第31話 ご縁はだいじに!


「あ、ありがと、ございます……!」


 恵さんは少し恥ずかしそうな様子で、そういった。


「この卵って、どうやって挟んだんですか?」


 すかさずお料理大好きな花音は、疑問を口にする。


「先に目玉焼きを焼いて、それを挟んで更に焼くんです」


「なるほど! このいかにも"たまご"って見た目、すごくいいですね!」


 花音は恵さんの焼いてくれた、たまごとハムのホットサンドをすごく気に入ったようだ。


 たしかに断面にしっかりと黄身と白身がみえるこのホットサンドは見た目も良いし、とても美味しい。


「これなんかも、ど、どうですか……?」


 恵さんはとても嬉しそうな様子で、長い亜麻色の髪を揺らしつつ、別のホットサンドを差し出してくれる。


 シーチキンっぽいものをマヨネーズで和えているんだろうけど、なんだろこれ?


「美味しいっ! もしかしてこのマヨネーズと和えてるのって、鯖の水煮缶とかですか?」


「ひぅっ!? よ、よく分かりましたね! 花守さん、もしかしてお料理が……?」


「はい、大好きですっ!」


「やっぱり!」


「この鯖サンド、カレー粉を入れたら面白いかもしれませんね!」


「カレー粉! 確かにっ!」


 どうやら花音と恵さんはお互いにお料理好きだったらしく、意気投合したようだ。


……にしても、恵さんって、花音に引けを取らず無茶苦茶綺麗というか、可愛い人だと思った。


 背はちっちゃくて、それでも出ているところはしっかり出ていて……全然、子持ちの人妻に見えないというか、屈強な田端さんと並んでいると、そこはかとなくいけない関係に見えてしまうような……


「こ、香月さん……? なにか、ご、ご用で……?」


 俺の視線に気付いたのか、恵さんは苦笑いを向けてくる。


「あー! 今、葵くん、恵さんに見惚れてたでしょ! すけべ!」


「そ、そんなことは!」


「めぐは世界一可愛いからな。見入ってしまうのはしかたない」


「ひぅっ!? しゅ、しゅうちゃん、いきなりなにいうの!? バカバカ!」


 顔を真っ赤に染めた恵さんは、田端さんの肩をポカポカと殴りだす。

このご夫婦は、ほんとうにラブラブなんだな。


「またはじまったぁ……そーいうの、おうちじゃいいけど、そとじゃはずかしいからやめて?」


「うっ……そ、そうだな……」


「しゅうくんのいうとおりだね……ごめんね……」


 どうやら田端家の真の支配者は、意外と息子の宗二くんなのかもしれない、と思うのだった。


「そーいえば、おにいちゃんとおねえちゃんもふうふ?」


「「ーーっ!?」」


 と、ここで急に宗二くんの矛先が俺と花音に向き、2人揃って息を詰めてしまう。


 確かに子供から見れば、こういう男女のペアって、そう見えても仕方がない……?


「あ、あ、えっとね! お兄ちゃんとお姉ちゃんは、まだ友達っていうか……!」


「まだ……?」


 まだって、どういう……?


「ま、ま、まだっていうのはね! ああうぅ……!」


「しゅ、しゅうちゃん! なんか、香月さんと花音さん見ていると懐かしいよねっ! 私たちの学生時代思い出すねっ!」


「学生時代!? それからのお付き合いなんですか!?」


 花音は話題を変えたいのだろう。恵さんの言葉にすぐさま乗っかる。


「う、うんっ! 私としゅうちゃん……宗兵くん、学生時代ずっと同じマンションのお隣で! 付き合う前からいっつも一緒にご飯食べたり、遊んだり、勉強してたり! ね!?」


「そうだな、懐かしいな。で、気づいたらこうやって家庭を築いていたというわけだ」


 なんだよなんだよ、そのラブコメ漫画みたいなうらやましいシチュエーションは!

リアルでそういうこともあるんだなぁ……


「ところで、自分から少しお願いというか、提案が香月さんと花音さんにあるのですが……」


 田端さんの声に俺と花音は向き直る。


「もし宜しければなのですが、ここで出会ったのも何かの縁ですし、皆で一緒にこのイベントを楽しんではいかがと思いまして。もしもお二人のお邪魔でなかったらなのですが……」


 正直なところ、俺にとって田端さんからのご提案は渡りに船だった。

別に花音と2人きりで過ごしたくないわけではない。

 だって、いくら直接的な関係はないとしても、隣のサイトには"木村 樹"がいるので、今回ばかりはあまり自分のサイトには居たくはないという気持ちがある。だから……


「花音、俺はお受けしてもいいと思ってるけど、どうかな……?」


「そだね。サイトにいるよりも、私いいと思うよ! せっかくのスノーパークランドだし!」


 たぶん、花音は俺の真意を汲み取ってくれたのだろう。

今の言い回しで、それがよくわかった。

ほんと、花音の存在は俺にとって、だんだんなくてはならないものになりつつある。


「こういうご縁、大事にしたいしね! 私、恵さんともっとお話してみたいですし!」


「こ、こっちも、です! よろしくです、花守さん、香月さんっ!」


「わぁ! おにいちゃんとおねえちゃんいっしょうれしいぃぃぃ!」


「ありがとうございます! 短い間ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします!」



ーーこうして俺と花音は、田端家の皆さんと合流することとなった。


 異なるグループが、その場で仲良くなって合流する。キャンプではよく見られる光景だ。


そして、いよいよ、スノーパークランドの開会式が始まる!



「では皆さん、一泊二日楽しみましょう! かんぱーいっ!」


 株式会社スノーパーク社長さんの発声で、イベントの開始が盛大に叫ばれた。


 協賛企業から提供されたノンアルコールドリンクで、会場全員で乾杯。

ちなみ俺、花音、恵さんはレモン炭酸水、宗ニくんはオレンジジュース、田端さんはノンアルコールビールだった。


 これが期間中、飲み放題だというんだから、すごいイベントだと思う。


「ではまず、我々は今回のメインである川遊びにでかけたいと思う! 各員どうか!?」


「了解です、しゅうちゃん♩」


「おー!」


 急な田端さんのテンションに度肝を抜かれる俺と花音に対して、ご家族は慣れているのは平然と対応している。


「えっとね、しゅうちゃん、普段は会社勤めしているけど、予備役の国防隊員なの。だから仕切る時、こういうテンションになるけど、驚かないでね?」


 予備役って、いざって時には動員される国防隊員のことだっけ?

確かに田端さんは、最初から普通のお父さんには見えなかったけど、そういうことだったのか……。


 そうして俺たちは、キャンプ場の近くにある河川へ向かってゆく。

ここは上流の流れは穏やかで水遊びに適し、下流はカヤックなど楽しめる場所だ。


 にしても……


「お、おいめぐ、少し露出が過ぎるのでは……?」


「久々の水着だからね?」


「いやしかし……や、焼けてしまうのでは……?」


 たぶん田端さんは日焼け以上に、恵さんの格好そのものを憂いていると思われる。


 なにせ恵さんはちっちゃくて、顔立ちこそ幼いにも関わらず、いいものをお持ちなのだ。


「ちょっとー! 葵くん、また恵さんのことみてたでしょ?」


「み、見てないっ!」


 ちなみに俺と花音は一旦、田端家と別れてカヤック体験をしに行く。

そのため、お互い下に水着は着ているものの、Tシャツと短パン姿だった。


 でもそんな格好でも、花音の胸の主張は相変わらず強くて、自然と周りの視線を集めてしまうのだった。

しかし、そんな中でも平然としているのは、やはり元モデルだからだろうか。


「ねぇねぇ、カヌーとカヤックって違うの?」


「たしかパドルの違いだったかな。カヤックは両端に水掻きのついたダブルブレードパドルで、水も入りにくい構造だから、カヌーよりもアクティブにあそべるんだよ」


「なるほどー! さすが葵くんだね」


「そ、そうか?」


「うんっ! さらっと答えてくれるのって、すんごくかっこいいよ!」


「あ、ありがと……」


 やっぱ花音と一緒にいると、自己肯定感爆あがりである!


「すみませーん! カヤック体験の希望者は三列に並び直してくださーい!」


 向こうから係員さんのそんな声が聞こえ、俺と花音は隊列を変える。

すると、俺の左の視界にちらっと、黒髪ショートカットが写ったような……!?


「あっ……!」


「あっ……!」


 左隣に現れた"木村 樹"と目が合い、同じリアクションをしてしまう。


 まさか、こんなところで樹にまた出会ってしまうとは……

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