第33話 勇気を振り絞って


「いくらお前が水泳の選手だからって無茶しすぎだ! 二次災害につながったらどうするつもりだったんだ!」


「うっ……ごめん……なんか、気づいたら、あんなことしてて……」


 長時間、川の冷たい水に晒されたのも原因なのだろう。樹はひどく青ざめた表情をしている。


「でも……」


「?」


「結果は樹の咄嗟の判断で、いい方向に傾いたとは思う。あの男の子、このキャンプで知り合ったご夫婦の息子さんなんだよ……だから……あ、ありがと……」


「おいくん……!」


 俺がありがとう、と言った途端、樹の顔色が良くなり始めた。

 やっぱり、怒った俺に怯えてたんだな……なんだか中学の林間学校での、あの場面によく似ていて、俺自身少々居心地を悪さを覚える。


 それでも、久方ぶりに傍で見た樹の表情は、とても穏やかで……まるで、樹と楽しく過ごせていた中1時代のような感覚を得る。


「一応、樹も救護所へ行っておけ」


「え? 良いよ、僕は。全然大丈夫だよ?」


「万が一がある。だから頼む、行ってくれ」


 昔から頑固なところがある樹だから、俺は深々と頭を下げて、お願いをする。


「んっ! おいくんが、そう言ってくれるなら……!」


 樹はすくっと立ち上がり歩き出す。

しかしすぐさまこちらを振り向き、


「おいくん、今日はいっぱい話しかけてくれてありがと! ……う、嬉しかったよっ!」


 樹は顔を真っ赤に染めつつそういって、再び歩き出したのだった。


 この時、俺はもうわかった気がする。

俺が樹とどうしたいのか。

これからどのようにして、樹と付き合って行くべきかを……。


「今回も葵くん、大活躍だったね!」


 不意に後ろか花音の声が聞こえ、慌てて振り返る。


「いや、俺はただスローバックを投げただけで、樹の方が……」


「……」


 なぜか花音は黙りこくっている。だんだんと言葉がなくとも、花音の考えていることが理解できるようになってはいるのだが、今の花音は正直何を考えているのかさっぱりわからない。


「でも、今回の葵くんもちょっと無茶しすぎかな? 私は葵くんのことも心配しちゃったんだから」


「……心配かけてごめん……」


 岸にはようやく駆けつけた警察やレスキュー隊が集まりつつあった。


 曲がりなりにも、俺もこの事故に一枚噛んでしまったのだから、あちらへ行って状況説明などをしなければいけない様子だ。


「ほら、早く行っといで」


 と、花音が背中を押してくれる。


「ごめん、こんなことになって」


「ううん。葵くんは良いことをしたんだもん、誇らしいよ。私のことは気にしないで! サイトでコーヒー淹れて待ってるからね!」


「ありがとう!」


 口ではそう言っていても、少し寂しそうな花音の様子に後ろ髪を引かれる思いをしつつ、俺は警察やレスキュー隊の輪の中へ加わるのだった。


●●●


「今日は何度も、何度も本当にありがとうございました! 感謝しても、しきれません!」


 夕飯時に再度合流をした途端、田端さんは深々と頭を下げてくる。


ーーちなみに溺れていた宗ニくんは診察の結果軽く擦りむいた程度の怪我で済んでいた。

特に安静にする必要もないとのこと、そして本人の希望もあり、こうして両親と共にサイトに戻って、イベント参加を継続している。

 イベント自体も、継続という運びとなり、一安心である。


「いや、俺はその、救助を手助けしただけで、1番頑張ったのは……樹……お、俺の、友達、ですから……」


 本当に、本当に久々だった。

樹のことを"友達"と称することが。


「本当ですか!? でしたらその方にも、ぜひお礼を!」


「あーそ、それが……今、どこにいるかわかんなくて……」


 田端さんとの合流に際し、宗二くんの恩人である樹を引っ張ってこようとは勿論考えた。


 しかし自分のサイトで待てど暮らせど、樹は戻ってこず。


 本当なら電話一本、RINE一本で樹のことを呼べば良いのだが……やはり三年というアイツと疎遠になっていた長い期間は、どうしても俺に尻込みをさせているのだった。


「とりあえずご飯にしましょ! キャンプファイヤーまでそんなに時間もないことですし!」


 恵さんのいう通り、このイベントの最大の目玉であるキャンプファイヤーの開始時間まで、もうほとんど時間がない。


 宗二くんの水難事故の影響で、俺と花音、そして田端家はこのイベントをあまり楽しめていなかった。

だから、せめてメインイベントだけはしっかりと参加したいと思っている。


 そんなわけで、俺たちは恵さんの用意してくれたレトルト食品をささっと食べて、キャンプファイヤーへとでかけてゆく。


 キャンプファイヤーといえば、大きな火を大人数で囲むのが定番だ。

しかし、このイベントのものは特殊な仕様で有名だ。


「今宵はお集まりいただき誠にありがとうございました。こちらのキャンプファイヤーを担当いたします、代表取締役社長の山城と申します」


 このイベントのキャンプファイヤーは、幾つかのグループに分かれて、こうしてスノーパークの社員さんが進行役を務めてくれる。

 エンドユーザーと直接対話することで、商品の意見や、会社の姿勢をヒアリングをするのが目的なのだ。


「まずは香月様」


「はい!?」


 急に名前を呼ばれて、素っ頓狂な声を上げてしまう俺。

しかし山城社長は神妙な面持ちのままだった。


「この度は進んで水難救助にご助力いただき誠にありがとうございました。おかげさまでお客様も無事で、こうして今回のスノーパークランドを継続することができております。本当にありがとうございました!」


「あ、いや、俺は補助しただけで……!」


 くそっ、なんでこんな時に樹は雲隠れしてるんだよ。

やっぱ、ここも勇気を出して電話かRINEを……と思っていたその時のこと。


「すみません! ちょっと待ってください!」


 俺は席から立ち上がった。


 そして……キャンプファイヤーの会場を、1人でキョロキョロと見渡しながら彷徨い歩くアイツへ近づいて行く。


「おい、樹」


「お、おいくん!? ど、どうしたの?」


 たぶん、俺に声をかけられるなど考えてもいなかった樹は、とても驚いた表情をしている。


「参加場所探してるんだろ?」


「え? あ、うん、まぁ……」


 現在、キャンプファイヤーの開催間近。

遅れてやってきた樹は、どうしていいやらと言った具合なのだろう。


「こっち、来いよ」


「え!?」


「良いから、俺たちの席でその……一緒にキャンプファイヤーしようぜ!」


 勇気を振り絞り、樹を誘った。


 それでも樹はなかなか着いてこようとしなかったので、


「ああ、もう! 良いから来い!」


「ひゃっ!? お、お、お、おいくんっ!?」


 樹の手を取り、無理やり引っ張って行く。


 久方ぶりに握った樹の手は相変わらず細くて、しなやかで。

こんな繊細な手が、どうやったらあんなに豪快なパドル捌きができるのだろうと思う。


「あー! お兄ちゃん!」


 と、キャンプファイヤーの席に戻った途端、樹を指して、真っ先に声を上げたのは宗ニくん。


 どうやら宗ニくんは、樹のことを"男"と勘違いしているらしい。


 確かに今の樹の格好は体のラインがすっかり隠れるものだし、三年ぶりに近くでみた樹の顔立ちは、可愛いというよりも綺麗なものに変わっていて、見方によっては"イケメン男子"に見えなくもない。


「やぁ、こんばんは。体の方は大丈夫かい?」


 樹は宗二くんの間違いをそのまま受け入れ、笑顔で応対した。


 初めて出会った中1の頃よりも、遥に大人になった対応に、俺は感動を覚える。


「木村様! 今までどちらにいらしたのですか!?」


 突然、山城社長が嬉々とした声を上げる。

すると、樹の顔が引き攣った。


「あ、あ、えっとぉ……」


「この度は誠に、誠にありがとうございましたぁ!」


 山城社長は俺の時以上に声を張り上げ、深々と頭を下げる。

さすがにそんなことをすれば周りの視線は、あっという間にそちらの方向へ注がれる。


「そ、そういうの良いですよぉ……!」


 樹は顔を真っ赤に染めながら狼狽えていた。


 おそらく樹がさっきまで雲隠れしていたのは、こういう事態を避けるためだったような気がする。

相変わらず、樹の恥ずかしがり屋な面は健在なようだ。

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