第27話 次はキャンプイベントへ行こう! と、木村 樹の決意。


「初めての配達どうだった?」


「うん、まぁ、無事に……って、お母さん、葵くんがいるならRINEしてよね! もぉ……」


「その方が良かった?」


「だって、驚かせようと思ってたのにさ。これじゃあ……」


 花音はすごく残念そうな様子を見せた。

 ひょっとして、花音がここ最近ずっと忙しそうにしていたのって……


「花音、免許取った……?」


「うん、取った! 葵くんと同じ小型二輪のを! 部活とか、家の仕事合間で勉強したり、教習に通ったりしてたんだ!」


 ここは田舎なため、都会ほど交通手段が豊富ではない。そのためきちんと学校へ届出をしさえすれば、免許を取ることは可能なのだ。

 俺自身も通学では使わないものの、"家業を手伝うため"という理由で、小型二輪の免許を取得している。


「そっか、だからここ最近忙しそうに?」


「本当は葵くんの家へ乗りつけて、驚かそうと思ってたのにさ。お母さん、葵くんのこと引き止めちゃうんだもん……」


 花音のみたいな可愛い子がいきなりバイクで乗りつけてきたら、それそれで香月酒店が大騒ぎになってたかもしれない。

だからこれはこれで、俺的にはありである。


「バイク、みる?」


「ぜひっ!」


 花音がどんなバイクに乗っているか気になって仕方がない。

俺は彼女に続いて、店に外へ出る。

 するとそこには、ブルーの車体色で、キャリアにもなるヘッドライトガードを装備したカッコイイバイクが止まっている。


「うおおお! クロスカブっ!!」


「ふふん! 期待通りのリアクションありがとう。さすがは葵くん!」


 俺の愛車であるスーパーカブの兄弟車種であり、街乗りからアウトドアまで、幅広いシーンにジャストフィットするこの車種・クロスカブ110。

ぶっちゃけ、俺がいつか乗りたいと思っていたバイクである。


「一瞬、あのマンガに出てくるバイクと悩んだんだけどね。でも葵くんと一緒なら、やっぱりカブかなって! それにキャンプにも使えそうだし!」


「そ、そうなんだ……でも、なんで急に免許を?」


「お店がデリバリーを始めたのもあるんだけど、そのぉ……」


「?」


「これからは一緒の方が良いかなって。一緒にバイクでなら、この間みたいな迷惑をかけることは無くなるかもって……」


 きっと花音は5月のキャンプでの失敗から、バイクを購入する決断をしたのだろう。


 俺と同じく花音がライダーにはなってくれたのは嬉しいが、でもそれはこの子をバイクの後ろに乗せる機会がもうなくなるということ。

その点がちょこっと寂しいというか、残念なのは否めない。

 

「にしても、ずいぶん綺麗な車体だね」


「そりゃ、新車だもん!」


「し、新車!? 新車じゃ30万くらいするだろ!?」


「まぁね。でも買っちゃた! 思い切って!」


「もしかしてモデル時代の稼ぎで?」


「そ! 免許代も自分で! 偉いでしょ?」


 高校生で30万以上もの大金が出せてしまうのだから、花音はかつて本当に雲の上の人だったんだと思う。


 でもそんな子が、今や俺の友達で、趣味が共有できて、バイクの購入までも購入してしまった。

 こうやって誰かが自分の影響を受けて、染まってくれたのはすごく嬉しい。


 なら俺も花音の色に染まってみるか?

さすがは元モデルなわけで、花音は結構オシャレだから、俺もオシャレを?


 しかし、うーん……俺のような隠キャがそんなことをして、イキってるなんて思われないだろうか……?

今の学校にも少なからず、中学の時の同級生がいるからなぁ……。


「あ、あとね、もう一個報告というか、相談が……」


「ん?」


「これ、応募しようかなぁって……!」


 花音が差し出してきたスマホの画面を見て、俺は再び「おおっ!」とうなりをあげる。


「近くでやるんだ! スノーパークランド!」


 国内発祥のアウトドアメーカーであるスノーパーク。

そこが毎年、全国各地で実施するキャンプイベントこそ"スノーパークランド"だ。

 ここ最近は、人気が加速して参加倍率が高くなり、気軽に参加できないキャンプイベントになりつつある。


「初めてのツーリングキャンプにちょうど良いかなぁって。もし、当たんなかったら別のあてもあるし……どうかな?」


「オッケー! 応募してみて!」


「さすが葵くん! そう言ってくれるって信じてたから、実はもう応募ずみ♩ 結果発表は明日なんだ!」


「早いな……でも、俺がその日予定があったらどうするつもりで?」


「大丈夫でしょ、葵くんだし」


「ぐっ……ま、まぁ、そうなんだけど……」


 最近、花音はズケズケとものをいうようになったとも思う。

まぁ、別に悪くはない。むしろ、これぐらいの距離感の方が、俺自身も嬉しいし。


 と、そんな中、スマホが震える。


 父さんからの「お客様対応ですか?」とのRINEのメッセージ。


 どうやらこれは"早く帰ってこい!"と暗に言っているのだろう。


「もしかして早く帰ってこいって?」


 見透かしたような花音の言葉に、俺は苦笑を浮かべる。


「うん。じゃあ今日はこれで」


「そっか。じゃあまたね! 結果RINEするから!」


「よろしく」


 せっかくで悪いので、エマさんの用意してくれたバームクーヘンはテイクアウトにした。


 俺は自分の青いスーパーカブを発進させ、Cafe  KANONを後にする。


 そして運転しながら、花音が購入したクロスカブを思い出していた。


 現行のクロスカブといえグリーンの車体色が代表的だ。

他にも女性うけしそうな白の車体色もラインナップされている。

なのに、花音は"青"を選んでいた。


 しかも青の車体色はクロスカブの原付モデルには存在せず、小型二輪免許で乗れる110ccクラスにしかラインナップされていない。


 そして俺のスーパーカブもまた"青"で、110cc。

これって……


「まさかな。偶然だよなぁ……」


 一瞬、俺に合わせて花音が"青"を買った。そのためだけに小型二輪免許を取得した……と思ったが、それは妄想が過ぎる、そんなことを考える自分を一蹴する。


 そんなことよりも、次のキャンプは当たればスノーパークランドで、しかも花音との初めてのツーリングキャンプだ。

ぜひ、当たってほしいと願ってやまない。



●●●


「樹ちゃん! さっきRINEした件なんだけど、どう?」


「あっ……その件だけど、ごめんね。私、その日用事があるんだ」


「やっぱ水泳忙しい?」


「今回は家族での予定で……」


「あー家族かぁ……寮生じゃ、たまには家族サービスしないとって感じだね」


「んっ。だから懲りずにまた誘ってくれると嬉しいな?」


「もちろん! じゃあまたね!」


 去り行く同級生の背中を見て、木村 樹は少々の心苦しさを覚える。


 だが、彼女が誘ってくれた日は、樹にとってある種、自分を見つめ直す一つの機会となっている。



『スノーパークランドが当選したから一緒に行こう! このキャンプイベント、いまじゃプラチナチケットなんだぞ!』



 久々に家族でキャンプに行きたいと言ったところ、父親はわざわざ色々と手配してくれたのだ。

離れて暮らしている分、たまには顔を見せて、両親を喜ばせたいという気持ちもある。


 それに樹には家族サービス以外に、もう一つしたいことがあった。


「おいくんっ……」


 未だに樹のスマホの中にいる、中1の頃のチンチクリンな彼は、彼女の対して天真爛漫な笑顔を向けてくれている。

 そんな彼の姿を眺めるたびに、樹の胸は一瞬熱くなる。

しかしすぐさま氷のような冷たさが沸いて出て、胸の奥は痛烈な痛みに苛まれる。


 キャンプは彼との友人関係の始まりであり、そして終わりでもあった。


 だからこそキャンプというものをして、今一度、自分自身の気持ちを見定めたいと樹は考えている。


 香月 葵と友人に戻るか、それとも決別したままにし、このまま己の道を歩き続けるか。

 もしも本当に決別するのなら、良い加減、スマホの中から葵との楽しかった思い出を、全て消去すべき。


 その気持ちを決めるために、樹はキャンプへ向かおうとしているのだった。


「おいくん……僕、どうしたら良いのかな……。僕は今でも、君のことを……僕に答えを教えてよ……ねぇ、おいくん……」


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