第30話 男の子はいつまで経っても、お子様♩


 自分のサイトへ戻ると、自然と隣のサイトが気になりみてしまう俺だった。


 サイトの構築はすっかり完了していたが、樹の姿はない。


 樹には悪いが、正直ホッとしている俺だった。


「さて、気を取り直して……!」


 あえてそう口に出して気分を入れ替え、宗二くんに向けての作業を開始する。


 俺は自分の荷物の中から、割り箸の束と、輪ゴムを取り出した。


「花音、キッチン鋏借りてもいい?」


「うん、いいよぉ!」


 花音が調理用にと持ってきた鋏を借りて準備は完了。


「宗二くん、ちょっと待っててね。すぐに良いもの作ってあげるから」


 お母さんである恵さんの膝の上の宗二くんへ、そう語りかけ、製作作業を開始する。


 最初こそ、俺の作業を見てきょとんとしていた宗二くん。

しかし、だんだんと形が見えてきたソレに、興味津々な様子を見せ始めた。


「はい、完成! 割り箸鉄砲です」


「わぁ!」


 俺から割り箸鉄砲を受け取ると、宗二くんはぱぁあっと明るい表情をしてみせた。

 もうすでに割り箸鉄砲を気に入ってくれたのか、引き金の部分をしきりに弾いている。


「それちゃんと弾を撃つこともできるんだよ!」


「ほんと!? 撃ちたいっ!」


「ちょっと待っててね。いま支度するから」


 まずは自分のローテーブルをテントの前に配置換え。

こうすることで、輪ゴムの弾がテントにぶつかって、あらぬ方向へ飛ぶのを防ぐことができる。

 さらにテーブルの上には、的に見立てたカップなどを配置する。

最後に割り箸鉄砲の先端の十字へ輪ゴムをくくり、引き金の上にも端を引っ掛ければ準備は完了。


「で、こうやって引き金を引くと!」


 ぴゅん、と輪ゴムが発射され、ステンレス製のマグカップからは僅かな金音がなった。

もうそれだけで、宗二の目はキラキラと輝き出している。


「やってごらん」


「うんっ!」


「どれ、お父さんが見てやろう」


 宗二くんは早速、お父さんと一緒に割り箸鉄砲に、ゴムをくくりつけ遊び始める。

お母さんの恵さんは、そんな旦那さんと息子さんのことを微笑ましそうに眺めつつ、スマホで思い出の記録をしていた。


「大成功だね、さすが葵くん。でも、なんで割り箸鉄砲を?」


 花音も割り箸鉄砲で夢中に遊ぶ宗二くんを微笑ましそうに見ながら、そう問いかけてくる。


「宗二くんの背負っているリュックサックのキーホルダーをみてピンときてね」


 花音の問いにそう答えるも、彼女はわからない様子をみせた。


「あのイカみたいなキーホルダーのこと?」


「そ。あれ、結構有名なシューティングゲームのキャラクターなんだよ。さっき、宗二くん"ゲームやりたい"って言ってたし、あのゲームは銃を模したアイテムを使うものだから、喜んでくれるかなって」


「ああ、ほんとだ! さすが、葵くんっ! すごい洞察力だね!」


 スマホで画像検索をかけたのだろうか、花音は画面を見ながらそう言ってくる。


「いや、俺のあのゲーム俺もやるから、たまたま……」


「なんか、葵くんって良いお父さんになりそうだね♩」


「お、お父さん!?」


「素敵よ、あ・な・た?」


「きょ、今日はその設定いらないだろ!?」


「にひひ!」


「まったく……」


 不意にこの間のキャンプの時のような呼び方をされ、あの時のことを色々思い出し、頬が熱くなる。

こんな時にも揶揄いやがって、花音のやつ……


「宗二くん、田端さん! 実はここにもっと面白いものがあるんですけど、一緒に体験しに行きませんか?」


 恥ずかしさを振り払いたい気持ち半分で、割り箸鉄砲に夢中になっている田端さんと宗二くんへ提案する。

すると、俺の声を聞いて、宗二くんの目が煌めきを放つ。


「もっとおもしろいの、やりたいっ!」


「じゃあ、行きましょうか! 開会式までそこで遊びましょう!」


 俺たちはサイトを出て、さまざまなアクティビティのテントが軒を連ねている、メイン会場を訪れた。

 イベントの開会式はまだだが、協賛企業のアクティビティはすでに受付を開始している模様。

しかも今は、開会式前で、設営に勤しんでいる人がほとんどだからとても空いている。


 その中から、俺はずっと目をつけていた海外企業ブースへ足を運ぶ。

そこで実施されていたのは、


「このクロスボウは、おもちゃにしてはすごいクオリティだな……!」


 真っ先にブースで声をあげたのは、なんと田端さんの方だった。

宗二くんは言わずもながの表情。

そして実は俺も!


「これ海外のアーチェリーメーカーが販売している、今話題のTOYクロスボウなんですよ! 動作は本格的ながら、打ち出せるのは専用の吸盤矢のみなんで、お子さんと一緒でも安全に楽しめるんです!」


「なるほど、これは……! 宗二、お父さんと香月さんと勝負だ!」


「わかったぁ!」


 俺、田端さん、宗二くんの3人は夢中になってTOYクロスボウの射撃遊戯を開始する。

ほんと、このおもちゃ、狙いが正確で遊んでてすごく楽しい!


 実はこのブースには、このイベントの参加が決まってからずっと目をつけていた。

でもきっと、花音はこういうの興味なさそうだし、だからって放り出して1人で参加しにゆくのもどうかと思っていたのだが……


「おお、宗二! 真ん中当てたじゃないか!」


「えへへ! お兄ちゃんは、へたっぴ?」


「ぐっ……宗二くんって、意外と手厳しい……」


 こじつけではあったけど、こうやってこのおもちゃを体験できてよかったと思っている。

田端さんたちと合流しなければ、こうはならなかっただろう。


「ふふ……しゅうちゃんとしゅうじくん、2人とも可愛いなぁ……!」


 相変わらず恵さんは、旦那さんと息子さんの微笑ましそうな様子をスマホで記録している。

まぁ、これは家族として当たり前の光景なのだが、


「お、おい! 俺は撮るなって!」


「なんかおもちゃに夢中になってる葵くん、可愛いなって♩ 子供みたいで♩」


 花音も何故か、俺の方へスマホを向けて、ひたすら写真を撮り続けている。


「ならこの思い出は黒歴史になるんじゃ……」


「黒歴史だって、いい思い出になるよ! 思い出大事♩」


「ぐぬぬぬ……」


「だったら2人のところも撮りましょうか?」


 そう声を挟んできたのは田端 恵さんだった。


「い、一緒のをですか!?」


 そして何故か、素っ頓狂な声をあげる花音。


「思い出が大事なら、2人の写真は必須、です!」


「で、でもぉ……だったら、私が田端さんと恵さんのお写真を!」


「私たちはもういっぱいあるから大丈夫、です! 遠慮せず!」


 だんだんとこのブースが混み合い始めたのか、途中で割り込みができる雰囲気ではない。


「なら、自分が変わろう。あと3回分ある。自由に使ってくれ」


 田端さんは花音へクロスボウを渡し、恵さんはニコニコ笑顔でスマホを渡すよう、手を伸ばしている。


 こうまでされてはさすがの花音も諦めたらしく、田端さんからクロスボウを受け取り、恵さんへスマホを渡した。


「おねえちゃん! ぼくおわったから、おにいちゃんのとなりどーぞ!」


「うえぇ!? 宗二くんも!? あ、ありがとね……」


 結局花音は俺の隣に着くのだった。


「そういやさ……」


「ん?」


「ずっと俺、花音に撮ってもらってばっかりで、2人の写真なかったなって」


「そ、そだね。確かに……」


「ちょっと変なこと聞いても?」


「なに?」


「さっきからすごく拒否ってたっぽいけど……俺と写るの、そんなに嫌なのかな……?」


 少々そんな不安を覚えたので、聞いてみる。


「あっ……ごめんね、変な誤解させちゃったね。ただそのぉ……恥ずかしかっただけで……ほんと、ごめんね!」


「そっか、ならよかった……」


 ホッと胸を撫で下ろす。

たぶん、こんな妙なことを聞いてしまったのはやはり、樹と再会して、あの時のことを思い出したのが原因なのだろう。


 あれが自分の自爆だというのは重々承知している。

でも、あの時浴びせられた非難の視線の数々は、今思い出しただけでも胸が詰まる感覚を思い出してしまう。


「ほ、ほら! ちゃっちゃと撃って、場所開けるよ! なんか混み出してるっぽいし!」


「お、おう!」


 俺と花音は肩を寄せ合って、残りの弾を消費する。

そんな俺たちの様子を恵さんは、これでもか、というくらいに撮り続けている。


 さすがにこのシーンは一枚いただいておこうか。



●●●


「おとうさん、きゃんぷってたのしいね!」


「そ、そうか! よかった、本当に……」


 色々遊んで、ようやく宗二くんは、キャンプを楽しみだしたらしい。

そしてそのお礼として、田端家のサイトで、恵さんからお昼をご馳走になることに。


「色々と、ありがとうございました! どうぞ遠慮なく、食べてくださいっ!」


「わわ! これすごっ!」


 お料理大好きな花音は、恵さんが出してくれたお昼ご飯を見て、目を丸くしている。


【ご案内】

 作中へ登場させたのは『ペトロンクロスボウ』という玩具です。

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