第28話 スノーパークランドにて、木村 樹と再会
「んふふ、楽しみだね葵くん!」
「ああ。でも、初めての長距離だから緊張感持ってね」
「了解であります、教官!」
全く……合流してから花音はずっとこんな調子だった。
ただいま、俺と花音はお互いのバイクを止め、道の駅で休憩中である。
ーー見事、スノーパークランドの参加といったプラチナチケットをゲットした俺たちは、一路県の南にあるキャンプ場を目指して、バイクで移動中だった。
休憩を終えて、再び走行を開始。俺が先頭で、花音が後ろに続くと言った並びで、比較的平坦な山道を、順調に消化する。
花音の運転技術は免許取り立てとは思えないほど鮮やかだが、ちょっと危なっかしいところもあった。
なので先頭を行く俺は花音の安全を最優先に考え、速度を気にしたり、ミラーで逐一姿を確認したりなどをしていた。
そうして地元を出て、ふたりでバイクで走ること、約2時間。
「「ついたぁー!!」」
2人してバイクを降りて、まずは到着の叫びをあげた。
ここが今回スノーパークランドが開催される、大きな川が側にある大きなキャンプ場だ。
現在、朝の9時。受付開始が10時からなのだが、すでに10組ほどのキャンパーが、受付テントの前に列を作っている。
「このイベントって参加費とキャンプ場代を払えば、基本的に中でお金を使うことないんだって!」
受付開始を待っている最中、花音、今しがたスマホで調べたスノーパークランドの内容を口にする。
他にもクッキング講習や、カヤック体験、現役社員を含んだ焚き火トークもあるそうな。
やはりメーカーが主催することだけあって、内容は目白押しだ。
これまでソロキャンばかりで、空いた時間はゲームや、昼寝に費やしていた俺にとって、なにもかもが新鮮で今からワクワクが止まらない。
やがて受付が開始され、ネームプレートを受け取り、いざ遮蔽物がほとんどない、どーんと開けた草原のテントサイトに通される。
「ここってフリーサイトなんだよね?」
「そ。だから早めにチェックインしたんだよ」
「ボォーッとしてるといいとこ無くなっちゃうもんね」
「って、ことで早速!」
ここは遮蔽物がない分西陽が厳しそうだと事前にわかっていた。
そこで、陽が傾く時間には近くの木々の中へ太陽が隠れる位置を、サイトとして確保。
まずはいつも通り、テントの設営から取り掛かる。
「ねぇ、葵くん、今回もやっぱり2張り建てるの?」
「当たり前でしょ、そりゃ」
「どうせいっつも無駄になっちゃうんだから、今回からは1張りで良いじゃん!」
「いやいや……持ってきたんだから使おうよ」
いくら花音とすごく仲良くなったとはいえ、やはりまだ同じテントで寝るのには抵抗があった。
まぁ、今更なのは重々承知はしているんだけど……
花音もそれ以上、冗談めいた発言はせず、予定通り2人で協力してテントを二張り建てた。
いつもだったらバスケットチェアを開いて、簡易テーブルを置き、設営は完了となるが、今回はもう一つーー
「じゃあタープ建てるよ」
「ラジャー!」
タープとは、野外で屋根がわりにする大きな布のことだ。
せっかくバイク2台で移動でき、荷物が持てるようになったので、今回は張ろうと決めていた。
「これって家の屋根みたいに、三角に張るんだよね?」
「そうなんだけど、今回はちょっと違うかな」
今回は東の方向へ向けて、傾斜がつくようにタープを張ってゆく。
「なるほどぉ! この張りかただと、日陰が大きくなるねっ!」
張ったタープの下で花音は感心したような様子をみせている。
西陽は近くの木々でなんとかなるが、日中や夜明けは眩しい太陽に晒されてしまう。
でも、こうして傾斜をつけることで、日陰を大きくし、暑さを凌ぐことができる。
突然の雨でも、傾斜が付いているので、テント方面へ雨水が流れ込むこともない。
それからいつも通り、テーブルを置き、椅子を並べ、最後に焚き火台を組み立てれば、立派なサイトの構築が完了する。
「なんか、キャンプって感じする!」
「いや、これキャンプだって」
「あは! ナイスツッコミありがと、葵くん♩ やっぱ私たちって気が合うねっ!」
「だ、だな……!」
つい数ヶ月前までは、俺と花音がこんなにまで仲良くなるだなんて予想できなかった。
俺の人生、もう終わりだなんて思っていたけど、まだまだ捨てたもんじゃないのかもしれない。
「さて、俺ちょっとトイレ」
「わかった。その間にコーヒー淹れとくね」
サイトから出て、トイレへ向かってゆく。
今の場所はロケーション的にはバッチリだが、トイレが遠いのが難点だ。
とはいえ、トイレの近くのサイトは、それはそれで微妙なんだけど。
にしても、すでに広いキャンプ場には様々なテントが所狭しと建てられていた。
到着がもう少し遅かったら、サイトの争奪戦に敗れていたことだろう。
「はぁ……はぁ……さすがに自転車は失敗だったかな……」
「ーーっ!?」
不意に近くから聞き覚えのある声がして、思わず周囲を見渡す。
「い、今の声って……?」
しかしあまりに人が多すぎて、どこから"あの声"が聞こえてきたのかわからない。
まさか幻聴? 少し疲れてるのかな、俺……。
とりあえずトイレで用を済ませて、足早に自分のサイトへ戻ってゆく。
「おかえりー! コーヒー沸いているよ」
「ありがとう」
相変わらず花音が淹れてくれるフィールドコーヒーは美味しかった。
幻聴を聞いてしまうような俺の頭をもしゃっきりさせてくれる。
「そういえばさ、さっきお隣の人が挨拶にきたよ」
「挨拶?」
「なんか、どこもいっぱいみたいで、ソロだから隣いいですかー? って」
「へぇ、どんな人?」
「若いっていうか、たぶん私たちと同い年くらい?」
こんなイベントでもソロでの参加者がいるんだ。
てか、もしも花音と仲良くなっていない状況で応募してたら、ソロで参加していたかもしれない。
まぁ、ソロだったら、そもそも応募なんてしないんだろうけど。
どれどれ、どんな人がお隣さんなのか……
「は……?」
一瞬、我が目を疑った。
幻聴の次は幻視? まさか……
一度目を擦って霞を払い、再度隣でいそいそとテントを張っている、そいつを見てみる。
黒髪のショートカットに、黒い目をしたそいつは、見覚えのあるダボダボのマウテンパーカー、カーゴパンツに、トレッキングシューズを身につけていた。
中1の春、父さんに連れられたキャンプの時にみた、まんまんの姿。
「ーーっ!?」
しかもお隣さんも、俺の視線に気付いたのか振り返り、同じく驚愕の表情を浮かべる。
そいつは、よろよろとした足取りで、俺の方に近づいてくる。
「おい、くん……?」
「い、樹……?」
俺のことを"おいくん"だなんて、変な呼び方をする奴は、たぶんこの世界で1人しかいない。
【木村 樹】ーー中学の頃に出会い、一時はとても仲が良かったものの、林間学校での"あのできごと"を契機に絶縁したかつての友達だ。
「な、なんで1人で……?」
あまりの懐かしさと、疑問で思わず、そう言葉が出てしまった。
「あ、えっと、本当は家族でくるはずだったんだけど、お父さんとお母さん都合悪くなっちゃって……このイベント、貴重だって聞いてて、勿体無いから、僕1人でもって思ってて……」
「そ、そっか……」
まさかこんなところで樹と再会するとは予想してなかった。
懐かしさはあるものの、やはり気まずさの方が優ってしまう。
それは樹の方も同じなのだろうか、俺と同様に俯き加減で黙りこくってしまう。
「なになに? もしかしてお隣さんって葵くんのお知り合いだったのー?」
と、そんな空気を打ち破るかのように、花音の明るい声が俺と樹の間に割り込んでくる。
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