、んったく……じゃあまた明日な!」


「ん! また明日!」


 また明日……こんな言葉を、また樹と交わせる日が来るとは……。

 半ば追い出されるように、樹の元を後にする。

まぁ、本気でオリンピックを目指すようになったと聞くし、これぐらい胆力がないとやってられないのかもな……


 そうして足早に自分のサイトへ戻ったのだが、すでにあかりが落ちていて、真と静まり返っている。

時間も時間だし、花音は先に眠ってしまったのだろうか。


「花音、今帰ったけど起きてる?」


 彼女のテントへそう問いかけるも返答はなし。

試しに入口のファスナーを軽く動かしてみるも、動かず。

恐らく内側からちゃんと鍵をかけているのだろう。

 こうして用心してくれているのは良いことだと思う。


「明日またちゃんとお礼をいうけどさ……今日一日、たくさん気を遣ってくれてありがとう。おかげさまで、樹と仲直りできたよ。花音と一緒にここに来たからこそ、こういう結果になったんだと思う。本当にありがとう。それじゃ、おやすみ……」


 俺もそろそろ眠くなってきたので、自分のテントに入り、就寝準備を。

 そういえば、こうしてキャンプ場のテントで1人で眠るのは、本当に久々な気がする。


 今まで、なんだかんだあって、毎回花音と一緒に寝てしまっていたからだ。


 だからなのか、少し寂しさを覚えるけど……それは贅沢というもの。


 今回のキャンプもまた、いつもの如く、色々なことがあったと思う。

その中でも、1番嬉しかったのは、やはり樹とまた友達になれたことだ。


 木村 樹……これからも大事にしたい友達で、中学の頃、いっとき強い好意を寄せていた女の子。

でも今は、色々と落ち着いたためか、樹と昔のように"友達"でいられることを喜んでいる自分がいる。

そして、再び友達に戻れたのだったら……


「これでよし、っと……今まで、本当にごめんな、樹……」


 中学の頃からずっとしていたRINEの樹のアカウントのブロックを解除する。

そして今後のことに胸を躍らせつつ、俺は眠りにつくのだった。


●●●


「ううん……」


 目を覚ますと、テントの色合いが、陽の光によってぼんやりと浮かび上がっていた。

そして例の如く、テントの外からはコポコポといった湯が煮える音と、香ばしいコーヒーの匂いが漂ってくる。


「おはよ……」


「あ、おはよ葵くんっ! コーヒー沸いているよ!」


 テントを出ると、花音はいつものように明るい笑顔で迎えてくれた。

これまで俺は彼女の笑顔にどれほど助けられたことか。

さらに今回は、笑顔以上のものを花音から頂いてしまっている。


「あのさ、花音……昨夜はありがとう。本当に……」


「で、結果は?」


 花音はヤカンからシェラカップへ、フィールドコーヒーを淹れつつ、問いかけてくる。


「おかげさまで樹と仲直りできたよ」


「そっか。良かったぁ……! はい、どうぞ」


 花音は心底安心した様子で、コーヒーを差し出しながらそう言ってくる。


 今日のフィールドコーヒーは、心持ちも相まってか、普段のものよりも美味しく感じられる。


「ちゃんと言いたいこと言えた?」


「ああ」


「これからはずっと仲良くできそう?」


「ああ!」


「うん、なら大丈夫だね……もうさ、絶対に親友の手を離しちゃダメだからね! 絶対に、絶対にだからねっ! 喧嘩なんてもっての他なんだからね!」


「も、もちろん! わかってるって!」


 なぜだろうか……花音はこの手の話をする時、少し異様なような、何かを恐れているような気がしてならない。

 ひょっとすると、花音も過去に"友達関係"で何かがあったのかもしれない。

でも、そうした心の深いところにある仄暗いものは、本人が口を開かない限り聞くべきではないと思う。


 だけど、いつの日か、花音にはそのことを話してもらいたいと思っているのも確か。


 そのためにも、俺はさらに彼女の信頼を勝ち得たいと思うようになっていた。

これまでたくさん頂いたぶんを、きちんとお返しして、花音をより幸せにしたい。

今、俺はそんなことを願っている。


「さてと! 8時に田端さんたちと合流予定だから、それまでに朝ごはん食べちゃおうか!」


「だな。で、今日のメニューは?」


「ふふ……今日のはヤバいよ? まじウマだよ?」


「まじか! 今からめっちゃ楽しみっ!」


「あ、そうだ! せっかくだから、仲直り記念に木村さんも一緒にどうかな?」


 花音は隣のサイトへ青い瞳を寄せた。


 確かにそれは良いアイディアだと思った。俺自身、樹ともっと話をしたいたし、これをきっかけに花音と樹が仲良くなってくれるのもまた、間にいる人間としてとても嬉しい。


「じゃあ、葵くんは木村さんを起こして……」


「あーっ! やっぱ、かのじゃない!」


 と、どこかで聞き覚えのある声が俺たちのサイトへ響き渡る。

瞬間、花音は驚いた様子で後ろを振り返る。


「タ、タネちゃん!?」


 タープの脇にいたのは、少し猫っぽい顔つきをした、背が低く、長い髪のジャージを着た女の子。


 間違いなく、この女の子は【種田たねだ 菜種なたね】さん。


 学校では常に花音とつるんでいる、大の仲良しの子だ。


「もぉ! かの酷いわね! 同じキャンプに参加してるんだったらRINEしてよぉ!」


「あ、あ、それは、ええっと……ごめん……まさか、タネちゃんも参加しているだなんて知らなくて!」


 花音はわざと立ち上がって、菜種さんへの応対を始めた。

どうやら、俺の姿を隠してくれいるらしい。


 これはまずい状況だ。


 相手がいくら親友とはいえ、俺と花音が2人きりで、ここに来ていたことを知られるのは具合が良くない。

変な勘ぐりをされるのは間違いない。


 しかし、花音のブロックのおかげで、菜種さんから俺の姿がみえないらしい。


 ならこの隙に、俺は姿を消せば……


「あのさ、かの一つ聞いていいかしら?」


「な、なに?」


「なんでそこに香月 葵がいるの?」


 どうやら種田さんに俺の存在を気が付かれてしまったらしい。


「あ、あ、えっと! これはそのぉ……!」


「……もしかして、かの、香月 葵と付き合ってんの?」


「あの、えっと、それは……」


「ひっどいなぁ……それならそうと言ってくれれば良いのに……友達なのに……」


「ーーっ!?」


 菜種さんが少々不満げな声を上げた途端、花音の背筋が一際ピンと張り詰めたよな気がした。


「ご、ごめんね! ごめんね、タネちゃん! 友達に、黙ってて! こ、これはそのね! あのね!」


 花音の様子がおかしい。明らかに動揺している。

こんな彼女を見るのは初めてで、こちらの方も強い不安を覚えた。


 これ以上、俺のわがままで花音を困らせるわけには行かない……花音を落ち着けるためにも、これまでこんな俺に色々と良くしてくれた花音のためにも、今こそ、勇気を持って俺が前にでなければ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る